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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。
【 前の記事より続き 】
2017年5月15日(月)
早朝の温泉津(ゆのつ)温泉を散歩。
「石見銀山から採った銀の積出し港跡が温泉津にあるから見に行きたい」
(オット)
温泉街の中心部でも
町の裏山を、昔の港跡まで1時間の散歩。
そりゃ、猿も出るわw
朝のお食事タイムだったようです。
びっくりさせてしまってごめんなさい!
町民がだーれも歩いていない山道をとぼとぼ行く。
山を貫く古い隧道の向こう側に
静かな湾が横たわっていました。
ココが銀の積出し港だったそうです。
併せて、銀山で暮らす人への物資の荷揚げ港でもあったと。
(江戸期になると安全な陸上ルートに変更)
今は静かな温泉津ですが
銀山の採掘が豊富な時代は
賑やかな町だったのでしょう。
世界遺産の構成要素です。
今回の旅では、発掘現場の銀山跡から出荷港まで
トータルで見学してきました。
オットが見たかった世界遺産ポイントはこれにてコンプリート。
オーソドックスな宿の朝食メニュー。
朝から烏賊のお刺身がうれしい。
さて、夕方の飛行機の時間まで
オットには、もう一ヵ所私のセルフ・ファミリーヒストリーに付き合ってもらおうと思う
江戸時代、天領米の出荷港として
また北前船の寄港地として栄えた旧郷田村です。
【 つづく 】
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おでかけ
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休日となれば、じっとしていられません。どっかに行きます。
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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。
【 前の記事より続き 】
2017年5月14日(日)
島根県の世界遺産、石見銀山
参加者限定・大久保間歩ツアーの出発です。
冷蔵庫のような冷気を吐き出す
真っ暗な坑道跡に入っていきます。
江戸時代の初期に掘られ始め
明治になっても更に開発されたという400年の歴史がある大久保間歩(坑道)です。
ガイドさん「そんな訳で、手掘りの江戸期の部分と、
明治に入って火薬と掘削機による部分で
間歩の壁が上下で二段になっています。
ほんと!
上部はノミで一刻一刻、まるで彫刻したかのようにこまやかです。
下部はザックリですね。
ガイドさん 「この幅から江戸期の間歩の高さが120cmだったことが分かります。
立って歩くことなどできませんよね。
這って進んだと思われます」
ガイドさん「そんな中、江戸期は何で灯りをとったか。
ろうそくじゃないんです。
コレ。サザエの貝殻。
この中になたね油を入れ、こよりのような芯を浸して灯りを灯しました」
真っ暗な中、高感度で撮ってこの仄明るさ。
無理でしょ、これ!
ガイドさん 「20、30分で目が慣れると当時の人は言っていたそうですが
現代人には無理です。
鉱夫たちはこの灯りで一般の鉱石と銀の鉱脈を見分けていた。
驚異ですよね。
当然目が悪くなり、若くして視力を失うのです」
ガイドさん 「ちなみに、島根県大田市のゆるキャラはらとちゃんといいます。
サザエの灯り、螺灯(らとう)からのネーミングです」
いや、らとちゃん!
その明るい笑顔の割に、利用現場の実態が悲しすぎでしょっ(涙)
ガイドさん「人が一人、ようやく潜り込める隙間に入り込んで
ノミで一刻一刻掘り進めます。
坑内の空気は悪く、粒塵を吸って肺の病気になります。
平均寿命50歳の当時に於いて、彼らの平均寿命は30歳でした」
「あ、今コウモリが飛びましたね。
ここはコウモリの越冬地なんです。
なので冬場は閉鎖しており、このツアーもお休みです」
ガイドさん 「高所の作業も非常に危険でした。
これは、高所作業用の足場にした丸太です」
「そうまでしてここで働く理由。
近隣の百姓の次男、三男です。彼らには行き場がありません。
労働は過酷、健康も失い、短い生涯。
けど、破格の高給が出されていました。
家族手当も、年金も出たのです。
いったい、どんな生き様だったのか・・・
文字が書けない人達なので日記等を書くことはなく、分かっていません」
ガイドさんに「枝抗に進みますねー」と言われて
進んだ先の画像がコレだったと思う。
マジ、狭い(汗)
閉所恐怖症マックスで記憶が薄いワタシw
足元には水がずいぶんと貯まっている。
長靴支給されるのも納得。
マンガンを含む、黒い水なのだそうだ。
ガイドさん 「絶滅危惧種の海老がいます!
体長1cm以下でヨコエビの一種、メクラ海老と呼ばれています。
暗闇の中で目が退化したんですね」
海老はめくらに・・・鉱夫も・・・ですか。
ツアーの終着点です。
ガイドさん 「今はここで行き止まりですが、
2017年7月からこの先まで行けるように
只今準備中で、見学者用の階段ができあがりました」
(スミマセン、当記事は2017年5月訪問時のはなしです)
2017年7月から見学可能の新スポットは「福石場」と呼ばれており
石見銀山最大の採掘場だそうです。
ガイドさん 「公開したらまた来てくださいネー」
高感度で撮ってようやくこの画像。
ブレブレのぼんやり画像ばかりでスミマセンでした!
