|
買おうかどうしようか5年間迷った末に、ついにデジカメを買った。
もうスマホの世だという。。。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
GWが終わってしまった。 働きはじめるのがダルい。生徒も同じだろう、けだるい空気が教室に漂う。 で、こんな話をした。 「初めから全部をやり遂げようとすると気が重くなってやる気が起こらない。 たとえば部屋を全部きれいに掃除しようと思うとめんどくさくなる。 そこでまずは掃除機を出してコンセントだけ差し込んでみることにする。 それだけでOK、と自分に言う。 がさばる掃除機を引っ張り出してコンセントを入れ終わると、 ちょっとだけ掃除してみようかという気になる。 とりあえず足元だけ掃除機をかけてみると、ついでに隣の部屋もやっつけようかという気になる、 それで気がつくと全部掃除し終わっている。」 こういうことは声高に主張するほどのことではない、そもそもブログに書くほどのことではない。 けれど案外こういうささいなことが、日常生活をスムーズにするのではないかと思う。 言ってみれば「おばあちゃんの知恵」みたいなもんである。 子供のころは夏休みの宿題に全く手をつけず、遊びまわって8月28日くらいにあわてていた。 若い頃はけっこう机の上を散らかしていた。 それが改善されたのは、誰かに言われたからではなく、 「放置していても宿題も流しのお皿もなくならない」という峻厳な「事実」に気づいたためであった。 日曜日はぼおっと力を抜いているので、よく食事当番で買った食材のレシートを忘れたりするが、 仕事の書類は整理している。 その必要性を教えたのは、提出すべき領収書がみつからずに確定申告ができなくて 払わなくてもいい税金を払わせられた痛い経験であった。 この記事の収まる書庫は「どうでもいい話」である。 どうでもいいのである。 別に部屋が汚くても本人がよければいいのである。 書類をなくしても税金を多く払えばいいだけの話である。 けれど案外こういうささいなことで人間は気分が憂鬱になったりスカッとしたり、 生きづらかったり順調だったりするのではないかとも思う。 こういうささいなことを重視する点で、自分はリアリストだと思う。 「精神の安定はまず洗濯と掃除が終わってて、流しに汚い食器がなくて、定職があってのことだよな」 と思っている点でリアリストだと思う。 経済観念は人一倍ある。 勉強をいいかげんにしてバイトに精を出す生徒たちの経済観念がわからない。 バイトの収入は時給800円。バイト疲れで居眠りしている一時間の授業の価値はいくらか? この授業を真剣にきいて一流大学に受かった場合、それによる将来の見返りは総額いくらか? 私の頭は自然にソロバンをはじくのである。 それではなぜこれまでの労働の成果であるウン千万円の家財産を捨てて離婚したのかわからない。 たぶん人間はいつか死ぬと思っているからだ。 人間はいつか死ぬ。 それまではさしあたりささやかな工夫で人生がスムーズになるのならそれに越したことはない。 とりあえず掃除機のコンセントを差し込んだほうがよかろう。 食器はこびりつかないうちに早めに洗ったほうがいいし、 住宅ローンは繰り上げ返済しておいたほうがいい。 今バイトをするより、将来低賃金不安定労働をしないですむよう、英単語の一つも覚えておいた方がいい。 けれど人間はいつか死ぬ。 その事実は、すべての努力をむなしいものにするのではない。 すべての努力とその成果の「真正の価値」をあきらかにするのだ。 高すぎもせず安すぎもしない、ほんとうの値段。 安らかに死んでいった人とは、きっとそれらのほんとうの値段を知っていた人たちだ。 日常生活がすべてになったら、私たちは入試をすべったり、クラスになじめなかったり、 リストラされたり、病気になったりすることで、絶望してしまう。 日常生活を軽視したら、私たちはすべてを革命や神にささげなくてはならないと思い込む。 私たちは生きて、そしていつか死ぬ。 メメント・モリ「死を思え!」 そのことだけが、私たちの為すすべての行為の真正の価値をあきらかにし、バランスを取り戻すのだと思う。
|
|
