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Hさんのこと

教会に「兄さん」が持ってきてくれた朝日新聞の悩み相談の切り抜き。相談の趣旨は、皮膚病で心はボロボロ、引きこもりとアルバイトを繰り返す生活、死にたい、占い師や霊能力者にすがったら、祖先のたたりだということ、自殺未遂も何度か繰り返した、というもの。芸能人の美輪明宏さんがこの悩みに次のように答えています。
 
街中を行き交う群衆、普通にさりげなく見える人々が実は悩んでいて、苦しみ痛みを
大なり小なり持っていない人は誰一人としていないのです。その差は表からは見えません。
私も七十七年間のこれまでの人生で、長崎での被爆体験をはじめ、さまざまな怪我、大病を
患い、耐え、克服してきました。1950年代に芸能人としてデビューした当時は、日本中から
化け物、変態、国賊と罵詈雑言を浴びせられました。
そのころ、ボランティア重度身体障害者の施設に行ったのです。目も耳も口も手足も不自由な
子どもたち、その子たちが一斉に心の声で私を叱りました。
「あなたの悩み?そんなものは悩みのうちには入らない。私たちは自力でトイレにさえ
行けない。家族をはじめ、愛する人たちに自分の声で愛を伝えることさえ一生できない。
その顔を見ることも、その声を聞くこともできない。このつらさがわかりますか?
それに比べ、それらが全部できる貴方たちはなんて幸せなの!!」
私は背筋が伸びました。
「世間の人々は皆幸せそうに見え、何故自分だけがこんなに不幸なつらい目にばかり
 遭うのか...」と錯覚していたのです。
彼らこそ、どん底に耐え、なお立派な精神を保つための修行をするために、また私たちを
戒めるために送られた菩薩たちだったのです。
世を人を恨み、嘆き、悲しむばかりのマイナスの波動を出し続けている人はマイナスの
事物事象を呼び込むのです。逆に無理をしてでもプラスの想念を保ち、発し続けると
プラスの現象が集まってくるのです。これが「天は自ら助くる者を助く」という意味です。
決して諦めなければ、必ずいつか朗報がもたらされるものなのです。
心が好転しにくい場合には、例えば聖歌を唱ったり、お経などを唱えたり、
優しく美しい昔の叙情歌や唱歌を唱ったり聴いたりすると安らかになることがよくあります。
救いはあなたの考える文化の力にこそあると思います。
ただし、占いや霊能者、宗教に振りまわされてはいけません。用心しましょう。
 
 
私たちが集う小さな教会は、Hさんが1億円の献金をして下さったおかげで建てられました。Hさんの1億円は、
 
若いころ勤務していた化学工場の事故で負った火傷の見舞金でした。衣服を着ていたところが全身ケロイド状態
 
で、一見するところわからないけれど、長袖の衣服を脱ぐと全身無残なケロイド状態で、会社の見舞金で経済的
 
には困らなかったけれど、結婚もせずに人生を終えたそうです。あるとき牧師のN先生の礼拝メッセージを聞い
 
た翌週、HさんがN先生のところに来て言ったそうです。
 
「N君、わかったよ。僕は自分がなぜ火傷を負ったのかとずっと問いつづけてきたけど、それは主が焼いて下さっ
 
たんだね。僕の罪を焼いて下さったんだ。」
 
本当に、晴れ晴れとした顔でそう言ったそうです。
 
私は折りに触れ、このHさんの精神の気高さを思います。
 
自分が苦しいときに、Hさんのこのエピソードを思い起こします。Hさんはそのようにして得た1億円を献金として
 
捧げて下さいました。だから私たちはここに集っています。それだけでなく、Hさんは私たちのそれぞれの人生に
 
希望の実を遺して下さいました。Hさんのケロイドの身体は滅びましたが、Hさんは朽ちないものを遺して下さい
 
ました。「一粒の麦」が死んで、「希望」と「喜び」の実を。
 
福音書の次の箇所は、苦しみにぶつかった時、なぜ私たちが霊能者や占いにすがらないかということの答えでもあります。
 
「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけた。 弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
 イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもありません。神の業がこの人に現れるためです。」
(ヨハネ 9章1〜3節)
 
ドイツのテレビ局が製作した、福島第一原発所の現実に迫る作品。4号機は、いまだ極めて危険な状態にあり、次に大規模な地震が起これば、日本は危機に陥る。真偽の判断は、見たうえで、ご自身でどうぞ。

転載元転載元: 錯乱気流

最近の自分自身の問題

自分自身のコントロールの及ばないこと、投入するエネルギーに比して効果が得られないことには関心が向かわなくなった。これは自分の問題であると同時に時代の病理でもあると思う。
 
