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「白熱教室」のマイケル・サンデルが、日本の中高生といじめについて討論した番組をみたが、
いつも面白い授業をするサンデル教授なのに、この討論だけはおそろしくつまらなかった。
番組に出演した中高生もタレントも言うことすべてがいかにもNHK的で、
いじめはNHKと学校の建前が子供たちの世界を覆いきれないところで起こるのだという認識が欠落していた。
いじめをどうしたらなくすことができるか。
年をくってもはやこわいものがほとんどなくなった私が中学生に戻っていじめを受けたとしたら、
簡単である。
ポケットにICレコーダーを入れておいて、いじめの罵倒が始まったら録音ボタンを押し、
証拠として担任教師に差し出す。
担任が動かなかったら、学年主任か校長に持っていく。
いじめの被害者がなぜそれをしないのかというところが、いじめ問題の一番重要なところである。
いじめを受けていることをなぜ教師にも親にも言わないのかと問われて、
中高生たちは「はずかしいから」と答えた。
ここ、ポイントだと思うんだけど、サンデル教授はそれを掘り下げることをしなかった。
そこが番組が「おそろしくつまらない」と感じた理由である。
なぜ「はずかしい」かと言えば、出演していた中高生たちがチラっと言っていたが、
「自分が友人関係をうまくやれていない」ということが、汚点なのである。
これを言っちゃあタブーなのだけれど、
いじめられる子には往々にして「空気がよめない」子が多い。
必ずしも「意地の悪い子」とか「利己的な子」というんではないが、
「空気がよめない」子が多いということは言える気がする。
他人がうんざりしているのに気付かずえんえんと自分の話をしたり、
ちょっとしたことに無神経だったりする。
悪意のない場合が多いが、それがかえって相手をイライラさせる。
教会にもこういう人はいる(笑)。
そこでイライラするな、とか、
そういう人間も丸ごと受けとめて愛せよ、とか
無理なことを教師は言うから(言わないにしてもにおわせるから)、
子供たちはこといじめ問題については、ハナから教師を相手にしないのである。
で、問題はイライラするのがいけないということではなく、
イライラしたときに、どうやってそれを打開するかという策である。
イライラにはもっともな理由があるが、
イライラが虐待やいじめに直結してしまう回路には問題があると思う。
「イラつく」「うざい」というのは、キーワードである。
いじめは「悪い子」に対する成敗ではなく、どうにもイライラさせられる相手に対する
イライラの解消である。
だからこそいじめの加害者には、あまり罪悪感がないのである。
「イライラさせられているのはこっちだ、こっちこそ被害者だ」という意識があるんだと思う。
なんだか記事が長くなってきた。
今日はもうそろそろやめとこうと思う。忙しいし。
先に書いたことに戻るが、ICレコーダーに録音して教師に持っていったら、
いじめは止むと思う。
というより、IC1レコーダーに録音することをためらわない奴を
そもそもいじめの標的にはしないと思う。
いじめは「いじめられて傷つく奴」を標的にするのだ。
なぜならいじめはイライラの解消だからである。
相手が傷ついているのを見るとき、イライラは解消する。
相手が傷つかなければ、目的は達成されないのだ。
だから「いじめられている相手の気持ちを考えろ」とか「他人の痛みを想像しろ」
とかいうアプローチは見当違いである。
相手が痛みを覚えているということを十分「わかる」からこそ、いじめは楽しいのである。
このつづきは気が向いたらまた書きます。
あ、あなたはどういう時にどういう相手に「イライラ」しますか?
よかったら教えてください。
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