|
2017年11月18日(土)
レンタカーで巡っています、湖東三山。
琵琶湖の東サイドの、紅葉名所でもある天台宗の寺3カ所を
「湖東三山」と、そう呼び習わしていまして
ひゃー
入口からしてすでに紅葉マックス
良さそうだね!と同行のオットとニンマリするワタクシ。
拝観料を払う受付はまだ先なのに
すでにもう紅葉が凄いことになっている。
この参道は見ものだね
受付で600円のお支払。
印象的なこの長い参道はなだらかな坂道。
贅沢に降り注ぐ紅葉の赤。
うーん、どこから見たらいいのだろ?
「名勝庭園」
の案内板が出ていたから
引っ張られるようにそちらへ向かいます。
これはステキな演出。
庭園は書院の向う側にあるのですが
まずは書院の襖越しに、庭の紅葉にチラ見させる、という
憎いテクをかましてくる。
よく知らんけどw
書院の畳まで反射して紅い。
満足したので
いよいよ名勝庭園の方へ回り込んでみましょ。
この庭、特にお名前がナイようですが
歴史は古く、桃山・江戸初期・江戸中期の3庭が連続して
これらを成しているそうです。
書院を振り返る。
ああ、この楓が先ほどの見事な額縁を成立させていた樹なんだね。
キミはすばらしいよ!
庭園のドンツキには池がありました。
左端の石は船に見立てているのでしょう。
裏山の斜面をうまく全体の造作に取り込んでいます。
各人がまったりお庭鑑賞できています。
今後も
京都の名庭のように激混み寺にならないでほしいな。
両サイドにお地蔵様が並ぶ参道に突入。
一体一体がもれなく風車とスタイをお持ちで
それはそれで、なんとなくホラーな感じの杉の並木道。
門には特大サイズのわらじが架けられているのが印象的。
このわらじ、地元民の手作りが奉納されたもので
奉納は、創建時の室町時代から続いているんだそうで。
わらじの隙間にぎっちり1円玉が奉納されています。
なぜか1円玉ばかり。
何かご利益があるんでしょーね。
先ほど訪問した西明寺の本堂と同じく、
こちらの本堂も織田信長の焼き討ちの際
なんとか焼失を逃れた国宝。
アラすごい、730年も時を経ているんじゃん!
信長に燃やされなくてよかったねっ
評判通りの見事な紅が堪能できて
しかも混み過ぎない。
「思っていた以上によかったネー」
オットと頷き合うのでした。
【 つづく:余呉湖の発酵オーベルジュへ 】
|
おでかけ
[ リスト | 詳細 ]
休日となれば、じっとしていられません。どっかに行きます。
|
2017年11月18日(土)
今月末には桜が咲くだろう、今日この頃。
突然ですが琵琶湖周辺紅葉旅行記の開始w
Yahoo!ブログは12月で消滅となりましたが
ブログは我が家にとっての家族のアルバム代わり。
止めるわけにはいかねえ。
・・・というわけで
匙を投げず突き進むワタクシ w 東京からやってくるオットと待ち合わせです。
米原。
東京から新幹線で西に向かうとき、確かにそこにある駅なのだが
一度として降りたことなかったわ w
今回の目的の一つは
「湖東三山の紅葉を愛でよう」
です。
「滋賀?琵琶湖?ま〜あ行かないかなあ・・・」
と優先順位が低いエリアでした。
ムスメが大阪に住みだした今、すぐに行ける場所になり、ありがたい。
米原駅からレンタカーでGO!
オットとふたりで紅葉を巡る旅の始まりはここから。
龍應院 西明寺
西国薬師三十二番霊場・・・らしいです。
「湖東」 琵琶湖の東サイド
の
「三山」 三つの(天台宗の)寺
を、そう言うのだけど
ここ西明寺はその3寺の1つです。
池泉回遊式庭園がありました。
苔と紅葉のコントラストが美しいお庭。
人を入れずに撮ろうと思えばできなくもないレベルの人数なのがウレシイ。
その辺が滋賀クオリティかな、と(笑)
この旅の前日まで、ひとりで激混み・京都で紅葉巡りをしていたワタクシ。
紅葉を静かに見れる滋賀、なかなか良いぞ
と思うわけです。
と報道がありました。
曰く、外国人宿泊客は増加しているのに
日本人宿泊客は4年連続マイナスだ、と。
いつ行っても外国人で大混雑の京都名所。
敬遠する人もいるよね、と思います。
時には滋賀もイイね、と思います。
土曜日なのにこのレベルの人の数!
京都の有名寺院に比べたらスッカスカよ(笑)
境内を歩いて、ここは二天門です
周囲の紅葉を纏う、鎌倉時代の塔。
パンフによると
織田信長は、比叡山焼き討ちの後、この寺も焼失させようとしたそうです。
ホントに幸いなことに、この三重塔と先ほど潜ってきた二天門、そして本堂は
焼けることなく残り、おかげで我々はこうして威容を拝めます。
美しいなあ。
彼岸桜の系統の冬桜とな?
