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鍛冶俊樹の軍事ジャーナル
第298号(9月23日)
*金正恩の悲鳴
 
 一国の政治指導者は自らの言動に細心の注意を払わなければならない。トランプに言っているのではない。金正恩に言っているのだ。トランプは19日の国連演説で金正恩をロケットマンと呼び、北朝鮮を完全破壊する可能性まで示唆して北の核開発停止を求めた。
 対して金正恩は21日の声明でトランプを「老いぼれ」と呼び「史上最高の強硬措置の断行を慎重に検討する」と述べた。ニューヨークの国連本部を訪問していた北朝鮮の外相はわざわざ日本の記者団を手招きして、「史上最高の強硬措置とは太平洋上の水爆実験ではないかと私は思う」と解説した。
 かくして北朝鮮が「太平洋上における水爆実験を示唆した」と報道され世界中に衝撃が走った訳だが、おそらく米国防長官のマチスは内心ほくそ笑んだであろう。もし北がそんなことをすれば、中国とロシアは対北武力制裁決議案に反対しなくなり、米軍の対北攻撃は国連によるお墨付きを得られるのである。
 
 1991年の湾岸戦争においては、中国とロシアが対イラク武力行使決議に反対しなかった為、米軍を中心とした国連多国籍軍による軍事力行使が可能となった。当時のイラクは核武装こそしていなかったが、大量破壊兵器である化学兵器と弾道ミサイルを保持しており、イスラエルを標的にする危険性があった。
 米軍の俊敏な行動はイスラエルの被害を最小限に食い止め、イラクを敗退に追い込んだ。マチスは18日に、「韓国を深刻な危険にさらさない」軍事作戦があると述べており、湾岸戦争当時、現役の将校であったマチスの頭の中には湾岸戦争の成功体験があることは間違いない。
 
 北朝鮮がそのような愚挙を敢えてするとは考えにくい。金正恩の声明でも「慎重に検討する」と既に腰が引けているが、その腰抜けぶりを却って中国に見透かされている様だ。中国の中央銀行は米国の要請を受けて傘下の銀行に対北取引の中止を通達した。
 北朝鮮の声明を金正恩の悲鳴と聞いた中国は、決して悲鳴を挙げる人を助ける国ではない。中国の伝統の諺は「水に落ちた犬は叩け」だから一国の指導者は決して悲鳴を挙げてはいけない。この声明は北朝鮮にとって致命傷であろう。
 
軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)
1957年広島県生まれ、1983年埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年文筆活動に転換、翌年、第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマ!ガ オブ ザイヤー受賞。2012年、著書「国防の常識」第7章を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が第5回「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。
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