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うちのくまちんです。 「主の羊教会」であばれています。十字架によじのぼったりとか。 Sちゃんに抱っこされて、I姉にクッキーを食べさせてもらっています。 教会へ来るとみんなにかわいがってもらえるので、くまちんは教会がだいすきです。 もちろんイエスさまとあそぶのもだいすき! 友人から送られた春の写メールです。
春のおとずれ。みんなこの花をたのしむ気持ちでいられますように。 |

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うちのくまちんです。 「主の羊教会」であばれています。十字架によじのぼったりとか。 Sちゃんに抱っこされて、I姉にクッキーを食べさせてもらっています。 教会へ来るとみんなにかわいがってもらえるので、くまちんは教会がだいすきです。 もちろんイエスさまとあそぶのもだいすき! 友人から送られた春の写メールです。
春のおとずれ。みんなこの花をたのしむ気持ちでいられますように。 |
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憎しみは人をむしばむ 憎しみを抱く人自身をむしばむ 人は憎しみの中に囚われてしまう 憎しみを抱いたとたんに、 自動配信装置のように 牢獄が送られてきて、人はその中に囚われてしまうのだ 誰かを憎む人は、 憎んでいる相手を非難する 自分の苦しみが不当であることを訴える 憎しみは自己義と不可分である そうすると憎しみから解放されるためには 自分の「正しさ」を捨てる必要があるのかもしれないな 神さま 憎しみに囚われている人のために祈ります どうか彼が囚われから解放され、 道端に咲く小さな花をよろこぶ心を与えられますように 今日一日の恵みに感謝することができますように
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二つの愛…アガペーとエロースについては、高校の倫理の試験の答案に書く模範解答くらいには知っていたけれど、本当はよくわからなかった。 エロースのほうはわかりやすい。 価値あるもの、素晴らしいもの、美しいものにあこがれる愛、 自分もそうなりたい、 それにふさわしいものに自分もなりたいと願う向上心。 アガペーは価値のないもの、みすぼらしいものを愛する愛だ。 神の愛はアガペーだと教えられた。 人間にはアガペーは不可能だと言った人もいた。 博愛と言い換えた人もいた。 やっぱりよくわからなかった。 同情のことか、それならそんなにいいものじゃないと思ったりもした。 けれど、教会の交わりの中で、少しだけわかった気がした。 秀でた人、有能な人、地位や名声のある人、人気者、華のある人、 そうした人と友達になると、 自分もえらくなったような気になる。 そうした人と付き合っている自分を誇らしく思う。 周りからバカにされている人、ダメな人と付き合っていると、 自分もダメな人の仲間だと思われるからいやだ。 聖書には次のような出来事が紹介されている。 ヤコブとヨハネという二人の弟子が、イエスにお願いする。 「栄光を受けるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 そうするとイエスは答える。 「あなたがたは、自分が何を願っているか分かっていない。 このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」 イエスが飲む杯、受ける洗礼とは十字架のことだったが、 イエスが十字架につけられることになると、ペテロはイエスを知らない、と言う。 ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄ってきて、 「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。 ペトロはみなの前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言った。ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。そこでペトロは再び、「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。 しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉づかいでそれが分かる。」そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。 神の愛はアガペーだと簡単に言うが、上の聖書の記述を読んでみると、 イエスは周りからバカにされている人、ダメな人を上から憐れんでいるのではなくて、 イエス自身が「周りからバカにされている人」、「ダメな人」なのである。 神の受肉とはそういうことなのだ。 