飛騨を離れて40年 『私の昭和史』

過ぎ去った昔のことを、思いつくままに

★・【私の昭和史-故郷編】

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 9月から10月に掛けて
飛騨地方の各地では部落毎に秋祭りが開催される。

 旧盆を過ぎた頃から、毎晩村の青年達は
神社に集まり、祭りの練習が続く。

 夜毎微かに聞こえて来る、ドーン!ドーン!と獅子舞の大太鼓や、
♪カン〜♪、カン〜♪〜・カンカコカン〜♪の鶏闘楽の鉦の音に
子供達は、待ちに待っていた祭りの日が
いよいよもう直ぐなのだと、ワクワクしながら
じっと耳を済ませて聞いたものである。

 夜祭には必ず夜店が出た
スルメを焼く香ばしい香り、飴リンゴに20世紀梨
此の頃では全く見掛けなくなった、国光リンゴ
色とりどりの風船やカンシャク玉に紙煙硝のピストル
セルロイド製のヒョットコや、オカメの面。

 店に吊るされたカーバイトのランプが
シュー、シューと小さな音を発てながら
カーバイト特有のガスの匂いを辺りに漂わせ
青白い炎を噴き出し、品物を魅惑的に照らし出している
子供達は、手の中で汗まみれになった10円玉を握り締めて
どれにしようかと真剣な眼差しで品物を選んだ。

 もう50年以上も前の事だ。

 昨年故郷の同級生から貰った、市町村合併時の際
閉村記念に発行されたDVDに、部落の夜祭りの様子が撮影されていて
昔と同じ其の情景は、懐かしい限りであった。

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越中おわら風の盆

 
   今日は二百十日、風の盆が始まる

 ・・【去年の拙ブロ記事より】・・

 
 二百十日頃に来る台風が、無事通り過ぎ去る様にと
祈りを籠めて名づけられたと言われる 「風の盆」。

 【越中八尾、風の盆】を見にに行ったのは
確か昭和の終わり頃だった
仕事と遊び共、随分可愛がって戴いたお客さんに、連れていって貰った
残念なことに其の方は数年前、亡くなってしまった。

 山の中の小さな町の、民家に挟まれた狭い街中の道を、
薄暗い提灯の光に照らされ
編み笠を被った男2〜3人と、女8〜10人の踊り手の1団が、
哀調を帯びた、越中おはら節に合わせ
ゆっくり、ゆっくり、進んでゆく。

 胡弓と三味線と太鼓の奏でる、哀切な響きに
男性が唄うおはら節の声が相まって、初秋の夜空に響き
品良く派手さを押さえた踊り手の姿は、一層趣を醸し出す。

 哀調ある調べと踊りの雰囲気が心に浸み
何時の間にか涙が溢れていた。

 9月3日の夜から4日の朝に掛けては、徹夜で踊り続け
朝日が昇る頃、漸く其の年の風の盆は終わる。
 
 92歳で死んだ親父は、此のおはら節が得意だった
米寿の祝いの席で、突然おはら節を唄い出した
本歌から返し迄歌い通し、高齢の親戚連中を驚かせた。

 以前は村の秋祭りも同じく1〜3日で、其の村祭りが終った3日の夜
親父は近所の友達と、深夜の高山線に乗って
何度か此の踊りを見に行ったのを、微かに覚えている。

 機会が有れば何度でも行きたい
忘れる事が出来ない「越中八尾の風の盆」である。
 
 ラジオ深夜便にこんな句が紹介されていた、いかにも女性らしい句です。
    
『闇を切る白き手のひら風の盆』   真野響子

   『越中おはら風の盆』の詳細については下記をご覧下さい。
           http://www12.plala.or.jp/tm-nhr/gallery/owara/owara.html       http://www.geocities.jp/kirenjaku2002/kazenobon2.htm

 