わあ、11月なのに花をつけているね。
でも樹齢250年ですから
すっかり勢いは無い模様。
それでも白い小さな花を咲かせるおばあちゃん桜。
湖東三山を公共交通機関で巡るのはちょっと困難。
(紅葉時のシャトルバスはあります)
そのせいか団体バスツアー客が多く、しかも圧倒的にシニア層。
でも、やって来る外国人は少ないようで
静かな境内でした。
ということで
次の金剛輪寺にレンタカーを走らせます。
【 つづく:金剛輪寺へ 】
|
|
2017年11月17日(金)
ひとりで京都の北部をうろうろお散歩して
下鴨神社近くまで下りてきました。
その別邸跡が下鴨神社の近くにあって
ずっと非公開だったのだけど
2016年10月から一般に公開されるようになりました。
特別公開シーズンの今。
まだ未踏だったので是非見たかったの〜
「別邸」ってなんじゃい?
こんなに立派なのに「本家」じゃないっつー事態に驚くわ。
武家屋敷みたいな玄関です。
『三井家の祖霊社である顕名霊社が遷座され、
その参拝の際の休憩所とするため
大正14年に建築されました』
・・・と。
は?
天下の三井さんちは豪商として成功した家ですから
信心深かったのでは。
三井家を守ってくれる神として
顕名神社(あきなじんじゃ)
を大事に信仰していたのでしょう。
当時はここに御社を置いたのでしょう。
で、一族で定期的に神様をお祭りする行事をやっていたんでしょーね。
三井家一族郎党集まると
相当な人数になるから
いっそ、そこにお屋敷を建てちゃって
宴会はそこで行おうと、そーいう目的の建物がコレなのでは?
以上、凡人なりに解釈しました。
一般人の想像をはるかに越えてくるから
説明を読んでもまったくピンときませんわ(笑)
90年以上経っている物件なんですね。
今までどーしていたのか・・・
常駐しているので
いろいろ質問をしました。
お分かりになる範囲で教えていただいたのは
明治31年(1898年)のことです。
そのあと、三井家が信仰する顕名神社が置かれて
茶室を造ったり
母屋を木屋町の別邸から移築したり、と
段階を経て大きくしてきました。
ここに住んでいた当主もいたんですよ
(ガイドさん)
財閥は解体になりますよね。
それで、この土地と屋敷は国有地になっちゃいました。
昭和24年のことです。
ホラ、隣に京都家庭裁判所があるでしょ?
家裁の所長さん用の官舎になったんですよ
(ガイドさん)
国家公務員の方って特別職の方でも
「えっ」って感じの官舎に住まわされることがあるのは知ってましたが
ここか〜(汗)
ビミョーですねww
日々の生活をここでする、というのはちょっとヤかも。
「平成19年まで官舎として使われていました」
とガイドさん。
トイレこれですよっ
所長さんの奥さま、ぜったい泣いてたと思う・・・
たいてい2年で異動だから
住むのも約2年くらいだったのだろうとは思うけど
ツライよね。
洗面所はクラシカルなのがステキ♪だけど・・・
「当時、私住んでました!」
みたいなリアルなお話をしてくれる人がいたら面白いのにな〜
重要文化財指定になりました。
解体されずに今まで残ったのは
官舎に使われていたおかげかもね。
3階建てなのが分かります。
今回の特別観覧では2階までですが
時によっては3階も見学できるチャンスがあるそうで。
最後に鴨川デルタへ。
ここ、大好きなんだけどなー。
たくさんのアジア人旅行者で盛況でした。
【 おしまい 】
|
|
【 前の記事よりつづき 】
2017年11月17日(金)
ひとりで京都の郊外を散歩してます。
三宅八幡駅から隣駅、八瀬比叡山口駅に行きたいのだけど
天気が良いので歩きます。
車がバンバン通過する国道沿いは味気ないから
上高野の、住宅と農地が混在するエリアを抜けて御陰神社がある山をひとつ越えよう。
山の紅葉もないコース。
まあ・・・私のようなモノ好き以外にはおススメしない行き方w
ワタシ以外の人間がいない山道を抜けて
下界に降りたら急に人がいっぱい。
別世界にワープしたかのよう。
険悪なムードになっているカッポーがいました。
「せやからな、行きたいんやったらちゃんと調べとかなあかんかった、ちゅーことやろ?
