叉焼飯飯店

大好きな香港をはじめ日本や澳門・台湾の街歩記、食べ歩記です。

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イメージ 1

いよいよ令和
ってもう10日たってしまって
令和最初の
っていうのももうちょっと恥ずかしい感じ、かな。

でもこんな風に元号が変わるのっていいですね。
だからと次もだとすると
常に譲位が前提になっちゃうからなぁ〜。

ネットでみただけなのですが
タモリさんが
西暦はページ、元号は目次とおっしゃったそうです。
いやぁ実にうまいこというなぁ。

平成から令和へ変わる瞬間
皆さんはどうされていました?
わたくしは変わる瞬間の30分前に沈没してしまいました。
何回もカミサンは起こしてくれたそうですが。。。


次の目次となったときイメージ 16
令和は素敵な時代だったね。
beautiful harmonyな時代であって欲しいです。    









   



     TOWA ゆず


さてさて令和最初の記事は
平成7年のお話
1995年の香港旅のお話です。


イメージ 2

初めて香港に行ったのが1992年
そこから毎年香港に行くようになったのですが
1995年は友達ご夫妻や
勤務先のバイト君たちを連れての初めての7人旅
この後数回この規模での香港旅を開催するのですが
その記念すべき第1回が
この平成7年の香港の旅です。

当然ながらまだ当時写真と言えば
フィルム
現像した写真をアルバムに貼っていたわけですが
左の写真は
その時の旅行の写真をまとめたアルバムの
最初のページ
まぁ、その頃はこんなことを
ちまちまとやっていたのですねぇ。

あんまり休みもなく
それなりに仕事をしていたはずなんだけどなぁ〜。



イメージ 3
以前に何度かご紹介させていただいたことのある
わたくしお手製の香港ガイドブック
「私的香港指南」
こちらもこの7人旅のために
作成したのが第1版

いやぁ〜たしかに
しっかりと仕事もしていたはず
なんだけどなぁ〜

表紙にあるように
8月15日から18日の
3泊4日の香港旅でした。



これまた以前にも書いたことあるのですが
この旅はとっても驚きサプライズからスタート。
当時のわたくしも友人も喫煙者
そして機内でもまだタバコの吸えていた時代。
他のメンバーは誰一人タバコを吸わないのですが
この二人のわがまま者は当然ながら喫煙席をリクエスト
ところが日程がちょうどお盆時期ということもあったのでしょう
オーバーブッキング気味だったのか
「喫煙席はすでにいっぱいですが禁煙でよろしければビジネスクラスのお席が空いているのですが。。。」

もちろんこれを断るはずがない
7人全員がビジネス
ジャンボだったので2階のビジネスのシートへ!!

ありがとうキャセイ!

イメージ 4

席に座ったらまず配られる
ガラスのグラス!
そしてウエルカムシャンペ〜ン

お食事時も
前菜はワゴンにて席ごとに
サーブしてくれる丁寧ぶり。

その後のお食事
こちらは洋食の部





イメージ 5


こちらは和食の部

シャンペーンの後は
当然ながら日本酒をいただきます。










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そしてこちらがメイン
焼き魚と豆ご飯

あれ?
ビールの缶も見えますねぇ。
食後酒かしらん??









そんなこんなでの空の旅を楽しんだ後
当然ながら到着したのは啓徳空港。
ってその空港の写真がないのよね(涙)
今みたいにデジタルでとにかく写真ってわけにはいきませんでしたからね。
もうちょっと後になるとかなりの本数のフィルムをもって行きましたが
この時はまだそんなに持っていかず。(もちろん香港で買えばいいんだけどね)

イメージ 7

啓徳空港からのバスは
右のAIRBUS
尖沙咀のホテルを回るのはA1

バスのルートはこんな感じ
こうやって地図で見ると
空港から遠くはないのですが
結構時間がかかったように記憶しています。

今の空港からバスで行くのと
そんなに変わらないっていうのは大げさ?








イメージ 8

泊まったホテルは
彌敦道沿いにあった
ハイアットリージェンシー

どこでこれを見つけたんだっけなぁ?
夏のパッケージ 
・スーペリアルーム
・ウェルカムドリンク 朝食付き
・ショッピングクーポン
・サービス料、税込み

このお値段はルームチャージ
この時の1香港㌦は¥13.5ぐらい

たぶん日本のハイアットの
リザベーションセンターで
申し込んだような気がします。


イメージ 9
お盆の時期だったので
3泊4日のツアーは高かったのかな
飛行機と別にしても
こちらに行ったということは
きっと安かったんだろうなぁ。
とは言え
ひとりあたり3泊4日の宿泊代だけで
3万円近いのは決して安くはないぞ!

