|
いじめられた子は、なぜ親や学校に言わないか、と問われて、
サンデル教授の番組で中高生たちは、
「卑怯だと思われるから」と答えた。
サンデル教授はなぜそう感じるのかを掘り下げることなく、
「窃盗にあって、警察に報告するのは卑怯か?」と問い返し、
中高生たちも、いじめを大人に言わない理由をそれ以上掘り下げて考えてみることなく、
「いじめられたことを大人に言うことは別に卑怯なことじゃないんだな」ということで
納得してしまった。
しかし問題は、いじめの通報が卑怯かどうかということ(この倫理問題がサンデル教授の専門だ)
にあるのではなく、
なぜ卑怯だと「感じて」しまうのか、あるいは「感じさせられてしまうのか」を
いじめの現場そのものに内在して解き明かすことではないだろうか。
いじめに遭っていることはべつに恥ずかしいことじゃないんだ、という代わりに
「なぜはずかしいと感じるのか、感じさせられるのか」を考えてみたい。
前の記事で問うた「どういう人にどういう場合にイライラするか」とも
どこかでつながっている気がする。
考えるヒントとして
「ひきこもりの息子に暴力を振るわれている母親」なんかも考えてみたい。
息子はたぶん母親に「イライラ」している。
どうしてイライラするのだろう。
母親はなぜ息子の暴言暴行をゆるしているのだろう。
次回(いつだよ?!)そんなことを考えてみたい。
みなさんのご意見をききたいので、たくさん書きこんで下さったらうれしいです。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