来た道を引き返す。
外界が見えた!
たったの30分間なのに
陽の光が恋しい。
脱出するかのように、ついつい足が速まる。
人は暗がりでは心が辛くなるのだ。
そして、鉱夫さんたちの人生について考えさせられたせいもあるね。
「釜屋間歩」
を最後に見学。
岩壁を加工したのだな、ということはなんとなく見て取れ
左手の方には階段がはっきり残っています。
様子が分かりました。
岩場を削って作業場の一部にしていたんですね。
ガイドさん 「山師の安原伝兵衛が発見し、
トータルで13.5トンもの銀を産出した間歩です」
その銀の産出量故に家康にもお目通りを許された人です」
「山師は植生を見て銀を掘り当てるとも言われています。
白山旗竿(ハクサンハタザオ)と羊歯の仲間のヘビネノゴザ
は銀の鉱脈を好んで生えるんです」
(アタさん、画像使用の許可をありがとうございました)
「石見の銀がなかったら日本の歴史は違うものになっていたでしょう」
石見の銀の採掘量は当時の海外にも知られます。
それが南蛮貿易を呼び、欧州がジパングに向かう動機になっていったのだと思うと
石見銀山の稀少性が理解できました。
自力で見学しただけでは石見銀山の本質は実感し難いと思います。
ガイドツアーをおすすめします。
石見銀山、おもしろかった!
今夜は温泉津、と書いて「ゆのつ」と読む温泉地に泊まります。
【 つづく 】
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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。
【 前の記事より続き 】
2017年5月14日(日)
石見銀山にはいつでも見学可能な坑道跡(龍源寺間歩)がありますが
ツアー参加者限定でしか見学できない坑道跡もあります。
大久保間歩
(おおくぼまぶ:石見銀山では坑道のことを間歩と呼びました)
入口にそのツアーの案内板が置かれていますね。
4月〜11月の
金・土・日・祝&お盆期間
1日4回 運行 (9:30、10:30、12:15、13:15スタート)
1回につき20名限定、所要時間2時間30分
料金 大人4千円、小人2千円
・・・と、本気の者しか寄ってこない内容となっています。
オットがこーいうのが大好きなもので
ワタクシもお付き合いです。
ヤレヤレ(閉所恐怖症なので積極的にはなれない気分)
センターで2人分 8千円をお支払したら
現場である大久保間部入口までバスで運んでいただきます。
登山口?って感じのゲートに5分程の乗車で到着。
ツアーの案内をしてくださるのはボランティアガイドさん。
今回の参加者は15名ほどだったかと。
ガイドさん 「江戸時代、銀山は尾根に沿った柵で囲われていました。
侵入者防止のため、銀の不正持ち出し禁止のため、ですね。
で、要所要所に番所を設けて監視をしました。
最大時で10ヵ所あった番所のひとつがここ、木谷口番所」
鉱山には20万人も住んでいたとも言われているので
生活物資を売りに来る行商人もこの番所を通過します。
併せて通行税を取るのも番所の仕事でした。
ガイドさんが持っているイラストのような町並が
この森の中に展開されていたとは
ちょっと想像ができません。
整備されているので歩きにくいことは無いですが
足元はしっかりした靴でないと無理ですね。
軽いトレッキングって感じで
たのしく歩いて行きます。
そうして登って行く道すがらにも
山の斜面にぽっかり開いた坑道跡が現れます。
いくつも、いくつも。
ガイドさん 「こっちは間部番号169の下金生坑です。
間歩のひとつひとつに番号をつけて管理しています。
間歩は全部で700ほどあるんですよ。
ちなみに、明治以降の再開発坑道は間歩ではなく『抗』と名付けています」
を〜
目的の大久保間歩に着きましたね!
でも、侵入するには装備が必要なんですって。
いらっしゃ〜い、と係の方が
我々15人を出迎えてくれました。
ここで、間歩探検必須アイテム3点セットを貸してもらいます。
懐中電灯!!
ヘルメット!!!
(ヘルメットが汗ばむとナニなのでインナーキャップも)
長靴がダサいじゃないか、とか
ヘルメットを被るのは美的センスに反するとか
そーいうこと言っている場合じゃない事態なので
已む無くワタクシもしぶしぶ装着w
説明板の前でガイドさんのレクチャーを伺います。
大久保間歩の大久保は人の名前です
江戸時代の初代石見銀山奉行、大久保長安。
元々は猿楽士の子で武田信玄に仕えていた。
家康は、彼の土木技術や鉱山経営の手腕を高評価して召し抱え。
石見の初代奉行として派遣した。
後に、伊豆の金山・佐渡金山の奉行も兼務になる。
家康には好かれ、晩年は一緒に駿府に住む仲に。
なのに、長安が死ぬと家康は一変して大久保の一族を断罪。
長男切腹、妻子死罪。
歴史から抹殺されます。
謎の多い人物です。
その長安が「馬に乗ったまま、槍を持って入れるくらい大きい穴だった」
という伝説から「大久保間歩」と名付けられました。
貴重品以外は小屋に預けて行った方がいいでしょう」
「壁面を触らないように。貴重な遺産です。カバンが触れるのも避けてください。
カバンは体の前に。リュックのように背負うタイプ、肩掛けタイプは、
預けるか体の前に持ってきて」
「間歩内の滞在時間は30分以内と決められています。
厳守で行きますよ〜」
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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。 2017年5月14日(日)
有福温泉から車で約1時間。
世界遺産・石見銀山に来ました。
ここってナニ?
