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勤務している高校で女生徒は休み時間にマスカラを塗りなおしたり
マニキュアを塗ったりしている
あるときは金髪、あるときは茶髪、あるときは黒髪のかつら
おしゃれして男の子の気を惹き、デートする
おしゃれ代とデート代を稼ぐためにバイト
バイトに追われて勉強するヒマがない
夜更かししてメールしたりブログしたりしてるから授業中に寝る
大学はラクして入れるところにできれば推薦でさっさとケリをつける
浪人なんてしない
かたや「百年に一度の経済不況」
「派遣切り」
寝る所も食べる物もなく見通しもないというこの切迫感と
高校生たちの目先のことだけにとらわれているようなノンキさのコントラストは
いったいなんなのだろう
勉強は将来安定した暮らしをするためだと言い切るのにはためらいがある
だけどその観点を無視できるほどお嬢さんに育ったわけでもなかった
地位や権力や富を求めて生きてきたわけではなかった
だけど「どうしたら食っていけるか」はやっぱりいつも考えてた
「天の父は養ってくださる」と信じているけど
それは何の努力もしないで遊び暮らして「なんとかなるさ」と言うのとはちがう気がする
「自己責任」なんて言うつもりはない
予備校の教師が学校に来て研修したとき言ってた
「『明日までに単語を百個覚えて来い』と言われて文句を言わず黙々と覚えた奴だけが
早慶東大に入って、大企業や官庁に入り、『明日までに完成しろ』と言われた書類を書き上げるんだ」
この言い方も好きではない
だけど世の中はそういうもんだということも「どう生きるか」を考える上での前提として踏まえてる
「世の中はそういうもんだ」と知っておくということは
そういう世の中の価値尺度に沿って生きることを意味しない
私は離婚のときにこれまでの労働の対価の全てであった家財産を全部夫に譲り渡した
夫にうらみを残して残りの人生を生きていくことは
何千万円かの所持金を得たとしても耐え難いと思ったからだ
それで老後のある時点で一文無しになって寒空に放り出されたとしても
夫にうらまれて、夫の心から平安を取り上げて生きのびるよりましだと思ったからだ
でも「老後のある時点で一文無しになって寒空に放り出されるかもしれない」
「世の中とはそういうものだ」という認識は踏まえての決断だ
「なんとかなるだろう」なんて思っていない
そんなところで神さまを当てにはしていない
変らず信頼しているのは
たとえ放り出された寒空の下でも神さまは出会って下さるだろうということだ
この年齢で公務員に採用されたのは恵みだと思っているけれど
神さまにより頼んでいればいつでも安定した職と衣食が与えられるとも思っていない
神の恵みの中でイスラエルの民は40年間砂漠をさまよったし
神を依り頼む人々もヒロシマで、アウシュヴィッツで、南京で、ガザで苦しみを受けた(受けている)
だから私はなんとか食いつないでいくために最大限の努力をする
それと同時に、たとえ食いつないでいけなくなる日が来るとしても
その日にもやはり神さまの恵みは変らずあるのだということを信じていたい
ヒロシマにもアウシュヴィッツにも南京にもガザにも
キリストはおられるのだということを信じている
コルベ神父はアウシュヴィッツでキリストに出会った
結局のところ
それが私のさいごのよりどころであり、安心であり、平安だ
私は将来のためにこつこつ節約して稼いでは住宅ローンを繰り上げ返済していた
そんな努力と計画はパーになった
今またこつこつ節約してはお金を貯めて
なおかつ退職後の収入源となるくらい英語力を伸ばそうと努力している
「なんとかなる」とも「神さまがなんとか衣食をつないでくださる」とも思っていないので
いちおうそうする
それと同時に、そんな努力と計画もまたパーになるかもしれないとはどこかで思っている
それでもキリストはどこででも出会って下さるだろうと信じている
どんな状況にも恵みは注がれるだろう
そう信じていることが私の安心と平安
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