━━━━━━━━━━━━━━━━━
北の“貢献”で自民の選挙戦が有利に
━━━━━━━━━━━━━━━━━
杉浦 正章
若年有権者層の反北感情も影響
野党は時代錯誤の極み
隠れて見えない「影」から衆院選で自民党を応援してくれる国がある。ど んどん応援しても外国だから公職選挙法違反にならない。貧乏国だから資金援助はないが、トップや幹部の発言が全て票に結びつく。
与党にとってこんなありがたい国はないのが北朝鮮だ。最近一番利いたの が外相李容浩が、「金正恩委員長が声明で言及した『超強硬対応措置』とは過去最大の水爆実験を太平洋上ですること」と言明したことだ
。防衛相小野寺五典は「水爆を運搬する手段が弾道ミサイルであれば、日 本上空を通過することも否定できない」と応じたが、これを聞いた有権者は自民党に投票しようと“決意”する。
なぜかと言えば傍若無人にも日本を超えたミサイルで日本の庭の太平洋で 水爆実験を行うなどと言うことは、国民感情の琴線に触れる最たるものだからだ。
多くの国民は、野党、とりわけ立憲民主、共産、社民の各党は北朝鮮と同 じ社会主義に根源を発していることもあり、北に関して何を言おうと信頼できない傾向がある。希望の党も大挙して元社会党の民進党から押しかけ ているから油断が出来ない。やはり頼りになるのは自民党ということに なってしまうのだ。
安倍も抜け目がない。歴代首相は、“ありがたい票田効果”が北朝鮮にある のに気がつかず、手を付けなかった。しかし、安倍は国連総会で北朝鮮対策一色の演説をした流れをそのまま、選挙戦の演説に直結させた。
安倍は北朝鮮のミサイル発射について「動きを完全に捕捉している。私た ちは、しっかりと国民の命と幸せな暮らしを守り抜いていく」と訴え、米国とも連携していることに触れ、「強い外交力で核・ミサイル問題や拉致 問題を解決していく」と主張。
経済制裁を強化していることについては「しっかり圧力をかけ、政策を変 えさせていく」と理解を求めた。聴衆の中からは批判勢力が秋葉原の例にならって「やめろ」のシュプレヒコールを繰り返すケースがあるが、最近 では一般の聴衆が「選挙妨害だ」「黙れ」と憤りの声を上げる事例が相次 いでいる。
野党各党は、この最大の争点になっている北朝鮮問題には触れないように して演説を展開しているが、これがまた信用がおけないということになる。
安倍が強行突破した安保法制についても、今ほど必要とされている時はな い。同法制に基づき政府は自衛隊の艦船で米軍の補給艦を守る平時の米艦防護や、補給艦による米軍イージス艦への給油を行っている。
公式発表がないケースも増えてきているようだ。こうした政府の「日米共 同作戦」に対して、批判すれば野党は不利になるとみて沈黙を続けている。
確かに「給油反対」などと言える雰囲気ではないからだ。そもそも野党は 安倍政権が成立させた安保法制には反対であり、共産、社民は「安保法制は憲法違反。廃止を求める」と選挙で主張することになっているが、公言 はしない。
しかし選挙民の選択は共産党を“マイナス成長”にさせようとしている。減 りそうなのだ。一方立憲も「北朝鮮対策としては個別的自衛権で対応できる。領域警備法と周辺事態法の強化で対処出来る」としているが、今そこ にある危機に対しては説得力がない。まさに北朝鮮問題で野党は時代錯誤 の極みの状態にあるのだ。
そもそも根本的に与野党が異なるのは、自民党が北朝鮮への圧力に重点を 置くのに対して、野党は対話に重点を置く傾向にあり、その基本姿勢の差は大きい。
具体的には自民党が「全ての核ミサイル計画を放棄させる」としているの に対して、立憲は「北をテーブルに着かせるための圧力を強める」としている。この主張は、空想的社会主義のからが抜けないのか、今そこにある 危機に対して空想的で現実感が伴わない。話し合いに応じない金正恩に対 して「話し合いを」という空々しさと無責任さを感ずる。
一方、憲法改正への取り組みも、安保がらみで各党主張が異なる。与党も 割れる。自民党が9条に自衛隊を明記する方向での改正を主張しているが、公明党は「多くの国民は自衛隊を憲法違反と考えていない」として消 極的だ。
安倍も「国会の議論を活発化させるために投じた一石」として、それほど こだわる気配がない。従って、総選挙の大きな争点として浮上しているとは言えないだろう。
このように、最近では珍しく北朝鮮が、大きなテーマとなっているが、野 党の主張が総じて現実性に乏しく、与党側を有利に導いている事は確かだ。とりわけ18歳選挙権で若い世代が選挙に影響を生ずる傾向が増える ことが予想されるが、高校、大学生は北に対して「むかつく」と反応する 傾向が強い。