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イカ・・・色々

 飛騨の隣は越中富山
富山迄は、高山線で一時間余り
海産物の殆んどは、富山方面から来ていた。

 其の中でもイカは一年中のおかずだった

 まず「煮イカ」
単に生イカを茹でただけの物なのだが
ピンク色で丸々と太ったのを、生姜醤油で食べるのが一番美味い
 他に煮付けたりしたのだったが、冬に作るかぶら鮨の中に入れると
一段と味が良くなった、もうあの味は何十年も口にしていない。

 次が「塩イカ」
「煮イカ」の腹の中に、荒塩をポンポンに詰め込んだ物なのだが
最近は荒塩は詰っていないらしい
塩を洗い落としても、其の儘ではとても塩辛い
昔は其の儘で食べていたのだが
やはり適当に、塩出しをしてからの方が味が良い
此の暑い時期、胡瓜と一緒に酢の物等にすると、真に美味しい。

 最後は「丸干しイカ」
どの様にして作られているのか知らないのだが
イカを醤油に漬け込んだのを、生干しにした様になっている
見た目は何とも不味そうなのだが、焙って食べると
此れもまた結構美味い、特にはらわたの独特のエグ味等は
味を覚えると癖になる美味さである。

 茹でても生干しても、あんなに立派な大きさだったのだから
加工前の生の時は、随分大きかったのであろう。
最近になって、近くのスーパーでも見掛ける様になったが
昔見た様な、あんなに立派な大きさのは無く、其の割には随分高い
又、丸干しイカは滅多にお目に掛からない。

 脳梗塞で倒れて以来、我が家では塩辛いものは、厳禁となって
「塩イカ」も「丸干しイカ」も久しく食べていない
と言っても、残念乍あの肉厚のイカを
歯応え良く、噛む事も出来なくなってしまったのが、何とも情けない・・・。

 

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 今NHKラジオの『ラジオ深夜便』で毎週日曜日の午前1時
昔放送されていた三つの歌を部分的に再放送している。

 月曜日の夜7時半だったと記憶しているのだが
家族は囲炉裏を囲んで、1週間待ったラジオの『三つの歌』を笑いながら聴き入った。

 単に出演者がピアノの演奏に合わせ、出題された3曲を、歌うだけの番組なのだが
司会の宮田輝アナウンサーのユーモアに溢れ、即意軽妙な司会振りは
とても感じ良く、子供の自分でも楽しみにしていた番組だった。

 昭和26年から20年も続いた長寿番組だったそうだが
宮田アナウンサーの人気は最後まで衰えなかったようだ
その後『故郷の歌祭り』の司会を担当し、やがてNHKを引退して、国会議員となった。

 人寄席パンダ宜しく、何期か議員を勤めたようだが、病に倒れ亡くなってしまった
あれ程の人物ならば、もっと他に活躍する場所が有ったのだろうに
本人承知の議員生活だったとしても、自民党も使い捨ての様にして
何とも勿体無い事をしたものだ。

 アナウンサーも沢山見聴きしているが、あれ以上の人物を私は未だ知らない。

  ラジオに関する拙ブログ記事
          http://blogs.yahoo.co.jp/koriasahi/6263064.html

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 飛騨の雛祭は月遅れの4月の3日である
日増しに暖かくなり、山裾の雑木林の枯葉の間で
シュンランが小さな花を付けると、女の子達は摘んで雛壇に飾った。

 飛騨ではシュンランのことを、[シシガラシ]と言っていた様な気がする
芽を出し開いた此の花と茎を、子供達は摘み取っては食べた。

 特別美味しい訳ではなかったが、野山に生えたり実るもので、
食べれる草や木の実は、おやつ代わりに何でも口に入れていたから
寒い冬を過ぎ、待っていた春になって最初に出て来た
柔らかな新芽を食べるのは、子供達には嬉しい事だったのだろう。

 どんな味がしたのか全く覚えはないが
シシガラシという名にしては、特に苦くも甘くも無かった。
名前を間違えて記憶しているのだろうか・・・・。

          〔写真はネットから転載しました〕

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