衝動というか出来心というかでスポーツジムに入会した きっかけは学校で私を含め何人かの女性教員が 体育の教師に筋力トレーニングをしてもらってて 自分の筋力のなさにガクゼンとしたことである えっ?!ウソ!ワタシ、もっとラクラク腹筋できたはずなんですけどおおおお。。。ハズなんですけどおおお。。。。? さらにさかのぼるに二十年か三十年昔、小学生のとき大得意だった「渡り鉄棒」が お尻が重くなりすぎててできなくなったのに気づいて以来のショックである。。。 筋力は年取るにつれ衰えるのだそうだ 骨粗しょう症の予防にはウォーキング以外に筋トレが必要らしい 別に寝たきりになるのがそれほど怖いわけではないが 歯の健康のためには毎食後ハミガキが必要なように筋トレもちょっとづつ毎日必要なのかも 腹筋が極端になくなると、ウンチができなくなるのだ、ホントである そんなわけで↓こーんなことをしているワケである おなか回りがシェイプアップできればいいなというのは言うまでもない でもギモンがないわけではない どうしてわざわざベルトコンベアーみたいにグルグル回ってる機械の上を走らなくてはならないのか、とか 現代人にとって持ち上げる重い物はバーベル以外にないのか、とか。 走る機械はべつに要らないと思う 通勤はこれまで大体、起伏の多い片道30分くらいの道のりを自転車だったり徒歩だったり たまにジョギングだったりした 「足の筋肉は人並み以上」と測定された しかーし! 上半身の筋肉なんて日常生活ではおよそ使わないのである 腹が贅肉ばかりでも現代日本においては家事もオフィスワークも「全然OK」なのである お寺の廊下を腰を高々と上げてタッタッタと雑巾がけするんだったらチッとは腹筋を使う気もする 家族全員分の洗濯物をたらいで洗濯板にごしごしこすりつけるんだったら腕と腹筋を使うような気がする 井戸水をポンプで汲み上げるのもけっこう腹筋を使いそうだ 風呂を沸かすのに使う薪を斧で割るのだったら胸と背中と腹の筋肉を使うような気がする ワタシは合理的な人間(注:「ケチ」ではない)なので 一日中オフィスでパソコンの前に座っていて タバコをもくもく吸い、居酒屋で夜遅くまで酒を飲んで 結果として突き出た腹をへこますために 余暇にジムにやってくるというのにナットクがいかない。。。 だいたいジムの費用は高すぎる 「最善のことはタダであるはずだ。神さまがそのように作られた」という確信をワタシは持っている 通勤ウォーキングは気に入っている タダである どころかバス代往復400円を浮かせられる 大股で歩くと時間も短縮される上、腰を振るのでウェストにくびれができる(そうだ) しかし上半身は日常生活では鍛えられない 合理的なワタシは考える、「ジムよりもっと合理的な鍛え方がないものか」と 「荒地の開墾をしてみる」というのをとりあえず思いついたけど、なんかないですか?
|
|
教員の夏休みは出勤しなくちゃいけなくて夏休みはじつは5日間しかないんだけど、 一年間にトータルで20日取れる年休をこの時期にまとめ取りすると けっこう休める わたしは初任者研修がけっこう詰まっているが それでもけっこう休める 塾の先生、ごめんなさい。。。 それじゃなんでブログを更新しなかったかというと 他に熱中することができてしまったのだ この夏休みを最大限に利用して英語をブラッシュアップしようと思ってる じつは英語科教員の「ステップアップ研修」とやらが 英語圏の大学への留学検定試験であるTOEFL(「トーフル」とよむ)の受験を義務づけていて わたしも受けなくちゃいけないのかと思ったら予算がないので去年から廃止になったという なんとも半端な研修だったのだが その騒動をきっかけにTOEFLに興味を持った 留学なんてカネがないし 仕事を犠牲にしてまで行きたいとも思わないし 海外にただ行ったからといって英語力が向上するわけじゃないだろうと思ってるし ってなわけで 今まで1万4千円もする留学検定試験を受けようなんて思わなかった 問題集からして1冊8千円近くするのである しかし学校というのは便利なところである 同僚がこの分厚いTOEFLの8千円のCD教材を持っていて 「夏休み中使わせてね」と頼んでOKをもらった 冷房つきの(学校は全館冷房である)LL教室をひとりで独占できる 「TOEICよりむずかしい」という評判で たしかにむずかしいがそれは英語力以外に論理的思考力が要求されるためで やってみたらなんとかなりそうである 私は目標を設定するとのめりこむタイプで 英検やTOEICのスコアを取って 英語科教員免許を取り、実際に教員になるところまでは勢いできたが