若い世代ほど右に寄っているのが世論調査でも如実に現れて いる。その 作用が大きい気がする。
━━━━━━━━━━━━━━━
西アフリカのトーゴで反政府暴動
━━━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)10月20日(金曜日)弐
通巻第5489号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今度は西アフリカのトーゴで反政府暴動。死傷者多数
気がつけば中国がトーゴにも、大々的に進出していた
*********************************
ギニア湾に面し縦に長く内陸部の砂漠へ突きだしたかたちの国。西がベナ ン、北はブルキナファソ、東隣はガーナ。これらは大航海時代にポルトガル、その後ドイツも介入し、フランスと英国が資源を奪い合って国境を細 かく別けたアフリカ西海岸の国々の歴史的経緯から誕生した。
トーゴはフランス語圏である。
トーゴは共和制を敷くが、政治安定には程遠く、クーデターが繰り返さ れ、反政府暴動も、この国の名物だ。
特産品はカカオ、珈琲、綿花とリン鉱石くらい。最貧国の1つで旧宗主国 フランスが援助してはいるが、少額であり、経済支援の2位は、なんと日本である。
10月に入って首都ロメは反政府団体、政党の抗議デモが連続し、18日には 警官隊と衝突、多数の死傷者がでた。アムネスティは、死者が少なくとも 13名、負傷者は無数と言っているが、現地からの情報は錯綜している。
トーゴを治めているのはニャンシベ大統領一族で、独裁色が強いと不評で ある。これまでは西アフリカにあって地域紛争の仲裁役として外交手腕が評価されてきたこともあったが、権力に座る時間が長くなれば腐敗が蔓延 るのは世の常である。
中国はここにも目を付けた。2000年頃から中国のミッションがたびたびロメを訪問し、近年は中国人民解放軍の幹部が数回にわたって訪問してい る。そのうえ2016年5月には訪中したニャンシベ大統領が習近平と北京で会談している。
中国がトーゴで展開しているのは40のプロジェクトで、道路補修からインフラ構築、ロメの中国大使館はたいそう立派な建物である。
気がつけば、中国がトーゴの貿易相手国のトップとなっていた。
こうした文脈から下記の新聞記事を読むと意外な含蓄を含んでいることが 分かる(産経、10月20日)
「ティラーソン米国務長官は18日、ワシントン市内で講演し、経済発展が著しい太平洋・インド洋地域の新興諸国に対しての中国によるインフラ投 資に関し、『中国の融資を受ける国々の多くは膨大な債務を背負わされ る』と指摘した。
また、『インフラ整備事業には外国人労働者が送り込まれる事例が大半 で、雇用創出に結びつかない。融資の仕組みも、些細なことで債務不履行に陥るようにできている』と批判。米国を中心に東アジアサミット参加国 の間で、中国に対抗する形での代替の融資枠組みの構築に向けた協議がす すめられていることを明らかにした。
ティラーソン氏は一方、中国が南シナ海で造成した人工島の軍事拠点化を 進めていることについて、『国際的な法や規範に対する直接的な挑戦だ』と指摘し、『中国は法に基づく国際秩序をしばしば侵害している』と強く 批判した」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@
【知道中国 1645回】
――「支那の國はまだ夢を見て居る」(小林1)
小林愛雄『支那印象記』(敬文堂 明治44年)
△
小林愛雄(明治14=1881年〜昭和20=1945年)は東京生まれの詩人・作詞 家・翻訳家で、夏目漱石や佐佐木信綱は師匠筋に当る。東京帝国大学英文科卒業後、東西の音楽や歌劇の研究・保存・創作・演奏を目的に「楽苑 会」を結成した。
日本のオペラ界の草分け的存在であり、浅草オペラ全盛期にペラ・ゴロを 熱狂させたエノケンの「ベアトリ姐ちゃん」、田谷力三の「恋はやさし野辺の花よ」を代表作とする。上田敏や蒲原有明などの系列に属する象徴 詩、ブラウニングやロセッティなどの英詩の翻訳でも知られる。文部省教 科書編纂委員のほか、常盤松高等女学校や早稲田実業で校長を歴任した。
この経歴であればこそ、巻頭に森林太郎(鴎外)、服部宇之吉、佐佐木信 綱の3人が「序」を寄せていることも肯けるところだ。
森の「序」には、「西洋行脚の書物はだいぶ多いやうだが、支那行脚の それは一向に現れない。何故だらう。支那には驚異がないのか、興味といふものに乏しいのか。いやたしかに支那は秘密の多い、奇談の多い、怪し い面白い國だ。