でも1994年は
お盆の時期にパッケージで行ったんだよなぁ。
ツアーについているお買い物バス旅がいやだったからかもしれない。

イメージ 10

その後のお散歩時の写真かな

彌敦道を北へ
右側は
イートンホテルのところ
この頃は
ここに映画館があったのですね。










イメージ 11


こちらは銅鑼湾
そごうの前の交差点

月餅の看板が
季節感をあらわしていますねぇ。
レストランでも
わが店の月餅を
今ならお得ですよっていうポップが
テーブルにおいてありました。

たばこの広告のあるのも時代だねぇ。
プロミスの看板もね



イメージ 12

城巴(シティバス)は
中巴がなくなってから登場したのかと
思っていたのですが
この写真を見ると
すでに走って
いたのですね。
しかもこれは
古いタイプのバス

古いタイプの九巴と
古いタイプの城巴と
トラムの
時代を感じる
スリーショット(笑)





イメージ 13

こんな
写真もありました。
こちらは
当時としては
新しいタイプのバス

赤柱から中環へ
向かうバス
2階の一番前の席
一列に
一味が並んでいます








イメージ 14

これですこれ。
とっても貴重な(笑)
昔のタイプの
中巴(中華巴士)
ChainaMotorBus
70年代ぐらいから
活躍していた
タイプのようです。

後ろに特徴があって
ポリスストーリーで
ジャッキーチェンが
傘を使っての
バスアクションの
シーン
バスの型はちょっと
違うようですが
あのカタチです。




     警察故時


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赤の小巴もまだこの昔のスタイル

屋根も赤や緑になったのって
いつからだったのかなぁ

1年ぶりに訪れました香港って
ある年突然的に変わったような
気がするのですが。

そしてその数年後から
ぽつぽつ小巴にもラッピングが
現れたような。

でも、その辺の記憶はあいまい。

わが街では
幼稚園などスクールバスや
日帰り温泉などの送迎バスで
このタイプのものが使われているけど
ぜひぜひ公共機関のバスも
これを使って欲しい!
道はせまいし山坂あるところで
このタイプのバスなら通れるところは
たくさん。
バスとタクシーの中間料金あたりで。



と、もう4分の1世紀も前の香港
お話はもうちょっと続きます。


こちらはもっともっと前
60年代の香港


     1960年代HongKong

平成最後の...

イメージ 1

いよいよ平成もあと数日
元号が発表されてひと月
そしてカウントダウンとともに平成から令和へ
平成天皇のさまざまなご公務に「最後の」という言葉がつくことに
寂しさを感じると共に
ご逝去ではなく譲位による新しい時代の始まりに
なんだかわくわくします。
誰もが全く初めての経験。
時報とともに元号が変わるなんて。
録画予約のリストは4月29日〜30日ぎっしりです。
あっちこっちでカウントダウンとかしちゃうのかな?




あちらこちらで
枕詞のような「平成最後の...」
わたくしも便乗して
「平成最後の」叉焼飯飯店

昭和から平成へ変わる頃
わたくしの中ではまだ海外旅行なんてとっても特別なことで
平成になる数年前に
サイパン、グァムに行ったぐらい
そしてふとしたきっかげで訪れた初香港が1992年
平成4年のこと
いやそう思うとわたくしの香港ライフは
ほぼ平成とともに歩んだということになるんだなぁ

そんな初香港から10年後
返還から5年後の香港
デジタルビデオ(テープのね、HDじゃなく)を購入し
そのビデオカメラにデジタルカメラの機能もついていて
初めてSDカードというものに写真を残した香港が2002年 平成14年のこと

今と比べると画素もとっても低く
粗い写真はご勘弁を。

イメージ 2

朝のスタート
もちろんこれ















イメージ 3

こちらはお昼
やっぱ香港に来たら
こういうやつよねぇ〜

叉焼飯ではなく
鶏のっけご飯











イメージ 4

そして午後のお茶タイム
いやお茶ではなく
亀です。
亀ゼリー













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で、夜はこんなの食べてます。
ははは...
フードコートにて。
マカロニチーズ
右のやつはなんだったんだろう??