弟子たちは輝かしい神の子であるイエスの栄光にはあずかりたかったが、 バカにされ、ツバを吐きかけられているイエスの仲間とはみなされたくなかった。 このへんはすごくリアルで、ニッポンの中学校の教室でも、この二千年以上前の出来事が再現されていると思う。 中学校の教室に立ってみるならば、いじめられる子には大概いじめられてしかるべき理由というものはあるのである。 教師も親もイジメはいけないと言うが、子供たちは一般論ではともかく、個別の「いじめ」を悪いことだとは思っていない。学校教師として断言する。 いじめられる奴は、自己中心的であったり、鈍感で他人の気持ちに気づかなかったり、 コミュニケーションが下手で話しているとイライラしたり、くさかったりフケが肩に落ちていたりする。 「注意しても治らない奴」を痛い目に遭わせて「わからせてやる」ことを 子供たちは悪いことだとは思っていない。 さて、それでは「周りからバカにされている人」、「ダメな人」を愛するために、私たちは観音さまのような広いやさしい心を必要とするのだろうか。 そうではない、と思う。 私自身が観音さまや神様になって慈悲やアガペーを下々に施すのではなく、 私自身が「周りからバカにされている人」、「ダメな人」である事実に向き合うだけで十分である。 私たちはなぜ、周りからバカにされている人、ダメな人の仲間だと思われたくないのだろう。 それは私たちが、自分自身も実はそういった「ダメな人」の部類に数えられるかもしれないと怯えているからだ。 私たちが実は自分自身の「ダメさ」を知っているからだ。 それはアダムとエバが禁断の木の実を食べてから隠そうとした恥部である。 私たちが栄光を受けられたイエスの右の座につこうとするならば、 私たちはこの私たちの「ダメさ」を克服しなければならない。 それでもどうしようもない「ダメさ」を隠さなければならない。 「ダメさ」が暴露されないかとびくびくしなければならない。 ダメな人の友になるということは、自分自身の「ダメさ」「どうしようもなさ」をも受け入れていくということだ。 それは痛みを伴う。 それはおそらく神さまの痛みだ。 今日、教会で、Kさんがクマのマスコットをくれた。 きたないクマだ。 Kさんの不器用さ。 もらってもあまりうれしくないようなものをあげて迷惑がられる自分の痛みを思い出した。 この痛みを抱えていよう。 このクマさんを抱えていよう。 これが福音だから。 今日、Kさんに福音をもらった。 大切にしよう。
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ひところ学校でも改めて教えなくてはいけないとして話題になったテーマだ 人気作家宮部みゆきの『模倣犯』と『理由』を立て続けに読んだ どちらも平気で人を殺す若者を描いた作品だ そして思った 「なぜ人を殺してはいけないか」を倫理の問題として論じることはほとんど意味がない 「いのちの尊さ」を教えることも意味がない(かもしれない) 問題は、なぜある人間が「人なんか殺してもいい」と考えるようになったかを その人に即して考えることなのかもしれない 何度か教会に来たことのある養護施設育ちの若者A君は、 自分の母親を「気違い」と呼んでいた 「自分を生んでくれた母親を気違いなんて言っちゃいけない」なんて説教は彼にとって意味がない 「人なんか殺してもかまわない」と考える人間に 「いのちの尊さ」を教えようとするのも似たようなものかもしれない 「ウソをついてはいけない」「万引きをしてはいけない」 「いじめはいけない」「他人を傷つけてはいけない」等々についても 同じことが言えるのかもしれない 人が人に対してできることは何なのだろう 「汝の隣人を愛せよ」 それだけだと神さまは言われる
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「信仰によって義とされる」というのと「行いによって義とされる」というのはどうちがうか こう併置すると、「信仰」と「行い」がともに人間の側の美徳のように誤解されてしまう そうではなくて、義認はそもそも神様の側からの一方的な恵みなのだ だから「信仰」を美徳と認めたうえでのご褒美などではないのだ それでは神様はなぜ罪深い人間を義として下さるのだろうか 「愛しているから」 「愛されている」ということ自体がこのうえない恵みだと思う 「愛されているゆえに義としてもらった」ことが恵みなんではなくて、 「愛された」こと自体が恵みだと思う だから恵みはいつだって「今ここ」にある 神様は「善い者の上にも悪い者の上にも雨を降らせて下さいます」 この恵みを味わおう このゆるしの広さを味わおう 「あなたを愛している」と言うお方の広さに身をゆだねよう そうしたらもう 「義」だとか「不義」だとか「誰が悪い」とか「私は正しい」とかに拘泥する そんな狭さは捨て置いて、 秋の高い高い青空を見上げてそよぐコスモスみたいになれるから |
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