極楽な日々

オット・ムスメ・猫を各1名もつ主婦・こにゃくうです。喰う・飲む・遊ぶの極楽生活

おでかけ

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休日となれば、じっとしていられません。どっかに行きます。
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2018年1月20日

ずわいがに。
鳥取など山陰では松葉がに
福井・石川では越前がに

足に専用のタグを付けているだの
幻の蟹だの
・・・気になっておりました。


イメージ 1
関東に住んでいると
なかなか食べる機会がない
そーいう蟹を食べようよ、と。
京都府丹後でブランドずわい蟹を食べる旅。

そんなわけで
大阪から高速バスでJR宮津駅前へ参りました。
ここからは駅前レンタカーでGO!


イメージ 2
このように関西をめぐる旅が気軽にできるのは
ひとえにムスメが大阪で仕事をしている故。
今回はずわい蟹の宿をごちそうするよ、と
ムスメも同行しての3人旅です。

で、
なんだここ?
「天橋立雪舟観展望休憩所」


イメージ 3
ちょっとした小高い丘?
に登りますと
「雪舟の描いた景色に近い」
風景が見られるスポットなんだとか
行ってみましょうか!


イメージ 4
はあ?
全然ちがうやん!


イメージ 5
コチラ、天橋立図by雪舟画伯
小高い丘である「雪舟観」の説明看板には
『天橋立図に描かれている眺めに相応したこの土地からの景観を
天橋立十景のひとつ雪舟観と呼んでいます』
・・・って苦しい説明だね、ソレ。


イメージ 6
『相応』してないしw
アーティストは見たまんまなんて描きはしないのよね。
想像力のみで、ドローンなしで、上空からの映像を
イメージできちゃう能力があるのが
アーティストなのだな
などと
『相応』していない景色を見て思う。


イメージ 7
さて、
早いところ天橋立本体に参りましょう、と
松の林が連なる
天橋立やってきました。


イメージ 8
笑っちゃうくらい松オンリーだ!
小腹が空いたので
天橋立内の茶店へ。


イメージ 9
黒ちくわ
気になる!
430円もするちくわっていったい・・・


イメージ 10
ナイスなビジュアルのちくわ!
竹の棒にいわしのすり身を纏わせ
炭火で焼いただけの
ちくわの元祖


イメージ 11
テーブル上の七輪には
赤々と炭火が熾されていて
それを使ってちくわをちょいちょい炙って食べると
アツアツで尚ウマイ。


イメージ 12
旅に出ると財布はユルユルになるもの。
智恵だんご、なる焼きまんじゅうも買っちゃったよ。
美味しかったよ〜


イメージ 13
偶然にもこんな砂の堆積ができあがったのだなあ
静かな浜辺です。


イメージ 16
監視台とシャワーがあるから
夏の今は
海水浴でにぎわう天橋立なのでしょうね。
京都市には海が無いから
ここにやっと海があるのね。


イメージ 14
文殊堂
天橋立に来たら
ここに寄るのはお約束らしい。
むかしから
天橋立とセットで参詣されてきたのでしょう。


イメージ 15
おみくじを購入するムスメ。
扇の形をしていてかわいいおみくじだ!
「大吉」
やったね
でもかわいいから枝に結べない〜


イメージ 17
高みから天橋立を眺めるポイントのひとつ、
飛龍観
展望台までのリフトで昇ります。

をを
高度が上がるにつれ
徐々に天橋立が姿を現して・・・


イメージ 18
うわっ
ちょっと感動!
うねる天橋立


イメージ 19
リフトを降りた展望台は
このよーな「天橋立ビューランド」で
感動が吹き飛ぶのだけどw


イメージ 20
この景色は
唯一無二で
すばらしいです
いにしえの人も惹き付けられたのが納得。


イメージ 21
さっき黒ちくわと智恵だんごを食べたあたりはあそこだね。
風と波で堆積する白砂
それを覆う8千本とも言われる松の群れ
奇跡のようなアートだなあ・・・


イメージ 22
天橋立展望台に来たら
この「股のぞき」スタイルで見るのがお約束なんですか?
ワタシはご遠慮いたしましたが
試みている方続出。


イメージ 23
「股のぞき」を考えて広めたヒトは
天才プロデューサーかよ、と思う。
明治期?またはもっと以前から広まっていたのかもしれない。

海が天に見えるとか
天橋立が、龍が昇天するように見えるとか
インチキ臭いこと甚だしいのだけど
「こーしてみると、こー見える」
と実しやかに言われると、
そりゃー、実際に見に行ってみたい!となるのが人間だよね。

