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ここはフランス パリ郊外 ベルサイユ宮殿・・・? いえいえ ここは日本 信濃町 迎賓館赤坂離宮 作られたのは1909(明治42)年 江戸時代に結ばれた不平等条約の改正にむけ 富国強兵 欧化政策 1900年前後の日本は 治外法権の撤廃 日清戦争 日英同盟 日露戦争 と 海外へを力をアピール 建築に10年 内装には当時の日本の名だたる芸術家を集めたそうです。 ヨーロッパの建築技術を会得し、見事にそれを実現 まさにベルサイユ宮殿に負けない宮殿 その宮殿を持てる国になった 40年前まではちょんまげと刀の時代 たった40年で国力は欧米に追いついた それを象徴するためにきっと作られたのでしょうね。 建物の完成2年後には 関税自主権の回復 不平等条約の改正完了 しかし、 完成3年後に明治天皇は亡くなられ ここを宮殿として 使われることはないまま で、 第一次世界大戦へと 調子に乗りすぎてしまった(歴史の宿命ではありますが)日本は 出る杭となって 打たれてしまうんでしょうね。 海外から首脳レベルのお客様がいらっしゃった時 そのお迎えのシーンとして よくニュースでにでてくる迎賓館 実際にその姿を見たとき すごい感動しましたね。 いや、こんなもんが日本にあるのかって。 で、初めて本物の迎賓館みたのが実は10年ちょっと前 赤坂〜四谷あたりを 散策していた時に偶然、ここの前で出てきて 「おぉぉ〜、これが迎賓館かぁぁぁぁ〜あああ!」 ねえ、ふつうに街をぶらぶら歩いていて こんなんのど〜んと出てこられた日にゃぁ びっくりするしかありませんぜ、親分。 そのスケールにやられちまいました。 ね、タクシーはふつうに 日本のタクシーでしょ。(笑) 明治から昭和初期の頃の建物って 設計した人の 建築した人の 強い意志、「気」が感じられて大好きです。 ただ、今この迎賓館 改装工事をしているみたいで、数ヶ月前通った時は 建物が覆われていて見ることができませんでした。 ほんと、年に数回の建物探検隊シリーズ
さぁ〜て、 今度はいつ?? |
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