1.たとえば、会議の間私はほとんど寝ているか別のことを考えている。発言しても職場の方向性は変わらないからである。であれば無駄に発言して目立つより、おとなしくしていたほうが得だからである。発言することに伴うストレスよりじっと耐えているストレスの方が相対的に小さいからである。
 
2.地震が来ても逃げない、夜だったらそのまま寝ている。死ぬ時は死ぬからである。どうせ死ぬならベッドの上で死にたいからである。
 
3.他人を変えようと思わなくなった。他人は変わらないからである。
 
4.政治運動や社会運動に参加しなくなった。その時間を英語の勉強に充てる方が、確実に目に見える効果をあげることができるからである。
 
こんなんでいいんだろうかという思いはある。数年前、教育基本法「改正」反対の集会に参加した時、参加者の代表がこんなことを言っていた。「私たちは無力なのではない、微力なのだ」。「微力」が集まれば大きな力になる、と言いたいのだった。このエートスを私は若い時から持っていた。小学生の時はベトナム反戦が盛り上がった時代で、大学を出たばかりの担任教師は私たち児童にある歌を教え、歌わせた。
 
 ひとりの小さな手
 何もできないけど
 ララ みんなが手と手をあわせれば
 何かできる
 何かできる
 
「微力」が集まれば大きな力になると信じて、私もつい最近までデモに行ったり集会に参加したりしていた。
 
数学的にはもちろんそうである。
無力がいくつ集まっても力にはならないのはゼロに何億掛けてもゼロであることと等しい
微力が多く集まれば大きな力になるのは、1に億を掛ければ1億になるのと等しい
 
しかし1のエネルギーを何に投入すれば一番費用対効果が高いかという問題はここでは触れられずにいる。
この「費用対効果」を重視するようになったのは、自分が年とったせいもあるかもしれない。
むだに疲れたくないのである。ハイヒールを履かなくなった。おしゃれに関心がなくなったわけではない。
おしゃれと疲労を天秤にかけ、片道30分近く歩く通勤で私のハイヒールがどれだけ注目されるかの数量と
ハイヒールによりどれだけ疲労が蓄積するかという数量を天秤にかけると、「見合わない」という結論に達するのである。こうして人は「小ずるい」大人になっていくのだと思う。「エレガント」な大人と言ってもいい。これは私自身の問題であると同時に時代の病理であると自覚している。9.11と3.11が契機である。9.11の直後には私はまだ「エレガントな大人」ではなかったが、3.11で私は変わった。福島原発はまだ放射能を垂れ流している。そのとてつもない脅威にさらされつつ、私は「自分のコントロールの及ぶ範囲」に関心と努力を集中するようになった。「わりの合わないこと」は一切しなくなったのだ。
 
これが自己中心性であるのか、自分さえよければ他人はどうでもいいと思っているのか、またキリストというぶどうの木から離れていきつつあるのか、わからない。
 
「一粒の麦もし死なずば」
 
キリストは「微力」が集まれば大きな力になると教えたわけではない。
「微力」が集まらなくても、見捨てられても「大きな力」となったのが
キリストの十字架なのである
キリストの十字架は数学を超えている
 
私は「自分のコントロールの及ぶ範囲」に関心と努力を集中している
英語力をブラッシュアップしようと努力している
生徒の学力を向上させようと教材研究に励んでいる
お肌を潤わせるべくせっせとクリームを塗っている
美容と健康のため、エレベーターを使わず階段を上っている
バス代と外食費を削ってせっせと貯金している
 
しかし「私のコントロールの及ぶ範囲」は私が年とるにつれ、どんどん狭まっていくだろう
いつの日か私は歩けなくなるだろう
いつの日か私はしわくちゃのおばあさんになるだろう
いつの日か私は知力もなくしてしまうだろう
 
その日に私に何が残るのだろうか
 
 
一つのよろこばしいイメージがある
寝たきりになって
他人の役にも立てなくなった老人の私が
世話をしてくれる看護師さんに
ほほえみながら「ありがとう」と言えるならば
心からその一言を言えるならば
 
私は他人をしあわせにすることができるはずだ
 
放射能で日本が滅びようが
少子高齢化で経済が破たんしようが
今ガンで倒れようが
 
そのことはたしかである
 
私は後ろ向きだろうか
逃げているのだろうか
言い訳しているのだろうか
 
わからない
 
 