天橋立の集客に
大きな効果があったのだろう、と感心しますよ


イメージ 24
現在では
龍がうねるがごとくな回廊が。
さらに高い場所から
360度の風景を堪能してね、という企画でしょう。


イメージ 25
天橋立飛龍観
ビューランドの俗っぽさがナニだけど
日本三景に相応しい奇観でした。


イメージ 26
ずわい蟹の宿にチェックインする前に
「不思議な砂浜があるらしい」
というオット情報に乗っかって
ちょこっと寄り道です。

琴引浜


イメージ 27
先ほどの天橋立のように静かな湾ではなく
モロに日本海。
波は荒く
吹き付ける海風も強烈な浜です。


イメージ 28
駐車場の側に琴引浜管理事務所があり
500円の駐車料金をお支払い。
併せてガイドもしてくれると言うので
おじさまにガイドをお願いしました。


イメージ 29
ガイドさんと共に砂浜に降りて歩くけど
一向に音らしきものは鳴らない。
「あれ?歩くだけで鳴るのかと思ったのに・・・」
「音がしないよねえ?」
どーしたら「砂」が「鳴く」のか
分からないままガイドさんに付いて行きます。

へ〜!
こうして鳴らすのね
(大ウケしている我が家の者どもの声がw)


イメージ 30
とにかく汚れていない砂でないと鳴りません
駐車場や道路からは離れた箇所を選ぶこと。

季節にも左右されまして
波に砂がよく洗われた後の春が最適。
砂が乾いていることも条件のひとつ。

・・・というお話をしてくれました。


イメージ 31
汚れが大敵なのだから
海浜清掃活動費として駐車場代を払うのも
已む無しだよね。



イメージ 32
広大な浜辺ですから
駐車料金を払うことなく琴引浜に行けちゃいます。
でも、皆さん鳴らし方や鳴りやすいポイントが分からないので
「え〜?どこが鳴き砂なの?」
「鳴らないよ?」
と困惑の会話が聞こえます。

へへ。
ワタシは鳴らし方をマスターしたけれど
教えてあーげない^^


イメージ 33
500円は協力金だと思って
鳴き砂初心者は
ガイドさんに教えてもらうのがイイと思うよ〜


イメージ 34
さて
京丹後エリアをひとめぐりしたし
ずわい蟹の宿にチェックイン。

丹後半島の漁港、間人(たいざ)の宿
です

つづく

前の記事よりつづき 】

2017年12月18日(月)

JR浜松駅から帰る前に
浜松城って見てみたいね、と。

イメージ 1
浜松城は
市街地に近いところにあるのね。
初めて来ました。

イメージ 2
浜松市民はやっぱり家康リスペクトなんでしょうか。
時代は変わっても
地元の英雄なのだと思う。
この城門は再建された新しいものです。
(2014年に再建)


イメージ 3
天守門を入ると
黒々とした板塀の天守が。
あら
想像以上に存在感ある天守。

イメージ 4
野面(のづら)積みって言うんですか?
この、荒々しい石垣の様相に
天守そのものよりも
目がいきます。


イメージ 5
ガラッガラで
ただ積みあげた石のように見えますが
奥深くまで小石や砂利を詰込んであるので
耐久性はある積み方なのだそうで。
おまけに排水性が高い。

堅固な石垣ゆえに
ほぼ400年前のすがたそのまま!
なのだそうですよ。


イメージ 6
お城を見た時につい注目してしまうポイントは
ワタシの場合「石垣」
イシガキラバー。
石垣って
アートしていると思いませんか?


イメージ 7
アート。
どーでもいいですね、スミマセン。

で、200円で天守に登れるので入城です。
200円!
お安いわ、浜松城。


イメージ 8
天守もオリジナルなわけはなく
1958年(昭和33年)の再建です。
この外観も忠実に再現・・・じゃなくて
ま、こーいうのでどう?
という
イメージ先行デザインだそうです。
(鉄筋コンクリート造)
そもそも天守閣があったのかどうかすら・・・
って、もうヤメロ
夢壊れるからw


イメージ 9
北東の方向を見れば
ホラ
日本一のアレが!


