叉焼飯飯店

大好きな香港をはじめ日本や澳門・台湾の街歩記、食べ歩記です。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1


オリンピックまであと1年です。
いやぁ〜東京でオリンピック
あのオリンピック
夏のオリンピックが来年の7月 東京で開かれます。
いやぁ〜楽しみだなぁ。
残念ながら開会式のチケットは当たることなかった(っていうか全滅)ですが
涼しい中テレビで観戦したいです。
って、この日休日になるとのことですが、うちの会社はどうなるのかなぁ。
有休休暇とったらばればれだし。
開会式のチケットが取れたらなまだしも。。。

1964年の東京オリンピックの時
映画ALWAYSでもそのシーンがあったけど
空にオリンピック五輪が描かれるけど
絶対に今度のオリンピックでもあの演出やるよね
いや、開会式は夜だっけ?
あの空の五輪、もしやるんだったらあれが見れるのどのぐらいの範囲まで見れるのかしらん?
きちんと五輪でなくとも空に描かれるんだったら数十キロ圏内だったら見えるのかなぁ〜
なんて話しております。

そうそう最近は視聴率の低いことさえ話題にならない「いだてん」
いや、やはり相変わらずおもしろい。
先人達のオリンピックに対しての情熱があって来年のTOKYO2020がある
これを見たらもっともっと来年のオリンピックが楽しくなると思います。

すでに第2章に入っているのですが
先週の金栗四三から田畑政治へバトンタッチの回
そのお題も「替り目」
さすが!クドカン
それぞれがかなりお年になって二人並んでの写真があり
お話の最後のほうでこの写真ように二人がきちんと言葉を交わすシーンがあるのだろうと思っていたのですが
こんな風にお互いが出会う場面を作るだなんて。
もちろんこれはノンフィクションの部分ではあるだろうけれど。
これからも目がはなせないドラマであります。







さてさて前回からご紹介の2004年香港・台湾の旅の第2弾です。
今から15年前の旅
2日目のスタートはこれからです。


イメージ 2イメージ 3イメージ 4
     
 とやはり香港最初の朝はこれですよね。
 たしかここは当時の香港の我が家
 ルネサンスハーバービューに近い
 湾仔 華潤大廈にある好彩海鮮酒家
 ホテルから地面に降りることなく
 ビルとビルを結ぶ歩道橋で行くことができます。
 でも香港街道地方指南2018を見るとビルはあるものの
 そこには好彩の文字はありませんでした。
 別のビルにある東海海鮮酒家は今でも営業中




イメージ 5

そして早茶を済ませたら
街の探検隊出発です。
初日はチェックイン後は
乗り物には乗らずの
テクテク散歩隊だったので
この日は香港名物の
まずはトラムに乗り











イメージ 6


海を渡り
島から半島へと移動します。















イメージ 7


で、海を渡り
到着した後の最初の写真が

イメージ 8


え、もう食べるの?
写真はボケボケですが
ここは糖朝
コーンスープ?
マンゴプリン?
たぶん楊枝甘露かな
でもなんだかドロっっとしてますよね。









イメージ 9
 
さらに甘味だけかと思ったら
しっかりこんなのものも
写っている!

15年前は
育ち盛りだったのですね(笑)

この頃のお店の場所は
広東道だったのですが
今はちょっと内側にはいり
漢口道のほうのようです。

移り変わりの激しい香港で
今でもしっかりと営業をしているのはさすがです。



イメージ 10


広東道にある糖朝を出て半島を北上
こちらの写真はMTRで1駅先の佐敦
この道は佐敦道
この道と彌敦道の交差点に裕華デパートがあります。


香港の植民地の歴史
島→半島の先っぽ→今の新界といわれる地域への3段階
半島の先っぽと新界の境界となる道 その名も界限街
この通りから南は道は碁盤の目のようになっているエリアが多くあります。
といっても100年以上も前に街となったエリアが中心ですが。
その頃の半島はとってもスリム
きっと半分ぐらいの太さだったのではないでしょうか??