イメージ 6

そして食後のデザート
杏仁糊かなにかかな、きっと。

そしてこの日の夜食は
デジカメには残っていないんだけど
何かを食べたんだろうね。











イメージ 7


ぼろぼろの中巴がなくなり
きれいな車両の城巴が登場
そんな風景にも慣れてきた頃かな

でも香港のバスといえば2階建て
香港の街に
この普通のバスはやはり
似合わない







イメージ 8


香港のトラムも2階建て
全身を覆うラッピングが有名だけど
いっとき
この地の緑のトラムを多く見たような
記憶があるのですが
それがこの頃かなぁ。

この時に乗ったトラムは
一切広告のない
まみどりの車両でした。






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香港の都市部のタクシーは
赤いにシルバー
でも70年代初期の頃の
香港の写真を見ると
カラフルなタクシーもあったりして

いつごろからなんだろう
地域によって
赤、青、緑に色分けされるようになったのは。








イメージ 10

香港に限らず
旅行って
同じところにずっと行くことが多いです。
観光地を見て周るのも
決して嫌いではないのですが
そこに暮らしているような気分?
目的があるようでないような
ぶらぶらしているようで
せかせかしているようで
そんな感じで街の中を歩くのが
大好きです。





イメージ 11

目に焼き付けるだけでは
物足りなくて
とにかくビデオカメラを持っていった
頃は
カメラを回し続けていました。

あ、まさに
カメラを止めるな!
の状態







イメージ 12

しかも
カメラを覗きながらではなく
ただカメラを肩ぐらいの高さに持って
録りまくり

常に前を向いているだけではなく
あっちこっちきょろきょろ
だから
当然カメラもあっちこっち

ホテルに戻って
映像を見ていると
酔ってしまうときも。。。



イメージ 13


左右上下
そして
あ、これ写真残したいと思うと
映像止めて
デジタルカメラモードにしてから
パチリ

そしてまたビデオモードにして
って
まぁ慌しい散策





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かなりコンパクトになったとはいえ
ビデオカメラは重く
さらに長時間録画ができるように
かなり大きめのバッテリーも
一緒。

数年後
デジカメを持つようになり
フィルムの制限やコストを気にしなくてよくなってから
ビデオカメラを持たなくなり
香港街歩きの時の
実に身軽なこと


イメージ 15


さらに今では
スマホ
デジカメさえ持つこともほとんど
なくなり。

ビデオだって瞬間撮りたいとき
録れちゃいますからね。
電話でビデオですよ。
この頃
そんな時代が来るとは
全く思いもしなかった






イメージ 16


こんな光具合を見ると
♪パラララ、パラララ、パラララッララ

天使の涙の挿入曲
FlyingPicketsのOnlyYouが
脳内に流れてきます。










イメージ 17


こんな時間の香港を
フィルムに残すのって
ちょっと難しかったのが
デジタルカメラだと
けっこう見た感じに映るのがうれしくって









イメージ 18

そうそう
こういう風景を残したかったんだ

もちろん
デジタルカメラでも
きちんと撮るためには
いろいろとしなくちゃいけないんだろうけどね。


今ではこんな風に路上に突き出している
香港名物看板も少なくなったらしい




イメージ 19イメージ 20イメージ 21イメージ 22












































高齢者の運転の問題
自分も決して遠い話ではなく。。。
たしかに都市部は交通機関もなく決して自分で運転しなくても
移動は可能
でも地方などはそうはいかないもんね。

自動運転ができればいいのだけれど
例えば最高速度40キロまで(もちろんそれでも十分危険だけど)
ガソリン満点でも200キロぐらい
なんていうコンパクトカーの開発と
住んでいる地域からは出てはいけないなどの制限免許
一定の年齢以上は普通免許や通常の自動車に乗れないというように法律を改正するっていうのは
どうでしょう?

