叉焼飯飯店

大好きな香港をはじめ日本や澳門・台湾の街歩記、食べ歩記です。

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「六四」三十周年

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令和元年
018+1=019
最初に数字の2をつけると2019年
うわっすげぇ〜と思ったのは令和になりたてのひと月前。
こちらにも記事にも書いたのですが
よくよく考えると01=れいはいいのですが
わ=が8??
にはちょいと無理のあるような。。。
でも、先日西暦を平成に直す場面に出くわしたのですが何の基準もなく困った!
そばにいた平成生まれの若者君に聞くとさらさらっと教えてくれました。
自分の生まれた西暦と元号を基準として覚えているとのこと
うぬぬ、確かに昭和生まれのわたくしもそんな換算で計算していたよなぁ〜。
ただ、基準が昭和のままなので
平成君のようにさらっとは出てこない。

あの夢のような10連休で迎えた令和元年5月
もうあれからひと月がたってしまったのですねぇ

どうです?
令和は身につきましたかぁ。
仕事の書類に「平成」のあったらそこに二重線を引いて「令和」と書き換える瞬間に
「おぉ元号変わったのよねぇ」と心の中でつぶやくものの
まだまだ身体に染み付いてないなぁ〜
ただ、染み付く頃にはこちらはもっとじいさんになっているわけで
それはそれでいやだぁ〜!!!!!!!




先日から新聞で天安門事件30年についての特集をやっています。
天安門事件から30年なんです。
1989年
そっかもう平成だったんだ。

中国
中華人民共和国
どんなふうに国ができたのか
国ができてからどんなできごとがあったのか
子供の頃はそんなことをほとんど知らず
ただ家ではニュースがよく流れていたこともあって
毛沢東、周恩来という名前だけ頭に刻み込まれていたなぁ。
それは日中共同声明が出された頃だったのだろうか?
田中角栄、パンダも印象が残っているからそうなのかもしれない。

おそらくそれと前後した頃
父親から聞いた台湾と中国の話
国民党と共産党は仲が悪く国内で戦っていたんだけど
日本と戦争をすることになって手を結び
日本が戦争に負けた後、再び戦い
蒋介石の率いる国民党は台湾に逃げて
毛沢東が共産党の国 中華人民共和国ができた と
きっと国連の中国が中華民国から中華人民共和国に変わったからなんだろう
そんな話をしたのは。

当時、ニュース以外で流れる中国の映像
自転車
壁新聞
万里の長城
故宮博物館や旧紫禁城そして天安門
人民服を着ている人々
撮影をしていると興味深そうに笑顔で周りに集まってくる老若男女

なんとなく中国が身近に感じてきた頃
周恩来の死
そして毛沢東の死
もう二度と目を開けることなく横たわる毛沢東
その死を悲しむ人たち
そうだよなぁ、
これだけの国を作った人なんだから
と、それまでの歴史をきちんと知らず 
偉大なる国王が亡くなって悲しむ国民レベルの感想で映像を見ていた。

天安門に毛沢東の写真が掲げてあるのはいつごろからなんだろう
毛沢東の死の前からなのか
そるいは毛沢東の死によるものなか

毛沢東の死後
四人組の裁判
その中心人物は毛沢東の奥さん
それを通して文化大革命のことを知った
それ以前もきっと話としては聞いていたのかもしれないけれど。。。
でも、それでも実際のところはよくわからなかった。


隣にある広大な国土を持つ中国
歴史の授業、日清戦争や満州事変から太平洋戦争の終結まで
日本が中国を長い期間苦しめたと習った

テレビに映る中国は
自分の住む国と比べるとだいぶ経済的に遅れていて
それが政治的なものなのか
あるいは歴史的なものなのか
そこにはほぼほぼ興味もなく 

ただ、おもしろい国だなぁ〜 なんていう感覚だった

80年代の前半は
中国に対してどんな感想を持っていたんだろう?
記憶が全くない
でもこれからは中国語だ

第二外国語は中国語を選んだ。
クラスは20人もいなかった。
2年間で学んだこと
自分の名前の言い方
日本、中国の発音ぐらい
もっと真面目に勉強すべきだった。

東西冷戦
西側にいることもあるんだろうけれど
東側の国民には自由がない
社会主義、共産主義
一党独裁

そんな中 80年代後半
ソ連に誕生したゴルバチョフ大統領とペレストロイカ
がちがちの氷に固められた(ように見えた?)国が少しずつ溶けていく
そして冷戦もすこしずつ終結に向かうような予感がした。
(って結局ソ連はロシアになってより独裁者が現れたけどね)
そして中国 胡耀邦の登場
中国でも同じようなことが起きるような期待

