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尖閣諸島は日本のものだ、と日本人が日の丸を立てた
尖閣諸島は中国のものだ、と中国人が中国国旗を立てた
すべては父なる神のものであり、「私のもの」と言えるものなんか何もないというのに
尖閣諸島に十字架の旗を立てようか…
こんなふうに?
イスラム教徒と戦って、エルサレム王国の領有権を主張して十字架の旗を立てた十字軍
キリスト教がいかに十字架を歪めてきたかということがひしひしと感じられる
「わたしのもの」なんて言えるものは何もない
すべては父のものである
尖閣諸島は誰のものでもない
それが私のものであり、私の所有権を他人が侵すのは不正だというのならば
私たちは他人を襲った不正に果たしてこれまで関心を持って憤ってきたかどうか
を思い起こしたらよい
私たちがダイエットに励んでいるとき
飢えていた人たちのこと
その人たちと私たちの持ち分の多寡がそれぞれ「正当に」与えられたものだなどとは
言えないだろう
だとすれば尖閣諸島の「正当な領有権」も存在しない
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「だいたい戦争なんて滑稽なところあるし」という言葉が軽く感じられたので、コメントしました。
2012/8/25(土) 午後 11:31
>嫌がることがわかっていてあえてその顔文字をつけるのには、何か深い理由があるのですか。
聖書にはいつも笑っていなさいとは書いてありませんが、悲しいときとか、辛いときとか、重い問題にぶち当たったときにこそ、笑いが必要ですし、どんな時にも(笑えないときにこそ)笑っていたいと思っているからですw
2012/8/25(土) 午後 11:40
ていうか、只のマークです。
2012/8/25(土) 午後 11:55
「すべては父のものである 尖閣諸島は誰のものでもない」
アーメン!ほんとにその通り。
2012/8/26(日) 午前 8:10
>>戦争が滑稽だなんて、多分本当の戦争の現場を知らないから言えるんではないでしょうか(?_?)
>聖書にはいつも笑っていなさいとは書いてありませんが、悲しいときとか、辛いときとか、重い問題にぶち当たったときにこそ、笑いが必要ですし、どんな時にも(笑えないときにこそ)笑っていたいと思っているからですw
ヨハネさん、滑稽とユーモア、マジメと笑いの解釈がヨハネさんと私では真逆だなあ。180度真逆であることに妙な感慨すら覚えました。
2012/8/26(日) 午後 7:27
笑いにはまず、権威を笑うということがあります。権威を笑うことによって、人々を解放し自由に感じ考えさせるという働きがあります。北朝鮮のような独裁国家では、権力者を風刺したり笑うことは許されていません。次に笑いには、自分自身を笑うという働きがあります。自分自身を正当化するのでも主張するのでも卑下するのでも自己嫌悪に陥るのでもなく、笑うためにはかなりオトナでなくてはなりません。これがユーモアであり、ユーモアというのはオトナのものなのです。子供に吉本のギャグはわかってもユーモアはわかりません。
2012/8/26(日) 午後 7:38
戦争の現場は悲惨です。経験したことはないけれど、深い関心を持ってさまざまなドキュメンタリーや手記を見てきました。悲惨であり、日本人が大真面目であったということです。大真面目にアメリカのB29を竹槍で落そうのです。それは滑稽であると同時に悲惨です。悲惨さとこっけいさが共存するのが戦争だったのではありませんか?
2012/8/26(日) 午後 7:44
悲しいときとか、辛いときとか、重い問題にぶち当たったとき、私たちはキリストに触れられることによって、ふたたび笑えるようになります。雨のあとの虹のように。しかしそれは、悲しいとき、辛いとき、重い問題にぶち当たったときにこそ笑いが必要なのだから、笑え、と他人に忠告されるようなことではまちがってもありません。たとえば子供をなくして悲しんでいる人がいるとして、「そんな時こそ笑え」と忠告してくるクリスチャンがいたら私はブチのめすでしょう。
2012/8/26(日) 午後 7:51
ここには重要な問題があるように思います。「いつも喜んでいなさい」という聖書の言葉は、けっして律法ではないのです。このみ言葉は神さまと私との一対一の語りあいと恵みの中でのみ受け取れるものです。クリスチャンが悲しんでいる他の兄弟姉妹にこのみ言葉を振りかざすなら、それはどこかグロテスクなものになります。ですから私は歯をむき出して笑う顔アイコンが嫌いなのです。重い問題に直面している兄弟姉妹、悲しんでいる兄弟姉妹に私たちができる唯一のことは、よく耳を傾け、問題を兄弟姉妹と同じ深みで受けとめ、同じ重さを感じることだけなのではないでしょうか。
2012/8/26(日) 午後 7:58
横レスで すみません・・
昔 読んだものに(北杜夫だったかなぁ?)