あと、高齢者の運転が怖いっていうのもあるけど
自転車の危険についてもっともっとテレビなどで取り上げてほしいなぁ。



イメージ 1

今年の桜
開花は早かったのですが
寒暖の差が大きく
身体的にはちょっとしんどいこともあったのですが
桜的にはおかげで長い期間お花見を堪能することができました。
なんとその期間3週間
桜の木の性格なのでしょうか
葉がでてきたもの、散り始めたもの、満開になっているもの
このずれに
1本の桜の花が長持ちをしたおかげで
この長期に渡るお花見ができました。
当初、入学式には散っちゃうよねなんて言われていましたが
全然間に合っちゃいました。

イメージ 2


こちらは3月最後の週の
目黒川の桜
















平成の売上げNo.1アルバムが宇多田ヒカルのFirstLove
いやぁ、これには納得
特にこのアルバムタイトル曲を初めて聴いた衝撃は忘れられません。
それが車のラジオからだったこともその印象を強めたかも。
ちょうど成田に向かう車の中でのことでした。


そんな衝撃の成田向かいからの数年後
2006年の香港
香港の乗り物の顔である天星小輪の旅の風景を。

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この頃の香港の我が家は
湾仔にある
ルネサンスハーバービュー
この年までは比較的
お手ごろなお値段で宿泊できたのですが
翌年からはぐぐぐ〜んと
お値段が上昇し
天后へのわが家へとお引越し

そんなルネサンスハーバービューは
湾仔の海のそば
そして湾仔の天星小輪の埠頭も
すぐ目の前



イメージ 4
その目の前にあった
湾仔の天星小輪乗り場も
今では当時より半島よりのほうに
移動してしまいました。

といっても
ホテルやこの写真の場所だって
かつては海
香港という街ができたときから
繰り返されている埋め立てという
歴史の繰り返しの結果
なんですけどね。






イメージ 5
昨年の秋に
香港行政長官が
空港のあるランタオ島や近くに
大規模な人口島を作って
住宅や商業地を作り
さらに香港島と道路で結ぶなんていう計画を発表しました。

澳門もかつての2つの島が
くっついて大きな1つの島になっちゃいましたしね。

まぁ、埋め立てによる開発は
香港や澳門だけではないですけどね。





イメージ 6

お話はそれちゃいましたが
かつては中環〜尖沙咀の路線を
最も利用していましたが
湾仔や天后を香港の我が家の地と
構えてからは
湾仔〜尖沙咀の路線が主流と
なりました。


このカタチ
この色
そして背景となる香港の街
絵になるねぇ〜




イメージ 7

自分のお気に入りの席を求めて
少しずつ
少しずつ
前へ、前へ
そしてこの閉じているゲートの前
ポジションをキープします。











イメージ 8
さぁいよいよ乗船の時が
近づいてきましたよ。

船が近くへ近くへ
船が近づくことによってできる
大きな波が埠頭にあたる音
エンジン音
重油(?)の匂い

この緑の額の中から
大きくはみ出して到着。

ダッシュして座席の確保は
ちょっと恥ずかしいから
小走り一歩手前な早足で
大好きな席へ



イメージ 9

湾仔から尖沙咀へは進行方向左
尖沙咀から湾仔へは進行方向右

この路線は基本2階のみ
真ん中の風を思いっきり浴びられる
外側の座席がもっともお気に入り


返還式典が行われた
コンベンションセンターのホール

さぁいよいよ
10分程度の海の旅のスタート




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フェリーが出発して
ホールを過ぎると
左手には香港島のビル郡が
現れます。












イメージ 11

どうだ!
これぞ香港っていう景色が
わずか50円程度で
手に入れることができます。


2006年の香港島の風景
それから13年
当時よりもう一列海側に埋め立てが
進み
今では見える景色は
だいぶ違うんだろうなぁ。





イメージ 12


潮風が気持ちいい〜

すすめ
すすめ
天星小輪











イメージ 13


















イメージ 14


















イメージ 15


波をきるきる天星小輪















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イメージ 17


さぁゴール
尖沙咀の埠頭に到着です。

湾仔の埠頭も新しくなり
昔ながらの埠頭が残っているのは
こちら尖沙咀の埠頭だけ











イメージ 18


はーい到着です。















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イメージ 20
停車しているバスに
時代を感じます。
左はエアコンなしのバスだよね

この時
埠頭では反共の大規模な
イベントをやっていたのだけど
今でもこういうイベントは
やることはできているのかな

夏だとここや銅鑼湾のSOGO前だと
戦争時に日本の支配を訴える
パネル展示なんかも
見たことあるけど
こっちの規模は逆に大きくなってる?



