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この世でたったひとつの命を削りながら 歩き続けるあなたは 自由という名の風 底知れぬ闇の中からかすかな光のきざし 探し続ける姿は 勇気という名の船 だからどうぞ泣かないで こんな古ぼけた言葉でも 魂で繰り返せば あなたのため 祈り続ける 眠れない夜のために子守歌があるように 傷付いた心には 愛という名の絆を A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For Me A Ray Of Hope For Life For Everyone 運命に負けないで たった一度だけの人生を 何度でも起き上がって 立ち向かえる力を送ろう どうぞ忘れないで 移ろう時代の中から あなたを照らし続ける 希望という名の光を あなたを照らす光を 希望という名の光を A Ray Of Hope For You A Ray Of Hope For Me A Ray Of Hope For Life For Everyone 希望という名の光 山下達郎 3月11日。決して忘れない WE REMEMBER 3.11 午後2時46分 去年は日曜日で その時間はちょうど代官山のTSUTAYAにいて radikoでその時刻を確認して黙祷。 今日は会社なのでその時刻にできるかどうかわからないですが 意識はしたいと思っています。 |
日本街道
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いやぁ〜 暖かい 実にうれしいです。 今日なんて最高気温25℃ぐらいになっちゃうらしいです。 そうだよね 3月だって今日は10日 たしか先月桜の開花予想って 3月の二十何日か ってことは あと2週間ぐらい そうですよね もう、そんな頃です。 今日あたりは半そでででかけちゃいますかね。 先週はまだかなり寒かったですけど すでに半そでの外国人の方 いらっしゃいましたが・・・ あの日も そんな春の日だったのかな 誰となく あれから2年なんだねって 話題はその日、その瞬間 初めて東北に行ったのは もう今から40年近くも前 東北新幹線なんていうものは 当然なくて 東北本線の特急に乗って ゆらりゆられてついたのが仙台 当時は 禁煙なんていう発想そのものが なく 子供ころたは タバコの煙とにおいに 気分が悪くなった記憶が 東北本線の記憶 そして 社員旅行で久しぶりに 仙台へ行き さらに 今から10年ほど前 仙台でやっている 定禅寺ジャズフェスティバルというイベントに 先輩とともに 参加したのが久しぶりの 仙台 今まで3回 1度は別名バンド名で 午前と午後に出場なんて こともあったので 実際には4回か ご両親が宮城県ご出身の 先輩 その先輩のいとこさんから教えてもらった 牛タンのお店が 「百舌」っていうお店 ここの牛タンは 焼いた牛タンでもとろける お取り寄せでも 購入したもんですが これまた個性的な 親父さまが急逝され 残念ながらお店はなくなってしまいました。 こちらのお店「閣」は お昼に必ず お邪魔したお店 こちらは現在も 営業されているようですが ランチの営業は ずっとお休み中のようです 一度 仙台からさらに 足を伸ばして 行った平泉 中尊寺も すばらしかったのですが それよりも 印象的だったのが ここ 義経の像がある 松尾芭蕉も行った 高館からの 景色 実際に 義経が見た そして 芭蕉が見た北上川は 同じだったのだろうか 夏草や 兵どもが 夢のあと 実際には 流れなど変わっているらしいのですが でも この場所から 芭蕉が 義経のことを想い 詠んだのかと思うと なんだか 震えがきました そして このときが 今のところ 最初で最後の 岩手県 ちょうど先週の日曜日 銀座の岩手県ショップには行ってきましたけど・・・ そして今日、3月10日は 今から68年前 東京で大空襲のあった日 きっと その空襲があった翌年、翌々年と 話題にあがっていたんだろうけれど 次第に記憶からも薄れ だからこそ 記念日であったり 記念行事っていうのは 大切なんだろうな そして語り継いでいくことも 3月11日から もう2年 いやまだ2年 でも、この復興の進み具合 ほんとに先進国と言われる国のものなのか そして原発 お隣の国からやってくるものには あんなに敏感なのに 自国のものに対しては どうなんでしょ? わたくしは原発反対ではないですが 事実は事実として そのときの状況や 現状について正しいことを責任を持って 伝えて欲しい 斉藤和義 ずっとウソだった |
