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私はこれまで6つの学校で教え、また学校外で社会人や子供にも英語を教えてきた。
そこで気づいたことは、心の成熟度というのは学力とは全く関係がないということだ。
年齢とはいくらか関係する。
トップの成績の中学一年生と偏差値最下位の高校の生徒を比べた場合、高校生の方が心が通う。
企業に出向いて英語を教えたときは、30代後半から40代の会社員の方が、
若い社員よりもはるかに気が利いていたし、心が通う楽しさを味わった。
3単現すらおぼつかないような英語力であったが、実にオトナであった。
とはいえ年齢的に大人でも心が成熟していないと感じさせる人はいる。
私の父は今80代だが、30代のときも今もずっと心は子供だ。
育ちのよさとか愛されて育ったとかいうことが心の成熟には関係するのではないかと思っていたが、
あながちそうでもないようだ。
親と始終トラブり、暴力を振るわれていた生徒は、言葉遣いは乱暴だけど実にやさしく、
他人の立場に立てる子だった。
私たちの心を成熟させるものは何なのだろう。
『おばあちゃんの家』という韓国映画を観た。
わがままいっぱいな孫はおばあちゃんの心がわからない。
ラストシーンに近づくにつれて、おばあちゃんの心に気づき始める。
おばあちゃんを神さまだとすると、
わがままいっぱいな私たちには神さまのみこころがわからない。
孫と自分を重ね、おばあちゃんと神さま(十字架の貧しきイエス)を重ねて映画を観た。
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>ラストシーンに近づくにつれて、おばあちゃんの心に気づき始める。
心が成長している人と、そうでない人がいることは私も気づかされるところです。
心が成長していないから精神的な病を患っているような人もいますが、精神的な病を持っている人でも見事に心が成長している人がいます。
心の成長は、「心を重ねる」こととすごく関係しているように思えます。
他者の人生や心に、自分の人生や心を重ねて、自分自身を別の角度から見れるようになって初めて、自分自身を成長させることができますから。
もう一つ、他の人の喜びを自分の喜びとできる人は、何より心が強くなります。
他の人が喜んでいるのを見ることが自分の喜びとなるとき、他者の喜びに仕えることができるようになります。
他者の喜びに仕えることができるようになると、個別的には合う合わない、出来た出来ないはあるとしても、一般的にはその人から良いモノを引き出すことができるようになるのは道理です。
2013/1/22(火) 午前 1:55
最後に、やはり「良い人との出会い」が大切なように思います。
良い人と深く関わることで、人は変わりますから。
私でいえば、教会の人たちや神父さん、兄弟姉妹と深く関わりましたからね。
あと・・・心が成長するためには、自己義を捨てることですかね・・。
プライドや信念は、心の成長を止めるか、歪める。
心が成長していない人は、基本的にプライドが高いです。
だから、プライド教育は危険だけど、神さまに「高価で尊い」と絶対の眼差しで見られている信仰がないと、やはりチリに過ぎない人間はアイデンティティが保てないのは無理もないか。
などなど、心が成長について、さっと思いつくことを書いて見ました。
ちなみに、私は子ろばさんからたくさんのことを学びました。
天然で抜けている一方で、大切な事をしっかりと見ようとしていらっしゃる。
2013/1/22(火) 午前 2:06
心の成長をどの視点で捉えるのか、難しいところですね。貧しさを知る必要もあるでしょうし、不幸に出会うことも必要でしょうし、多くのひとからの愛を受けることも必要でしょうし、金や物質の固守しない世界を体験することも必要でしょうし、物を創造する喜びを知る必要もあるでしょうし、神仏に思いを寄せることも必要でしょうし、素晴らしい人との出会いも必要でしょうし、褒められる経験を沢山積む必要もあるでしょう。
2013/1/22(火) 午後 3:46 [ kabanotakara ]
伊織さん、「他者の人生や心に、自分の人生や心を重ねる」ってこと、人はいつの時点でどんなふうにして学ぶのかしら。学校で読書感想文を教師が書かせるのって、それをさせるためだと思うけど、反省文と同じで書かされてるだけかも。それができたら孤独じゃなくなるのかもね。私は孤独じゃないんだ、教会にいろんな羊がいるからね。教会でたくさんの人生をみるね。
2013/1/22(火) 午後 9:57
kaba先生、心を通わすことと「いい子」でいるって別なことかもって思い始めました。育ちがいい子って「いい子」でしょ?悪い子は自分の中にたくさんの葛藤を抱えているけど、それって人と心を通わすことに役立っているのかも。ダビデの祈りってピュアでしょ?でもやったことってピュアじゃないんです。だからどうにもならない汚れをピュアにしてくださいって祈っているんですよ。それが「心」かなあ。
2013/1/22(火) 午後 10:02
学校教育の中で出会う子供たち・・。カウンセラーをしていたこともあって、俗にいう「悪い子」とも何人も出会いました。それぞれに感性豊かで愛情豊かの子供たちでした。それが生徒たちの中だとか、教師の前では、殊更悪ぶるのですね。番長ぶるのです。でも、今でも私の心に支えとなった子供たちは、私の前で涙し弱さを見せる生徒たちでした。クラス会等で率先して旗振りをしてくれるのはこのような子供たちでした。
2013/1/23(水) 午前 9:40 [ kabanotakara ]
kaba先生、私も授業中殴り合いをおっぱじめた子とか、つけまつげが重たい子とかで今も心に残っている子たちがいます。現役東大合格を果たした子の中にも心が通った子がいるけど。つまり学力と心が通うかどうかって全く関係ないんですね。
2013/1/25(金) 午後 8:35