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ディベートと黙想

私は今流行りのディベートというものが嫌いだ。ディベートがこれほどまでにもてはやされているのはサタンの策略ではないかとすら思うことしばしばである。あるテーマに対して「賛成」と「反対」の立場に分かれて議論することで、問題を双方の立場から見ることができると謳われているが、リクツの上で納得しても心に落ちない。「即座に反論する」というのがそもそも嫌いなのである。そういう脊髄反射を鍛えることが「考える」ことだとはどうしても思えない。深く考えるということは、そんな理論武装を解いて、空を見上げるようなことだと思う。アタマを真っ白にして、ゆっくり動く雲を眺めるようなことだと思う。「深く考える」ことは祈りに似ている。「私」をからっぽにして足元のスミレに膝をかがめて見入るという点で。反論しようと身構えている人には見えないものがたくさんあると思う。空をゆっくり行き交う雲や雨の後の虹や足元のスミレなど。神様の造られた美しい世界が。だから祈りはディベートとは反対に、黙想しようとする。ディベートと黙想。Tさんを黙想会に誘ってみようかとふと考えた。黙想と労働。修道院がこの二つを日々の営みの柱としたことには深い真理があると思う。
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