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この数年後には
1881ヘリテージとして
ホテル、レストラン、商業施設に
生まれ変わるのですが
もともとここにあった
香港水上警察の建物を修理を
して
その下の丘を崩して
いよいよ商業施設への
工事を始めている様子







イメージ 22


2006年当時のレート
10000円だと663香港㌦
ちなみ今日のレートは700香港㌦
初めていった1992年も今もほとんど
1香港㌦14円前後
一番安いときで10円
高いときで19円

日本では13年前と物価はほとんど
変わらずだけど香港はインフレ
(というより日本が普通じゃないんだよね)




香港でのワンタンメン
いっとき10香港㌦なんていうときもありましたが20香港㌦ぐらいのイメージ
でも今では
35香港㌦〜60香港㌦ぐらいらしいです。
海外からのお客さんが日本に来て
食事が安い!
っていうのもわかる気がします。


そんな海外からたくさんお客さんがいらっしゃるイベント
2020年東京オリンピック
競技の決勝の曜日などが発表されました。
サッカーと野球が同じ曜日のほぼ同じ時間!
なんと、超ザッピング
いやどちらも録画をしてともに決勝の地 横浜で雰囲気を体験するか!
チケット購入は無理だもんね、きっと。

まもなく令和元年

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ついに新しい元号が発表
今回は生前退位、譲位をされる中での改元ですから
ちょっとしたお祭り騒ぎ
あっちこっちで大予想大会
我が家においても使われる漢字にその組み合わせなど
忘れないようにメモメモ
なんてしていたのですが
結局全然あたりませんでした。
わたくしはEで始まる漢字を一押しだったのですが。。。
ただ、今回の
れいわ → れーわ
のように音を伸ばして言いやすい漢字が使われるだろうというところだけ
当たりました。(ってそんなのふつうか...)
めーじ たいしょー しょーわ へーせい

しっかし「令」という字が使われるとはびっくり
会社で仕事中にもかかわらず官房長官の中継をどうどうと流してその瞬間を待っておりました。(汗)
11時半発表って言っていたのに
時間押してる。。。

そして発表の瞬間
人生二度目の元号発表の瞬間
会社でもみんな「何?何?」モード
れいわ って音と漢字にちょっと違和感

官房長官が持ち上げた元号の額が
手話通訳とかぶっちゃった。。。

出典は日本の古典から選ばれるかもという話は以前からあったのですが
なるほどその通り 万葉集から

「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、
       梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」


時間が経つに連れて
そして「れいわ」って口にだしていくうちに
さらに「令和元年」と元年をつけて言ってみる音に文字に
実にとってもいい。

令は命令の令なんていう意見もあるようですが
令月 何事をするにもよい月 めでたい月 という意味らしいです。 (コトバンクより)

ついつい花は桜を思ってしまいますが
かつての春の花は梅

安倍首相の記者会見ではSMAPの「世界でひとつだけの花」についても話してましたね。

「野辺へ出て参りますと、春先のことで
空にはひばりがピーチクパーチク(注)さえずっていようか、
下にはレンゲ、タンポポの花盛り、陽炎がこう燃え立ちまして
遠山にはパーっとかすみの帯をひいたよう、
麦が青々とのびて菜種の花がいろどっていようかという本陽気、
やかましゅうゆうてやってまいります、その道中の陽気なこと」

朝ドラのちりとてちん
草若師匠の愛宕山(もとは吉朝師匠の愛宕山かな)
こんなのどかなイメージ



万葉に花というと
今から27年前に
「世に万葉の花が咲くなり」というアルバムを出したアーチスト
そのアーチストが今年デビュー40年ということも関係しているのでしょうか???

そうそのアーチストはドームツアーの始まったサザンオールスターズ

 

令和の新しい世
希望に満ち溢れ、つねに花満開の春のような時代であることを願います。

平成もあとひと月
来月は令和元年であります。



ネットでみたのですが
令和 018  元号に018をたすと西暦になる

令和元年 1+018  2019   
令和二年 2+018  2020

なんやすっげぇ〜!!






他元号の選定過程は
30年は発表されないとか。
う〜ん、生きてないよな。。。(涙)


元号の字に安倍首相だから「安」の字が使われる
なんてあほなことを抜かしておられた方もいらっしゃいましたが
どんだけの権力者なんや、安倍さんって(爆)
国民が選挙で選んだ政党の党首にすぎないのにね。
きっと権力者にしたてあげて「それに戦うわたしたち」を演出したいだけなんでしょうねぇ。
まぁ、万葉集からの出典に安倍保守だからとコメントしている国もありましたが。