若者が権力に立ち向かうことに対しての応援
民主主義、言論の自由も経済の自由もない本当の独裁権力に対してのレジスタンス。
深夜にテレビを見ることが多かったから深夜に放送していたCNNなどを見ていたのかなぁ
とにかくお隣の大国中国の若者が中心となっている民主化運動を応援していた。
毎日のニュースを見ていた。

そして6月4日の深夜から未明
6月4日は日曜日
その日は仕事だったんだけど
どのタイミングでこの悲劇を知ったのだろう
すでにどの悲劇の始まりは知って眠りについたのか
朝起きて知ったのか。
だんだんこういう日常の記憶があいまいになっていっているぅ。
ただその日、仕事には車で行っていたのは確かで
仕事が終わった後、
その後天安門がどうなったのか、車にあったテレビでニュースを見ていたこと、
そのニュースを見て車で涙したことを覚えている。

あれから30年
経済においては世界を牽引する大国であり
テクノロジーがすべてを左右する21世紀においてその技術と開発力は
アメリカが敵視するほど優れており
その経済力や技術力に基づく軍事力は脅威

わが国も自国の領海を航行しているにも関らず中国の公船に追われたり
連日日本の領海に軍艦なみに改造した公船が常駐しています。   詳しくはこちら

しかも一党独裁は変わらず、より強固となり
ネット社会においても情報や言論は統制され
その技術力によって人々は監視され
存続の危機にまで追いこんでいる民族もおり
民主主義からは程遠く
むしろ技術力によって拘束されることでかつてより後退しているかもしれない。






     1989年6月4日の香港TVB夜9時のニュースです。


香港ではこの夏に「逃亡条例」が改正される予定
反体制の思想の持ち主、ジャーナリストも含め制約なく中国が追求することができ
無条件で中国に身柄を引き渡すことができる条例

すでに香港では反体制の政治家の当選資格が剥奪されたり
反体制の本を販売した書店主が拘束されたりと
香港にあった自由が次々と奪われています。



     FNN系News

今度はこのような集会があるとその主催者は捕まり
無条件で中国に身柄を引き渡されてしまうかもしれません。

まさに映画の世界がもうすぐそこに迫ってきているのかもしれません。  映画「十年」を見てきた



     中島美雪 世情

やっぱこういう時
この曲ね。
刷り込み、「加藤ぉぉぉぅ」







我が国を振り返ると
主権回復後、正当な選挙によって
選ばれた国会議員が立法を担い
そしてもっとも国民から信頼得た政党(議席の多い)の党首が首相となる議院内閣制が行われている。
その政治がもちろんどこ向いて行っているのか、国民が幸福と感ずる政治をしてきたかは???ですが。
3.11の時の政権やそれ以前55年体制も結果国民の選挙によるもの。
また、選挙権という権利を行使せず、結果特定の人による支持を得た国会議員が多くなるのも国民次第。


その国民によって選ばれた議員をどんなに問題があろうと
即辞職勧告を出して辞めさせようとするに、選んだ国民への侮辱?

憲法改正となるか否かは最終的に国民投票の結果次第なのに
発議させない、その前の審議さえ拒否をしている国会議員は
明らかに民主主義の精神に反しているのでは?と思うですが。

独裁政権を倒せ!
9条改正されたら徴兵になる。
子供を戦争に行かせない
どう考えるか、何を信じるかは自由ですが
それを話し合う事もしない
させないのは
独裁国家と何ら変わらないと
わたくしは思います。

我が国の崇高なる民主主義の制度を否定しているのは誰でしょう。

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