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16日、国会前のヒューマンチェーンでの池田香代子さんの発言を掲載いたします。私は3時くらいまで国会前にいて、その後仕事でヒューマンチェーンには参加できなかったのですけれど、この発言を文字に起こしたものを近所の勉強会で入手しました。池田香代子さんは『ソフィーの世界』等の翻訳者です。心に響いたので掲載させてください。 よほどの嘘がなければ戦争など起こせない(満州事変、トンキン湾事件、イラク戦争)。
よほどの嘘がなければ、変える必要のない法律を変えることなどできない。 教育基本法はアメリカの押しつけだという嘘、タウンミーティングのやらせ質問という嘘。 とくに後者は、権力が国民の税金を使って、国民にさして関心のない課題を関心があるごとくクローズアップし、 しかも変えたいとの国民の意思があるごとくに偽装した、ゆゆしき事件。 これは、ユダヤ人がすべての経済社会問題の元凶との唐突な主張を掲げて、 あれよあれよという間にナチスが台頭したことを連想させる。 教育にはさまざまな問題があるが、教基法がその元凶ではないのだ。 藤原正彦は、「いまの子どもは史上最低」と言い捨てた。 教基法を変えたい政治家は、子どものモラルの低下を嘆いてみせる。 しかし、11月6日に東京新聞の加古陽治記者が書いたように、 50年前に較べて、少年犯罪発生率は5分の1以下。 子どもたちには、いまの子どもたちの5倍も凶暴だったらしい人びとから モラルの低下を糾弾されるいわれはない。 カントは『永遠平和のために』でこういう意味のことを言っている。 「モラルある政治家は、国にとってなにが最善かをモラルを踏まえて考える。 モラルを説く政治家は、自分の政治のためにモラルを利用しようとする」 では、子どもを貶め、教基法を変えることを望む人々の政治的思惑はどこにあるか。 やらせタウンミーティングが皮肉にも雄弁に先取りしているように、 政治家や官僚が人びとの心のありように無制限に介入し、 そんな政治家や官僚に従順な、 彼らの思惑を自分の考えであるかのような 「態度」をとれる人間をつくりたいのだ。 教育予算を、非エリートとされた者にはできるだけ使わず、 限られたエリートにのみ集中したいのだ。 この2点が、今回の教基法政府案のねらいだ。 教育現場を評価でいまよりもさらにがんじがらめにしようというねらいだ。 上からの評価に汲々とすることがすでにいま、 学校をどんなに息苦しい場所にしているかは、未履修・いじめ隠し・児童生徒の自殺、 その10倍以上の教師の自殺・精神疾患といった深刻な事態に明らかだ。 国連は「子どもの権利条約」にしたがい、5年の間隔をおいて2度も、 日本の子どもたちのストレスの重さを指摘し、改善を勧告している。 相次ぐ自殺や自殺予告は、この世界的に見ても異常なストレスがあるところに、 昨今の教育現場の問題が最後のひと押しとなった現象ではないのか。 ことに自殺予告は、政治家や官僚にたいする子どもたちの批判ではないのか。 過去の歴史を顧みるとき、 当時の報道に勇気づけられることもあれば、 暗澹とした思いに駆られることもある。 メディアのみなさん、歴史の検証に耐えうる報道を今してください。 わたしたち市民も、後世の人びとの勇気を後押しできるような行動をとります。 日本は戦後60年、「戦争」をしてきませんでした。(特需で潤った朝鮮戦争、日本の基地から米軍が出て行ったベトナム戦争、軍事・財政ともにアメリカに協力したイラク戦争など、厳密には「戦争」はすでにしてきたのだけれど。) 今、教育基本法が変えられようとし、治安維持法の復活といわれる共謀罪が創設されようとし、 戦争や武力の行使を禁じて権力さえも蹂躙することのできない人権を謳った憲法が変えられようとしています。 「歴史の分岐点に立ってあのときあなた方は何をしていたのか」「何もせずに傍観して流れに流されるままだったのか」
後世の人びとにそのように指弾されることのないよう、 むしろ後世の人びとの勇気を後押しできるような行動を私もとりたいと思います。 この流れを止めるために精いっぱいのことをやり、 この流れを実際に止めることができればいいと心の底から願うけれど、 たとえ「負けた」としても、 抵抗したという事実そのものは、 後世の人びとの勇気を後押しするのではないでしょうか。 私自身もそのようにして前を歩いた人びとから勇気をもらって生きてきたから
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