そこを旅した人も多からうと思ふが、紀行文の出ないところを見ると、筆 の人がたんと見物に行かなかつたであらう」。ところが「突然小林君が來て支那印象記といふものを發行する」という。はたして小林は「漢學者が するやうに、懷古の涙ばかり流して支那を見はしなかつた」。「そこにこ の一巻の意義があるとおもふのである」と記されている。
小林は、これまでの紀行文の書き手とは些か毛色が違い「懷古の涙ばかり 流して」いるわけではない。加えて明治44年といえば辛亥革命が起り清朝 が崩壊し、長かった中華封建帝国に終止符が打たれた1911年に当る。
「『人の眠てゐる國』がある。/何億といふ人間が、何年も昔から高鼾をかいて眠てゐる國がある。その國には、何處まで探ぐつて行つても源泉 が分らず、對岸さへもよく見へない大きな河がある。又その國には晴れた 日にいくら望遠鏡で見ても山はおろか家も樹も見えない廣い野原がある」。
世界の3大偉人の1人である孔子を生み、万里の長城を築き、数多の英 雄・詩人を輩出したにもかかわらず、「今の人は何とも思はないで、うまい老酒や阿片の香にひたつて悠々と眠てゐる」と現状を記した後、「その 國の傍にあまり大きくない島がある」と続ける。
「島の若者は、『人の眠てゐる國』から育てられたことを忘れ、近頃は遠 い海を越した先の、『人の醒めてゐる國』を拝んで、模倣て、ひとりでえらくなつたやうに鼻をうごめかして居た」。ある日、「島の若者の一人が この『人の眠てゐる國』へ旅をした。思ふには、『きつとガリヴ?ァが小 人國へ行つたやうだらう』と」。
だが豈はからんや、予想は大いに違っていた。「自分の島では近頃この 『人の眠てゐる國』の聖人の書物がマツチのやうな小さな本になつて」いて、電車のなかでも読まれるようになっているが、「その本元の國では根 本からもつと新しい思想が人間の頭に植えつけられてゐた」。一方、「島 の人がしきりに苦しんでゐる東西文化の融和といふやうな事も、ぢきにやつてのけさうに見えてゐた」のである。
かくて「島の若者の1人はどつちが大人だか、小人だかわからないやう に思ひながら歸つて來た」。だが、この旅行で若者は心に「大層得るところがあつた」。それというのも、「『人の眠てゐる國』の覺醒した暁を考 へて、しばらく夜着をかけていたはり、やがて起き上つたら手をとつてい つしよに歩かななればならないと思つた」からだ。
「自序」の最後は「一九一一年晩秋南清革命軍の戰報を耳にしつつ」と 結ばれる。
「島の若者の一人」は『人の眠てゐる國』の新しい時代を、どう捉えんと したのか。《QED》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
♪
(読者の声1)何処が歴史の転換点だったのか? 小村・ハリマン問題か?
外務省の外交史料館を調べてもこの間の資料が終戦時消失しているとか で調べが進みませんが、私にとって一番納得できるのは、朝河貫一・著「日本の禍機」(講談社学術文庫。
著者は当時エール大学教授の歴史学 者)にある、日本が日露戦前に建て た二大原則を戦後、自ら覆し欧米から 「世を欺く偽善」と批判を受けることになった、という指摘です。
その二大原則とは、一つは清帝国の独立及び領土保全、もう一つは列国民 の機会均等であった。しかし、戦後日本は朝鮮はともかくとしても満州を私物化し欧米の疑念の始まりとなった。
この列国民の疑惑はポーツマス条約交渉中に突如始まったように思 えま すが、残念ながら、この二大原則を守らなかった日本側の責任者が誰で あるのかまでは解りません。
桂が小村の承認を条件に受けたハリマンの提案を小村が拒絶したのはポー ツマスから帰国後です。
日露戦争が日本にとり如何に大変だったかはシフの借金を払い終えたのが 1986年ということだけでも良く理解できる。
が、セオドア・ルーベルトが当時の日本を「のぼせた」と言う表現で観察 していた冷徹な目線を記憶しておく必要があろう。
(杉並の噛みつき亀)
♪
(読者の声2)宮崎先生、このところ大活躍のご様子(「月刊宮崎」との異名をお持ちとか)、慶賀の至りです。
福島香織さんとの対談本、藤井厳喜さんとの対談本、また『西郷隆盛』と 続き、先日、ようやく渡辺惣樹氏との対談本を拝読しました。
先生の該博な知識とは別に、渡辺氏の言うとおり、「現場を実際に訪れて 土地の空気を知っている」だけに、非常に説得力がおありで、いつも知的刺激を頂戴しております。
西郷の取材では宮崎県の各地もお回りになったのですね。小生は宮崎に住 んでいても、延岡の北側も飫肥の小村寿太郎記念館も行ったことがありませんでしたので、刺戟を受けてこんどの連休に訪ねてみたくなりました。 (YY生、宮崎県)