オット 「ここは大森という町で、石見銀山を管轄する代官所を中心に栄えたよ」
銀山が作業現場だとしたら、大森は経営部門として機能していた町
・・・ということらすい。
故に、この街並みそのものも世界遺産登録の要素なんですって。
驚くのは、今でも町民の暮らしがフツウに続いている地区だということ。
江戸期には20万人の人口だったという記述も。掃き清められた道路が清々しいです。
自販機など機械的な物は極力カバーして目立たないようにしています。
自宅を改築、新築するにも町並みとの共生を図るのでしょう。
世界遺産の町に暮らす住民の矜持を感じます。
所々、魅力的なお店が現れるものステキ。
プレッツェルのサインから「この店オイシイ」のオーラが出てます。
・・・たまら〜ん
![]() 観世音寺。
ちょっと高台にあり、さらに石段を昇る構造になっています。
オット 「ここの境内は眺めがいいらしいよ」
石州瓦の街並みがみごとですねっ
山間に、縦に延びた大森の町が一望できます。
世界遺産・石見銀山が見たい、はオットのリクエスト。
ワタシはただただ連れられてきただけ。
ま、ほぼ興味ナシ、予備知識ナシで来たのですけど
こんな魅力的な町も世界遺産構成要素だと知っていたら
もうちょっと予習してくるんだったわー。
こにゃくう 「この町をもっと見たい。買い食いしたい」
オット 「ダメ。13時から銀山の坑道跡の見学ツアーを予約してあるから」
1回20人限定の有料ツアーに申し込んであるらしい。
【 つづく:大久保間部ツアー 】
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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。
ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。
・・・そういう目的の旅行の記録です。 2017年5月13日(土)
東萩駅前のホテルを早朝に出発です。
「大板山たたら製鉄遺跡」を目指して。
全体に地味目な萩の世界遺産群ですけど
このスポットは群を抜いて地味といえましょうw
すっげー山の中にあるんですよ、コレ。
萩市内から車で40分も走りましたもの。
他の見学者は皆無だし、ガイドさんも居る時間じゃないわ。
勝手に見て周ります。
うわ〜
熊出そう・・・かつて建物があった場所にその礎石が残っているだけです。
各々に説明プレートが付いているので
それを読んで、おのれの想像力をフル回転するのみ!です。
あー。これ、大きいから
メインの作業小屋だったのね、と。
そもそも、たたらって知ってます?
ワタシはもののけ姫でしか見たことないですよ。
砂鉄から鉄を生成する施設です。
ここ、大板山では江戸中期から幕末まで行われていました。
(※砂鉄洗い場跡。土砂混じりの砂鉄を水で洗って砂鉄純度を高める作業場)
たたら作業は大量の木を燃料にするので
山中であるのが必須条件。 ひとつの村規模のたたら作業集団が
この山中で共同生活をしていた、というのです。
ここの場所の山奥さ具合を思うと
「へ〜!」って感心します。
(※元小屋跡。作業員(人足)の生活を支える事務所って感じ?)
数十年の作業で、山の木を伐りつくしてしまう。
そうなると、次の山を目指して
集団で移住する・・・という暮らしを代々続けていた人達。
(※元小屋跡を見下ろす場所に置かれたガラス板越しに眺めると
元小屋のありし日の姿がイメージできる。これ、面白いネ)
たたら一族がそんな暮らしをしながら
日本の鉄器全般を造っていたのか〜、と
非常に想像力をかき立てられるスポットでした。
たたらは中国地方に集中してある。
関東人のワタシは全く知識がなかったなぁ。
(※真ん中に砂鉄を鉄に変身させる製鉄炉。両脇の背の高い物体はふいご)
萩の世界遺産めぐりはこれで終了。
次は島根県に移動してワタクシ、こにゃくうのルーツ探し開始です。
浜田市にGO!
この後の探索で、自分の先祖のひとりがたたらに関わる家の出身だったと知ることになります。
【 つづく 】
≪ 蛇足 ≫
大板山たたら製鉄遺跡に行ったのをきっかけに
「たたら」に俄然、興味が湧いたオットとワタシ。
ふたりで観に行ってみた。
たたらのセットは圧倒的なリアリティ。
遺跡を見学しただけでは伝わらない空気感が味わえ、凄い!のひと言。
このセットの費用を想像すると・・・
LDH事務所の財力を感じるわw
演技派の脇役名優たちが魅せる場面を構築するも
脚本とLDHサイドの役者がクズすぎて
映画としてはゴミでしたわw
製作した映画がコケてもびくともしないLDHってすごいわw
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ヤレヤレ