イメージ 10
富士山が見えるんですね、天守閣から。
YAMAHA越しに富士山。

ホントは天守閣はなかったかもしれないけどさ
若き日の家康が
ここに登っては
富士と対峙して
「いつかは自分も日本一に」
って誓った・・・
という妄想もアリだと思いますw


イメージ 11
実際には
家康29歳〜45歳までの期間
ここを城にしていたそうです。
その後、江戸期に浜松城主になった大名25名には
幕府内でご出世したヒトもいるので
「出世城」
と呼ばれたりするそうな。

むしろ、
有能だからこの由緒ある城の城主になれたわけで
後に出世するのは当然の流れデハ?
(小声)


イメージ 12
浜松城の駐車場。
「あの向うの小山。あそこが浜松城の始まりだそうだ」
と、オットが言うので
ついでに歩いて行ってみた。


イメージ 13
「浜松城のはじまり」
の意味がよく分からないまま
山?てか、神社?
に到着。


イメージ 14
こーいうことのようです。

もともとこのちっこい小山に
引間(曳馬)城というのがあって
治めるのは今川の家臣・飯尾さんだった。
飯尾さんに代わって家康が浜松の地を治めるにあたり
これじゃーちっちゃいから、と
どんどん大きな城を増築して
できたのが
今の浜松城。

ついでに
曳馬城では敗戦の将のようで縁起が悪いから
浜松城に改名した、ということらしい。


イメージ 15
境内にあったナゾのブロンズ像
「家康&秀吉」
秀吉も少年時代に浜松で奉公をしていたらしい。
ふたりの時期は被ってないのだが
「浜松ゆかりのこの2人に挟まって写したら出世するかもしれません」
企画として
この像が設置されたんだそーだ。


イメージ 16
『SNSで発信してください』
などと掲示されていたけど
企まれたネタでは
ツイッターでバズることは無いとおもうよw


イメージ 17
さて、新幹線で東京に帰ろ。
その前に
浜松ぎょうざを食べてみたい!


イメージ 18
浜松ぎょうざの有名店「石松」さんは
JR浜松駅構内にも出店してくれていてありがたい。
帰京直前にサクッと食べられます。


イメージ 19
浜松ぎょうざ
人生初食べです。
10個入り 600円でお試ししてみたい。
ついでに生中 580円もねっ


イメージ 20
キター
なぜかもやしが添えられているんですね。
嬉しいけど。

当方、生まれも育ちも首都圏人なものですから
宇都宮スタイルとは違ったぎょうざに
「!」
です。

イメージ 21
肉がほぼナイ!
いや、あるんだけど
7割キャベツ!
・・・という事態に遭遇し
餃子帝国の洗礼を受けた気分です。

スミマセン
出直して来ます。


イメージ 22
餃子は肉がいっぱいがスキ。

【 浜松の旅:おしまい 】

前の記事よりつづき 】
2017年12月18日(月)

前夜、豊橋市内で
オットの親族さん方と会食。
今朝はそのまま帰るのではもったいないから

イメージ 1
こんな機会でもない限りまず行かない
浜松の郊外を散歩してみます。
「あの山が城跡だと思うよ」(オット)


イメージ 2
浜松市北区引佐町井伊谷。
「いいのや」と読みます。
ええ、
訪問時は大河ドラマで
「おんな城主直虎」
やってましてね。


イメージ 3
せっかくだから
井伊家発祥の地という
「井の国」を見てみようという企画です。
まずは
先ほど車から見えた
井伊谷城(いいのや、と読みます)の跡に
登ってみよう。


イメージ 4
地元文化財を展示するセンターは
臨時の直虎展示室&ビジター用駐車場になり
城跡への道中にも
直虎アピールの幟が連なります。
大河期間限定。
1年の時限おもてなしプロジェクトだね。


イメージ 5
直虎時代にできた城・・・ではなく
1032年には井伊の最初の殿が築城したといわれています。
(と、説明看板がありました)
はるか幕末までつづく井伊家って
1000年の歴史があったんだ〜!
(いや、井伊家は今もつづいている)


イメージ 6
南に大きく開ける視界。
眺めいい!
・・・ってことは
山城としては
最高の立地ということよね。
ホラ、右奥には浜名湖が見えるよ。


イメージ 7
ドラマでも浜名湖は効果的に登場したけど
井伊谷と浜名湖は
この距離なんだあ、と実感します。

お城跡は土塁がある程度で
構築物はなく
説明板とお約束の顔ハメパネルのみw


イメージ 8
山城から下山すると神社の境内へ。
二宮神社というそうですが
杉本哲太さんが・・・じゃない
井伊直盛(直虎の父)が再建した神社だそうです。


イメージ 14
この二宮神社には
高橋一生を祀った社があった。
あ、高橋一生じゃなくて小野但馬。

ドラマがなかったら
よそ者なんてぜったい寄らない
ローカルな神社だったのだろう。
きっと、ドラマ時は小野但馬にホレた訪問者が
少なからず来たのだろうな。

小野但馬が処刑される回は神回でしたわ。
未だに録画消せないものww


イメージ 9
花壇に尼!
なんのホラーですかね(笑)