戦争中の体験があって やはり 「戦争というものは滑稽だ。
滑稽な中に悲劇がある」・・・というような記述がありました。
うろ覚えなので 主旨ですが・・・
単に悲惨と書かれるよりも ぞっとしたことを覚えています。
高校生の頃の事です。
2012/8/26(日) 午後 9:30
すたさん、「戦争というものは滑稽だ。滑稽な中に悲劇がある」私もそう思うよ。だからこそ、いっそうぞっとするね。
2012/8/30(木) 午後 8:20
このような領土の問題は、資源が絡んでいるだけに大きな問題に発展します。特に尖閣諸島は、近海にエネルギー資源が眠っているとなると紛争の元になります。これからの世の中は食料問題とエネルギー問題と宗教問題が大きなカギとなると思いますが、特に多くの人口を抱え、今まさに世界の大国たらんとし、資源確保にやっきになっている中国は、尖閣諸島には敏感です。この尖閣諸島の歴史をみますと、地権は日本側にあるようですが、日本が地権者から買い上げるとして、このまま風光明媚な場所とし手を付けず地下資源にも手を付けず、積極的外交を通し、相手が受けるかどうか分からないけれど国際司法裁判所への持ちかけ、意を尽くし思いを尽くし、台湾・中国・日本の緩衝地帯としてこのまま手付かずで残す術を考えて欲しいですね。
2012/9/8(土) 午前 9:51 [ kabanotakara ]
>尖閣諸島は誰のものでもない
>だとすれば尖閣諸島の「正当な領有権」も存在しない
はい、その通りだと思います、共感いたします。
「領土」で争うなんて、愚の骨頂です。
転載させてください。
2012/9/12(水) 午前 1:07
〈戦争は滑稽な事〉という文章は、正しくは:戦争というものは、くだらない権力欲そして支配欲という滑稽な事しか考えられない奴らが起こす事で、その為に悲惨な状態に放り込まれるのは力なき庶民だという事なのでしょう。そう子ロバさんは、仰りたかった筈です。言葉の綾という事でヨハネさんは汲み取って差し上げればよろしいのでは?と私は思います。
2012/9/12(水) 午前 11:40 [ 星の歌 ]
言葉とはかくもお互いを疑心暗鬼に陥れるものである。言葉だけでは伝わらない気持ちというのはあるよね。言葉はその方の生まれ育って育ててきた「感性」が込められている。感性ってなかなか伝わりにくいです。ましてやネットではね。ねっとでは具体的な事は伝わりますが。
2012/9/12(水) 午前 11:47 [ 星の歌 ]
病院の検査の待合室で このニュースを見て おばあちゃんが大きな声出した。
「うまいこと分けたらよろしいねん〜!」
思わず 頷きそうになった途端、「ほんまやな〜!」とそばの
おじいちゃん。
のんびりした物言いが とってもユーモラスで楽しくなりました。ユーモアのある場所には戦いは起きないですね‥
2012/9/12(水) 午後 0:49
kaba先生、地権がどちらにあるのかはどうでもよいと私は感じるのです。法的にはどちらかにあるのでしょうが、その「法」も人間が勝手に決めたことです。「神話」はその「法」をあと付けしたものなのでしょうが。アルザス、ロレーヌなど、資源の豊富な土地はいつも争いのもとになってきましたけれど、誰にもどこの国にも、人間が勝手に決めた「権利」以外のものはないのだと思います。
2012/9/12(水) 午後 8:49
たんぽぽさん、お久しぶりです。放置していたブログに来て下さってありがとう。転載まで。ありがとう。
2012/9/12(水) 午後 8:51
星の歌さん、はじめまして。だいじょうぶですよ、ヨハネさんとはリアルの友人です(笑)。ヨハネさんのこと、大好きですよ。だからこそ安心して言い合えるの。「子ろばさんは言葉の人ね」とヨハネさんの奥さんに言われました、尊重していただきつつ。言葉は単なる言葉ではない、と思っているからそうなのかもしれません。また感性は、人生や世界をどうとらえるかを包含したものだと考えている点でも。
2012/9/12(水) 午後 9:01
すたさんが病院の待合室で会ったおばあさん、素敵なご婦人ですね。私もそんな知恵とユーモアのあるおばあさんになりたい。
2012/9/12(水) 午後 9:03