イメージ 1

朝ドラ「まんぷく」がもうすぐで最終回
いや、楽しく見せてもらってます。
今はカップヌードル開発物語だけど、
このカップヌードルとの出会いは衝撃的!
通っていた塾での休み時間。
その後の授業のためにサンドイッチやおにぎりを食べるっていうのは普通だったんだけど
なんと教室で麺をすすっている奴がいる!
しかも、あったかいやつを!
それが初めての出会い。
それから塾での大ブーム。
お湯は事務室でやかんでわかしたお湯を貰うのだけど
当然ながらお湯の量なんてたかが知れていて、はやいもん順。
なくなってしまえば空腹のまま次の授業を受けなければいけない。
というよりもとにかくカップヌードルが食べたい!
もう授業終了後は大変でした。
とっても悲惨なのはお湯が半分ぐらいしかはいらず、しかも休み時間終了!な時
そのまま膨張した麺を持ってとぼとぼと帰宅。
どうしたんだろう??あのカップヌードルは。
自分はお湯間に合わずは何度もあったのですが、この半分の刑はなかったので、その後を知らない。。。

なんて事を思い出しながら
開発物語も楽しんでいます。

そしてもうひとつのわたくしの楽しみドラマの大河
これまたとっても面白く見ているのですが、どうも視聴率がふるわない。
しかも、出演者の逮捕。
確かに特に最初の頃は時代が行き来していたのでわかりにくいところもあったかと思いますが
今盛り上がっているオリンピックだってこんな時代があったんだぞ、
いやオリンピックだけでなくその他のスポーツだってそう
スポーツだけでなくてもね。
平成の世がもうすぐで終わろうとしていますが
この30年、内向きになってしまった日本に元気を、
来年迎える東京オリンピックにむけて日本とオリンピックの歴史、先人の努力をきちんと知ろう
そんな想いがたっくさんこめられているお話だと思ってみています。
大河って確かに幕末や戦国などのお話が多く、自分もそれを楽しく見ているんだけど
近現代があったっていいじゃない!!とも思うのですが。
まぁ、ひとそれぞれだからねぇ。
NHKだから途中打ち切りはないだろうけれど、視聴率が悪いからってお話の展開に影響がでないことを
願っております。
テレビ局関係者じゃないので視聴率はまぁどうでもいいですが
単にご贔屓筋として多くの人に見てもらいたいな、っていう気持ちが一番大きいのですが。


     秦基博 花

もうすぐで桜開花です。
そんな季節になったのですねぇ〜。



さてさて
もういまさらですが
香港、中環にあった老舗の「蓮香楼」がビルの建替えっつうことで
2月末で結業
あぁ、「蓮香楼」もこの香港のスクラップ&ビルドの波に飲まれちゃったのねぇ〜
地元香港でも大きな話題になったようです。
我が家でもここで飲茶をすることを「はすやむ」と名づけており、ここで飲茶することは特別
(と言っても、もっと西に「蓮香居」ができてからはそっちに行くようになっちゃったんだけど)

でも結局、夜営業はしない「蓮香茶室」というお店で後3年は営業することになり、
これまた香港らしい感じのお話(笑)

「はすやむ」はまだしばらくは体験することはできますが、
蓮香楼で夕ご飯、これはもう体験することできなくなっちゃのですね。
正宗的広東というか香港料理が食べられるお店で
いくつかの名物料理もあると聞いて(いや、読んで)はいたのですが。。。



イメージ 2

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とにかくここは席にありつくには
後ろからビームを出すことが大切です(爆)

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ここにきたら必ず茶盅でお茶を。
これだったらそれぞれ好きなお茶を飲めることできるしね。
だいぶ上手に使えるようになりました。

イメージ 11



















イメージ 18






まってました点心が
来ると戦争です。

イメージ 12イメージ 13イメージ 14イメージ 15イメージ 16イメージ 17
















































時には蒸している蒸篭が並んでいる調理場へ
スタンプカードを持って突入することも。
地元ぶりたいわたくしもそんな人の後についていって突入したりして


イメージ 19イメージ 20イメージ 21イメージ 22イメージ 23イメージ 24






































イメージ 25


          再見 蓮香樓

     15分の長尺ものです。


そしてこのYahooブログも、
建替えで無理やり結業となる香港のお店のように
この年末に終了となるのですね。
このブログを通していろいろな人と出会うことができました。
ネットでコメントのやりとり
実際にお会いしたり
さらに香港のお宅にお邪魔させていただいたり。。。
ほんとに感謝であります。

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