イメージ 10
やがて
「井殿の塚」
というポイントに到着。
直虎関連スポットには
もれなくノボリが立てられているので
目印になってありがたい。


イメージ 11
井伊直満と弟・直義の塚・・・って言っても
顔が浮かばないw
直満は宇梶剛士サンね。
ウソの謀反情報によって今川に殺されたっけ。
謀反人扱いだったから墓も建てられず
こっそり建てたのがこの塚なんだそうだ。


イメージ 12
井伊谷城は居住用の城じゃなかったようだから
じゃ、井伊の一家はどこに住んでたのかな?
「地図みると、たぶんこの公民館のあたり」
とオットが推測。
当たり前だけど
500年も経てば跡形もないわね。



イメージ 13
公民館前には丁寧な地図で解説がありました。
そっかー
この辺り一帯が井伊のお屋敷だったんだね。
意外と狭いエリアであれこれやってたのね。



イメージ 15
太河ドラマ直虎を
1回たりとも欠かさずに観ていたワタシとオットとしては
ご初代様の井戸
がマストで見たいスポット。
親切に
『井伊共保公 出生の井戸』
案内板抜かりないです。


イメージ 16
もはや
井戸端ものがたり
とサブタイトルを付けてもいいくらい
井戸の存在がキーだったな。

あれ?


イメージ 17
まさかのたんぼの中の一軒井戸w

ドラマ的には森の中なんだけど
ま、そこは演出だからネw


イメージ 18
井伊だけに井がキーワードか?
主人公たちはこの井戸から力を得たり
この井戸端で語らったり。
一族の拠りどころになる存在
ご初代さまの井戸。


イメージ 19
いっそ田圃にしちゃいたかっただろうに
よく1000年も残ったよね、この井戸。
直虎が大河ドラマになる前は
地元の人にとって
この場所はどんな存在だったんだろうなあ、と
想像しちゃいました。


イメージ 20
井伊直虎めぐりのハイライトは
このお寺。
龍譚寺。
猫を愛する小林薫、ニャン渓和尚の寺。


イメージ 21
誰もがここは来たいようで
訪問者も一番集まっていました。
かなりリッチで手入れも行き届いた古刹です。


イメージ 22
尚、猫はいなかったw
拝観料 500円で本堂や庭園の見学可
だけど、
「本堂・・・見なくていいよね」
という無信心でごめんなさい、ニャン渓サマ


イメージ 23
だって500円払わなくても
直虎やその一族のお墓とか見れちゃうから〜
龍譚寺は井伊家の菩提寺だから
一族は一角に集まって墓石がありました。
左側、奥から2つ目が直虎です。


イメージ 24
この配置図を見て誰もが
え〜、ヤだ〜
と言うと思う。
奥から2つ目が直虎。
隣が元カレの直親
それはいいけど
元カレを挟んで
向う側には元カレの妻がいる、ってどーよ。
死んでまで三角関係かいw


イメージ 25
後に大大名になる井伊家のスタートの村は
意外とコンパクトなエリアの中で
裏切ったり
疑ったり
恋愛したり
殺戮されたり
をしていたんだね。

あ、橋の欄干まで「井」だ!


イメージ 26
最後に
直虎が晩年を過ごした妙雲寺を外から眺めて
井伊谷(いいのや)散歩は終了です。
※妙雲寺は原則非公開


イメージ 27
17年12月の、没ネタ寸前の散歩話ですが
こうして思い出すと
井伊家のストーリーはドラマチックだし
(ドラマは想像で綴られていますが)
あの大河ドラマも面白いお話だったなあ、
イケメン大渋滞なドラマだったなあ、
と、しみじみ思い出しています。

つづく:次は家康の城をみるかな 】

前の記事よりつづき 】

2017年11月19日(日)

琵琶湖の東と北を巡る旅をしてきました。
湖東三山を行く中で
『織田信長は比叡山焼き打ちの直後に当山も焼き・・・』 西明寺
『信長の兵火により一山悉く焼亡烏有に帰し・・・』 百済寺
『金剛輪寺も同罪とされ、信長に火を放たれ・・・』 金剛輪寺

・・・などなどの経緯を知るにつけ
「近いみたいだし信長の安土城に寄りたいね」

イメージ 1
ということになり
そろそろ帰路の新幹線の時間も気になる所ですが
ギリギリまで見てみようとやって来ました、安土城跡。


イメージ 2
『一周約45分から90分』と所要時間の案内掲示が。
ああ、全部の見学は絶対ムリだ〜
でも、急いで天主まで登ろう!
てか、
ナニ、この石段の長〜いこと!
しかも一段一段が高い(汗)