植民地としてこの界限街から北の新界は99年の租借
半島南の部分と島々は永久租借という取り決め
これだけ一体化してしまったら返還するときに別々というわけにはいかないですよね。

イメージ 11






















イメージ 12
で次の写真がこちら。。。
ここは佐敦の有名店
麥文記麺家
食後のデザートか??

ちょっと当時どんな
食事時間でいたのでしょうか?
写真を確認すると
飲茶 9時半
糖朝 12時半
麥文記 13時
となっておりました。
朝から昼はまぁいいとして
2度のお昼に
我ながらびっくりであります。

麺一筋今でも同じ場所でがんばってます。



イメージ 13


イメージ 14

2004年
新界の元朗や屯門を結ぶ
九廣西鉄が開通
そんな開通したばっかりの
鉄道に乗って
目指すは終点の屯門

この元朗で
この前の日曜日に
あんな悲しい出来事が起こるなんて。
最初の写真が
2004年当時ですが
その九廣西鉄の車内です。






イメージ 15イメージ 16イメージ 17イメージ 18

























屯門の街は以前も何度か来たことがあって
その時は
上水からバスで元朗
元朗からLRTで屯門 
まぁ時間がかかりました。
でもこの鉄道ができたおかげで新界の中心部も簡単に行くことができるようになりました。




イメージ 19イメージ 20イメージ 21イメージ 22


























帰りはバスにて。
以前来たときは屯門から船で中環へ
この船も小さな高速船みたいな感じでまぁ揺れる揺れる
我が家では「オラオラ船」と呼んでおりそれも楽しかったのですが
すでにかなり前にこの船の路線はなくなっています。


イメージ 23


イメージ 24

そしてもう飯です。
ただし時間的には6時半過ぎなので
お昼から夜の時間間隔は
問題なしです。

夜は子豚ちゃんのカリカリ焼

尖沙咀の漢口道にあった
廣東焼味餐廳
すでに結業となっているようです。




イメージ 25


そして玉子焼き
















イメージ 26



そしてお食事の後は夜のお散歩


イメージ 27イメージ 28











イメージ 29イメージ 30
















イメージ 31

そしてこちら
油麻地 廟街にある
源記渣咋
OpenRiceで確認したら
なんとすでにこちらも
結業となっておりました。

この豆のお汁粉、渣咋
男人街の真ん中にあった
このお店はちょうど散歩の途中の甘いもの補給にいい感じ
だったのになぁ。






この日に行ったお店で
昔から場所も変えずに営業をしているお店は
麺一筋の麥文記麺家だけでありました。


2004年 香港・台湾の旅 2日目のお話
結局食べてばっかりっていうことが結論
お後がよろしいようで。。。。







吉本の話
う〜んどうなっちゃうんだろうね
って国政選挙よりそっちかいって。
まぁ投票率が50%以下だしね。
そんなもんか

まぁ、今日に始まったことじゃないしね。
でも、それはそれで50%未満ではあるけれど
国民が選んだ人々が日本国の代表となり
さまざまな政策を決める

それが法律になり
日々のわたくしたちの生活に
将来の生活とも深く関り
外交だって決して日々の生活に関係ないわけではないし
国の根幹であり
さまざまな法律の基準となる憲法だって
これがあるから今の生活が保障されているのだけれど
時代に則して見直す必要があるのか、ないのか
国民はそれに対して投票する権利だって持っている。
まだ1度も行使さえできないけれど。
これだって国会での話し合いがあって発議、国民への提案される


自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党、共産党、日本維新の会、れいわ新選組、NHKから国民を守る党
当選した人々はそれぞれ国民が1票を投じた結果
これからどういう政治をしていくのか
しっかり見ていかなくちゃであります。
選んだのはわたくしたち
舵取りは彼らです。





全1ページ

[1]


.

ブログバナー

kor*tah*
kor*tah*
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事