こんなんなってるて、じぶんかて知らんかったんやから、しゃーないわな」 (彼氏)
デート中の有りがちなケンカですねw
ケンカの原因はたぶん、アレ。
来てみたらこの行列だったんだよね
で、彼氏がこんなに待つなんて聞いてなかった、って
拗ねちゃったんだよね。
瑠璃光院
ここの屋内に置かれた文机に映る紅葉が
床もみじ風で、インスタ映えする!と大人気です。
ここ、平成17年5月までは京福電鉄が経営する旅館だったんだけどね。
旅館廃業後、
サラリと宗教法人になって
寺のテイ。
京都のここ以外にも
岐阜、東京、千葉、埼玉、滋賀で
手広く活動している宗教法人の所有に変わりました。
門から見える楓は見事なクオリティだわ。
でも建物は相当古いから(昭和初期の物)管理維持するには
お金を持っている団体じゃないと困難なんだろうな。
古い建物だから
一度に多くの人が入場したら危険。
このロープの張り巡らされたエリアに並んで
グループごとに入場を待つ、というシステムなんでしょう。
TDLかよw
更に遡って歩くと
もうひとつ行列グループができているなあ。
『15:20』
と書かれたプラカードに並ばされているこの人たちは・・・
たぶん、先程の門前エリアに移動する前にも
ここでも待機しないといけないんだね。
(この時15:10)
ここにもロープが張り巡らされているところを見ると
チケット購入だけでも並ぶことがあるってことね。
「なんだかんだで1時間半やん
」ってさっきの彼氏が愚痴っていたのはこーいう仕組みだからか。
覚悟が無かったらイヤかもw
ワタシはここには並んでまで入らなくていいや。
入場できても、中での机の反射争奪戦に加わるのもイヤだし
何より、いつの間にか寺になったという経緯がどうも肌に合わない。
「ルイ・イカール美術館」
という謎のギャラリーがあってこれまたエライ人が入場している。
どうやら無料で入れるらしい。
ちょうどいいわ。
トイレ休憩。
で、なぜここに美術館がある?
・・・と思ったら
瑠璃光院管主の個人的なコレクションを展示してるって
あー
そーいうことか
(ハナホジ)
出町柳方面行きの電車で帰ります。
白龍園チケット 2300円に付帯していた
叡電1日乗車券(700円)のモトは取れたな(笑)
【 つづく 】
|
|
【 前の記事よりつづき 】
2017年11月17日(金)
ひとりで京都をうろうろしてます。
叡電(叡山電車)1日乗車券を持っているので
叡電沿線中心に徘徊。
叡電 三宅八幡駅を目指しています。
ワタシが選ぶ行先は
たっくさんの観光客が来ない京都。
叡電さんの駅舎は
どの駅も個性的で趣あって
ひとり歩き気分を盛り上げてくれますわ
この界隈も数年に一度のペースで繰り返し来ていますけれど
来るたびに道は整備され
マンションや住宅が増えているなあ
それでも観光客の注目度はまだのようでありがたい。
目指すのはこの石の道標のお寺。
あ、読めませんねw
(せいけんじ、と読みます)
前に来たのはいつだっけ?
と考えたら10年ぶりだった〜
紅葉が綺麗。
なのに人が来ない。
10年前もひとりだったけど
今回も最後までワタシ独り占め。
京都で
そんな幸せな寺はそうそう無いよ
紅葉の極楽具合をなんとか写し取りたいと
一生懸命撮影した画像たちをダダ貼りします。
楓だけでなく
本堂の東側にある銀杏も黄色く輝きます。唯一開けているのが南なので
正午ごろからが美しいのでは、と
ワタシは思うのです。
手作りで維持保存しているようで
そこが返ってイイ感じ。
10年前は荒れてた茶室ですけど
手入れされてきれいになったなあ!
→ 『他言無用のナイショ寺』 (2008年1月18日記事)
当時は、門前にご住職からのメッセージが掲示され
『他言無用ノ事・インターネット上 記載等ハ御遠慮下サイ』
と書かれていたのだ
故に、京都好きの間では
「他言無用の寺」
として通っており
住職の圧に抗う者はおらず、
寺の名をネット上にさらした人間はごく少数だったという
牧歌的な時代でした。
すでにブログは世に登場していたけれど
ツイッターもFacebookも日本に普及する前でしたなあ。
今回訪問した時の門前の掲示がコチラ。
「他言無用」
という、あのインパクト大なるセリフは
もう、どこにも記されていません。
『観光寺院ではなく、座禅を中心とした禅の道場です
(中略)拝観の宣伝等していただきませぬよう
宜しくお願い申し上げます』
と記されていました。
いや、違うわ。
そう思って当記事をアップします。
何しろ、今や栖賢寺さんはFacebookで情報発信をなさっているし
HPもお持ちになったのだから。
10年ぶりに訪れた栖賢寺は荒れたところのない寺に変っていました。
相変わらず静寂の空間でしたけどね。
「おひとり500円を目安にご志納を」
と書かれていましたが
ワタシは紙幣を投入したわよ。
美しくあってほしい
でもたくさんの人が来たらヤだな〜
という煩悩まみれのちっちゃい人間でスミマセン^^;
【 つづく 】
≪蛇足≫ 栖賢寺のすぐ近くに蓮華寺というお寺があります。
こちらも以前は静かな空間を味わえる
楓の美しい寺でした。
今は人が多すぎて行く気もしません。
エライことになってました。
狭いお寺なのになあ・・・
入りきれない程の観光客が並んで待ってはる。
栖賢寺にこの波が寄って来てしまう日もそう遠くないのでは・・・(汗)
これまた、煩悩だらけの心がちっちゃい人間の戯言でございます。
|
」