そこから先の目標はなかなか見つからなかった 「定年退職後に通訳ガイド」なんて目標を立ててもみたが 人気の検定試験でけっこうな授業料を取る予備校まであるわりには 通訳ガイドに案内されて観光している外国人を見たことがない 第一、サービス業はあまり気乗りがしない そんなわけで英語もここ数年は向上意欲が萎えていたのである 話が長くなったけど(誰も聞いてないだろうけど) 久々に「燃えられる」目標が見つかったのである 定年退職と同時に、奨学金を受けて勉強できる大学院に入学する そして修士を出たあたりでこれまた奨学金でアメリカの大学院に留学する 専攻は宗教学である たとえば靖国神社の本質をキリスト教とも対比させ、英語で海外に発信したい そういうことってこれまでまともにやった日本人はいないんじゃないかなあと思うし 感情的に、ではなく学問の土俵で、中国人や韓国人ともアメリカの大学で対話できたら面白い 私はキリスト者で、信仰は学問とはちがうけど 異なる文化的背景や宗教を持つ人々と対話しようとするときに 学問の持つ自己相対化の力は役立つと信じているのだ アメリカの大学は イスラム教とキリスト教の対話の可能性を探るのにも最適の場所だと思っている 壮大な夢だけど この構想を描いてから やる気がムクムク湧いてきたのである 壮大な夢の一方で私は現実的である 夢に賭けて、夢破れたら人生も取り返しのつかないことになっていた、ということはままあること この計画を実現するつもりでTOEFL受験をめざしたら そこそこ英語力は向上するでしょう 定年退職まで、準備期間はあと12年もあるし そんなわけで私はこの夏 ウチの学校のどの生徒より熱心に勉強しているにちがいない。。。。 ブログはごぶさたになるかも。。。
|
|
「フザケルナ!」 あんまり人間にたいしては使わなくなったこのセリフ。 洋服の値段を見るとつい心の中でつぶやいてしまうのだ。 「一万三千円?フザケルな!」 別段意志が強いというワケでもなく とくにケチというわけでもないが 経済観念というものはけっこうしっかりある。 一万三千円という値段はそれ自体安くも高くもない。 一億円はそもそも手元にないお金だけど。 家を買うのだったら一万三千円は安いし、 家賃としてもありえなく安いし、 一泊するんだったらちょっと考えて、きっとやめる。 「キャッツ」のミュージカルを一万円で観ようかどうしようか半年考えてる。 しかしたかだかカットソーやチュニックに一万三千円とは「ふざけるな!」ではないだろうか。 しつこいけど、私はけっして身なりにかまわない方ではない。 すごくかまう方でもないけど。 けっして貧乏人ではない。 金持ちでもないけど。 ふつーである。 で、思う。 ふつーのひとが使うお金の使い方ってちょっとバランスを失しているのではないだろーか。 よけいなお世話である。 よけいなお世話だけど思うのである。 どうしてサラリーマンの仕事着はいまだにスーツにネクタイなのだろう。 ワイシャツのクリーニング代は一枚300円だよ! 倹約してウチでアイロンかけることもできるけどめんどうじゃんか! 夏は暑いじゃんか! 芦田淳とか山本寛斉とかが世界に名だたるファッションデザイナーなら なぜキリッとかっこよくて、クリーニングいらなくて、クールビズになるような 仕事着をデザインしないよ?! どうして女の服にはハンカチを入れるポケットがないよ?! どうして軽くて、仕切りがいっぱいあって、 A4サイズの書類が入って、お弁当箱も入るくらいマチ幅があって、肩にかけられて、丈夫で、 値段一万円以下のバッグが5年探しても見つからないよ?! (革のバッグは重いのである。ただでさえ荷物が重いんだよ!) 「高くても良い物を買う」という生活センスは持ち合わせていない。 私の生活にふさわしい、バランスの取れた買い物をしたいと願うのである。 今のところ私のキビシイ審査をクリアするのは、 リサイクルショップとフリマとユニクロくらいである。 「ふざけるな!」といちいち悪態つくようなデパートになぜ迷いこんだかというと 木綿のぱんつを買いに行ったのである。 T島屋にあるわけがなかった。 私がこよなく愛する、肌触りと通気性が抜群で、おなかまですっぽり優しくくるんでくれる 3枚千円の木綿のぱんつが。
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報