イメージ 3
他のみなさんも昇り降りに難儀しております。
昔の人間ってもっと低身長だったし、袴姿でしょ?
相当厳しい階段
敵がイッキに登って来れないように、でしょーかね。


イメージ 4
この階段(大手道)の両脇に
前田利家邸跡や秀吉邸跡、徳川家康邸跡が現れました。
重鎮はサイドを固めるように屋敷をあてがわれたのね。
で、
湖東三山のひとつ、百済寺の説明にあった「石仏」が
ホントに城の建材になっているのを見ることができます。


イメージ 5
百済寺を焼き打ちした後、
この安土城建築の建材に流用するべく
寺の石垣や石仏までも
ごっそり盗られちゃった、って百済寺さんが教えてくれた件。
コレだ〜
よりによって人が足で踏む階段の材料に石仏を使うって
ノブナガ、あんた・・・(汗)

うわあ・・・と思ったチキンハートの私は
正面から写すこともできなかったので
こんな分かりにくい画像でスミマセンw


イメージ 6
10分ほどガツガツ昇ったら
「信長公本廟」
鬱蒼とした杉林の中
石垣の組まれ方がキッチリ丁寧なのが印象的。


イメージ 7
廟の中は立入り禁止なので隙間から拝見してます。
ご存じの通り、信長の遺体は行方不明のままなので
ここに納められているのは
太刀、烏帽子、直垂(ひたたれ)など、彼の遺品。
法要を仕切ったのはもちろん秀吉ね。
(信長の墓はここ安土城以外にもいくつもあります)


イメージ 8
本廟の横に絵馬コーナー
信長はもはや神レベル?
帝塚山学院大学絶対合格』
『家内安全』
ソレ彼に祈って叶うのかな^^;


イメージ 9
コチラが天主跡です。
立派な礎石が並んでいます。
我らが立っているところは地下1階に相当し、
その上に更に6階建の天主が建っていた、って!
木造で高さ33m。
巨大な物体、想像できな〜い


イメージ 10
説明板を読むと
この場所は昭和15年までほったらかしだったというのが興味深い。
掘り出してみたら古文書の通りの巨大な建物を想像させる礎石が現れたと。
その時は驚いただろうし、ドキドキしただろうなあ。


イメージ 11
広がる田園の向こうに琵琶湖。
一望に出来る絶景です。

イメージ 12
今回は紅葉めあてに初めて琵琶湖周辺に来ましたが
歴史のいろいろなシーンで絡んでくる重要なエリアだったのだなあ、と
実感することができました
美しいだけでなく
歴史好きのハートに響く湖東・湖北の旅でございました。


イメージ 13
新幹線に乗るべくJR米原駅に向かう時
雪を被る鈴鹿山脈が正面に。
あそこはもう冬なのね。

【 湖東・湖北の旅:おしまい 】

前の記事よりつづき 】

2017年11月19日(日)

滋賀県の紅葉めぐりをしています。
「湖東三山」で括られた3寺を巡り終えて
もう1ヶ所、紅葉名所で知られた寺へも行ってみよう。

メジャーな湖東三山に近い場所にあるので
こちらへも紅葉巡りの人が訪れるのはお決まりコースなのかも。
総門の向こうが赤や黄色に色づいているのが見えて
気が急きます。


イメージ 2
1枚目画像の「総門」に到着するまでの参道も
もみじの樹だらけで趣深かったです。
こんなだし。


イメージ 3
上から降り注ぐ紅葉。
参道を赤く染める散紅葉。
まだ入山料払ってないのに
すでに気分アガルわ。

イメージ 4
・・・という道程をへて総門に至ります。


イメージ 5
永源寺さん、なんだか参拝客が多目。
近隣の空き地が有料駐車場になっているのだけど
バンバン車が入庫していましたもの。


イメージ 6
大量の人が写り込んでしまうので
ついつい、上部を写すワタクシ。
でも、古い堂に赤いもみじ。
イイ感じだよ〜


イメージ 7
境内を写すと人&人なので
庫裏と回廊の脇などと、
人が居ない角度を撮ってみる。
これだけ見ると静かな寺っぽい?


イメージ 8
実際は
露店が並んでいたり
お土産屋さんアリ、甘味どころアリ、で
賑やかな境内です。


イメージ 9
お花見のように賑やかにもみじ狩りをするお寺があっても
これはこれでいいかな、と思います。
静かなお寺を期待すると
永源寺はちょっと方向性が違うかも。


イメージ 10
永源寺が賑やかなのは
紅葉のシーズンだけであって
その他の季節は湖東の静かなお寺なのだろうな、と思います。

つづく:最後に安土城跡へ 】



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