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「みんなちがってみんないい」「世界にひとつだけの花」「人権」etc..
それなのにイジメはあり、今日も全国の小中学校で「キモい」「死ね!」という言葉が飛び交っている
そして教師は「人権」や「いのちの尊さ」を教えなくてはならないと躍起になっている
そんな言葉が生徒たちの心には響かないだろうということを
経験的にいやというほど知っているのに
イジメを戒めようとすると、相手の子供の非を次々に並べ立てる
せめてあいさつぐらいしましょうよと言うと
「ムリ!」と言う
「生理的に受け入れられない」と言う
高校生でもそう言う
「いじめる方が悪いのであり、いじめられる方は悪くない」とも一概には言えないので厄介だ
いじめられる子もしばしば性格が悪かったり、コミュニケーションが下手でひとをイライラさせたり、
自己チューだったり、空気が読めなかったりもする
「普通に注意しても直そうとしないんだから、きつく言うしかない」といじめる側は言う
「あなただってゆるされてここに存在しているんでしょう?」
あなただって大きな罪をゆるされてここに存在しているんでしょう?
イエスさまからみたら、
あなたも私も「けっして友だちになりたくない自己チューで高慢な奴」にちがいない
その主イエスさまが私の友になってくださったという事実がある
けっして愛せそうにない目の前の他人を愛しなさい、という命令は
けっして愛せそうにない私を主イエスさまが愛し、友となって下さった、という事実にのみ依るものである
「人権」も「人間の尊厳」も信じない
「私のいいところ」も「他人のいいところ」も
「私の嫌なところ」「他人の嫌なところ」「私のダメなところ」「他人のダメなところ」どうしようもないところ
の前に、相殺されるところか、でっかいバツ印とマイナス点をつけられそうな気がする
イエスさまがそんな私の友となってくださったという事実にしか
私が他人を友とする理由はない
そんな私がゆるされて今ここに存在しているという事実を想うとき
他人をゆるせない理由はない
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学校
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聞くしかない。徹頭徹「ムリ」と言う生徒の心に耳を傾けるしかない。いかにその生徒に和せるか。それはある意味では「対決」とも言えます。
2011/12/21(水) 午後 10:44 [ kabanotakara ]
そうして教師たちはみな、心身症になっていくのでした…。
ほんと、大変な世の中ですね。
2011/12/23(金) 午前 8:59
kaba先生、お久しぶりです。「もうやめてしてしまったのか」と思われるほど放っておいたブログをたずねて下さり、ありがとうございます。人間的な努力はいずれも疲れます。私にはそんな力はないし。ただイエスさまにともにいていただき、祈り、ゆだねるだけです。「ひとの心の声に耳を傾ける」ことはイエスさまにしかできません。
2011/12/23(金) 午後 0:05
ぴんじょんさん、こんにちは。いや、教師はそんなにヤワじゃないんですけどね。概して打たれ強い人間が教師になります。ただ、「何が問題なのか」を冷静に見極める目がないと、心身症になるでしょうね。自分が悪いとか相手が悪いとかじゃなくて問題が何なのかを見極める目。
2011/12/23(金) 午後 0:09
子ろばさん、お久しぶりです。お元気ですか?
汚いですが、「目くそ鼻くそ」という言葉を思い出しました。
そうなんだよね〜自分を上から客観的に見る視点って大切だけど、
難しい。
不安になるし。
思春期の子は 概して自分に自信がないから攻撃するのもあるんでしょうね・・
あ、うちの職場の女性上司は こういういじめするな〜!
全部相手が悪いらしい。
はじめはケンカしたけど、もう哀れになって ほっといてますが。
哀れになってきた段階で「私ってえらいわ〜」とか
自画自賛してる私も、まぁ、お気楽ものか?
2011/12/27(火) 午前 11:04
すたさん、こんなにごぶさたしたのに見捨てずに訪問して下さってありがとう!ものの見方が根本から変えられたら、私もあなたも彼も彼女もその存在のままで仲良く笑いあえるのに、と思わずにはいられません。私は元気ですよ。ブログは元気がなくとも(笑)、本人はいたって元気です。
2011/12/29(木) 午後 9:33
天然素材の子ろばさん、いつも私たちを笑わせてくれて、ありがとう。
ブログを再開してほしいところですが、日々充実した生活をされているので、ネットに時間がかけられないのでしょうかね。
他で記事を書いているのか…謎
記事を読むと、その目線の先に、何か人の心に失われたもの、失ってはならないものをしっかりと見据えていることがわかります。
自己中心から来る他人に対する「ムリ」ってある。
自己中心にとって、他人の価値観は自己に穴を開ける存在だからね。
教師は時に強烈に穴を開ける存在者である必要がある。
でも、本来はキリストにあってそうである必要があるんだけどね。
2011/12/30(金) 午後 2:12
レイトさん、
>教師は時に強烈に穴を開ける存在者である必要がある。
でも、本来はキリストにあってそうである必要があるんだけどね。
私はまだ自分の自我で生徒と対決してしまう傾向があると思います。私が私でなくなり、主にあってただの「管」となることができます
ように。
2011/12/31(土) 午後 9:44
ご無沙汰してます。どんだけ現実がひどくて辛くても、それでも向き合うことをやめないコロバさんでいてほしいなぁ。
息抜きしながら全力でいく姿に私は勇気をもらいました!
2012/1/15(日) 午後 9:05 [ gathering_star ]