哀しみの南京

 
 年末に「哀しみの南京」という、南京大虐殺をテーマとした芝居を見ました。このお芝居を紹介下さった方に宛てた私信の一部をアップ致します。

 「哀しみの南京」をご紹介下さり、ありがとうございました。出口のところで来場者に挨拶なさっていた牧師先生に、私の方から次のような質問を致しました。
「私たちクリスチャンは罪がゆるされていることを知っているから、このような罪を直視して受け止めることができるけれど、そうでない多くの人々は、直視に耐えず、受け止めることができないのではありませんか。受け止めることができない人々の中には戦争責任を問う声を『自虐史観』だとして反発する人々もいるのではありませんか。そういう人々の気持ちもわかる気がします。ペテロがキリストを裏切った後、鶏が三度鳴いて、キリストが振り返った時、その憐れみのまなざしに触れたので、ペテロは激しく泣き、罪を悔いたのではありませんか。もしキリストのまなざしに触れなかったら、私たちは罪を直視し、悔いることができるでしょうか。」牧師先生は、神のゆるしを知らなかったら南京大虐殺の罪を直視するに耐えないだろうということを認めつつ、罪を悔いるからキリストに出会うのか、キリストに出会うから罪を悔いるのか、どちらかだとは言えないという意味のことをおっしゃいました(と私は理解しました)。
  日本人はたしかにこの過去の罪責をみつめることを避けて、今まできてしまったのだと思います。また今なお避けているのだと思います。修学旅行の引率で沖縄へ行った時のことを思い出します。以前勤めていた私立高校では、平和教育の観点から、糸数壕(アブチラガマ)に全員が入って、当時ここに逃れた兵士や沖縄住民、また従軍慰安婦の物語を聞いたものですが、現在勤務している公立高校で昨秋沖縄修学旅行へ行った時には、ガマに入ったのは、あえてそれを希望したひとにぎりの生徒にすぎませんでした。全員ガマに入ることを強いると、大変なことが起きるからです。ガマで死んでいった兵士や沖縄の人々の怨霊が憑依して、具合が悪くなる生徒が続出するというのです。生徒たちばかりか中年の同僚教師までが、「ガマで霊に憑かれ、成田に着くまでずっと肩が鉛のように重かった、成田に着いたらやっと霊が離れた」などと真顔で言うのです。別の同僚教師は、「崖から身を投げて死んだ沖縄の人々の霊がさまよっている摩文仁の平和祈念資料館を訪れると、具合の悪くなる人が多いから、行かない方がよい」と生徒に言いました。本土を守る捨石とされた沖縄の人々を怨霊扱いすることは、沖縄の人々を再び侮辱することであるような気がして、心が痛みました。生徒や同僚に悪意がないことはわかっていてもなお不快でした。しかし私たちの罪のために苦しみ虐げられて死んだ人々を怨霊扱いすることは今に始まったことではなく、日本の伝統文化であり日本的心性なのだと気づきます。無実の罪を着せて非業の死を遂げさせた菅原道真の怨霊を鎮めるため、道真を神に奉った太宰府天満宮など、その例は枚挙にいとまがありません。「供養」や「お祓い」は、私たちの罪責感を払拭する安易な装置であるような気がしてなりません。その安易な装置は、私たちが自分の罪を直視して悔い改めることを阻害しているような気がしてなりません。「供養」も「お祓い」も自分一身の安寧と幸福のためであり、沖縄の人々や南京の人々の苦しみに思いをはせることからは遠いのではないのではないでしょうか。
 この手紙が先生のお手元に届けられる頃には新年でしょう。多くの日本人が、一年の幸福安寧を祈願しに初詣に参ります。それ自体は罪のない無邪気な慣習であるように思ってきました。主なる神がこれを「偶像崇拝」として忌み嫌われたことの方を、多くの日本人は、偏狭で排他的だと感じるでしょう。しかし他者の苦しみをどう受け止めるか、他者の苦しみを通してどう自分の罪に気づくかという問題と宗教の問題は、深い関わりがあるのだと思います。南京で婦女を強姦した日本兵は、今の日本人とたいして変わらないふつうの人々であったのだと思います。私は女ですが、やはり同じ闇を自分の中に抱えているのだと気づきます。主は南京の人々とともに苦しみ、涙しておられます。私の好きな賛美です。

 「父の心あるところに
  わが心あるように
  父の涙のあるところに
  わが涙もあるように
    父の見てる一人のたましいに
    わが目もとどまるように
    父が憐れむ暗闇の地に
    わが足が向かうように
  わが心、父の思い知り
  みこころと一つになるように
  わがすべて、父の思い知り
  みこころを歩めるように」
 

シンプルにいこう

ウェケペレさんのブログで知った「城南信用金庫、脱原発宣言」
 
 
動画
 
「日本の原発依存度は3〜4割程度、ならば3〜4割節電すればよい」というシンプルな考え方に共感。
 
神のみこころにしたがう生き方はシンプルである。
 
そういえば「節約のコツ」「貯金のコツ」について立ち読みした記事が思い出される。
 
余ったお金を貯金しようと思うから貯金できないのだ、と。
 
貯金したい額を最初から引いて、余ったお金でやりくりするのだ、と。
 
3〜4割を引いた電力で生活しよう。
 
 

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