コメント(2)
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去年の秋に ひっさしぶりに映画館で見た香港映画 それが「桃(タオ)さんのしあわせ(原題:桃姐)」 この映画に感動して 久しぶりにYESASIAでDVDを購入 ここは39US㌦以上買うと送料が無料 無料にするために1枚、2枚追加 で 結局買ったのが 桃さんのほかに まずは 当飯店常連さんのjyujaiさんのところでご紹介されていた「歳月神偸」 香港の春節恒例映画の 「我 香港には「〜囍事」シリーズもあるのですが この「我 ショウブラザーズ(つぶれてなかったんだ)とTVB(香港のテレビ局)の製作で ツァン兄(エリックツァン)がプロデュース 開心萬歳は監督もツァン兄 開心萬歳を買ったのはアニタユン(袁詠儀)が出ていたから 「つきせぬ想い」や「君さえいれば 金枝玉葉」「金玉満堂 決戦炎の料理人」にでていた女優さん 顔に似合わずちょっと低いハスキーな声もよかったなぁ 今ではお金持ちの人と結婚してセレブな暮らしをしていると聞いたような気がするのですが そのアニタユンレンレン いや、おばちゃんになったのね。 って昔のかわいさも残ってはいるけれど まぁ当然わたくしもとってもおじさんになってますけどね。 映画は香港の団地が舞台になっていて 昔の話題なんかもでて きっと香港の人は懐かしい!!って思う映画なんだろうな。 そしてきっと そうそうこれって大陸からの人にはわからないないよね 香港人じゃなきゃ なんて思って見ているんだろうな。 字幕は 繁体字か簡体字か英語 なので英語にしているものの よくわからず もちろん広東語もわからないので雰囲気で見ているのですが 「喜上加囍」はまだ見てません。 あとマギーチャンとケニービーがでていた 「仔猫のように抱きしめて 不脱襪的人」も注文したのですがこれが残念ながら在庫なしとのメール この映画も好きなんだけどなぁ そして王家衛シリーズ 「恋する惑星 重慶森林」「天使の涙 堕落天使」はもともと在庫なし VCDでは持っていたけどDVDではなかった「欲望の翼 阿飛正傳」 同じく王家衛のデビュー作の「今すぐ抱きしめたい 旺角卡門」 この2本はなんと字幕が8つぐらい選べてその中に日本語あるっていうのがうれしい そして久しぶりに「欲望の翼」を見たのですが やはりいいなぁ〜 大好きな香港映画の1つです。 ベスト3っていうと 順不同だけど「阿飛正傳」「重慶森林」「堕落天使」になっちゃうのかな どうかなぁ〜 いずれにせよ 80年代半ばから90年半ばぐらいの香港映画が好きです そういえば開心萬歳は 主人公のレオンカーフェイとツァン兄が自分たちの若い頃 80年代の後半を振り返るシーンがたくさんでてきます。 周潤發といえば「男たちの挽歌」が有名ですが わたくしは「殺したい妻たちへ 殺妻二人組」や「大丈夫日記」のようなコメディのほうが好き 「我 その頃の映画を見ている気分になりました。 Xavier Cugat - "Perfidia" さて あと10日ほどで 東横線が 副都心線とつながり さらにそこから東武や西武ともつながっちゃうわけであります。 今まではこうだったのが 東横線の渋谷駅 子供の頃から 浅草の観音様へ行くのも 上野の動物園へ行くのも 銀座や日本橋のデパートに行くのも 新宿の寄席へ行くのも もちろん渋谷でNHKやプラネタリウムへ行くのも もっと大きくなって遊ぶときも そして学校へ行くときは毎日のように いやさぼってばかりだからたまにか まぁ、 とにかくわたくしにとっては東京の入り口 渋谷が要となっておりました。 その渋谷駅が 副都心線と直通になることで 駅が地下にもぐってしまいます。 東横線は みなとみらい線と直通になったことで 横浜駅も地下にもぐり さらにそこからは地下鉄となり 桜木町の駅もなくなりました。 桜木町の駅は 子供の頃に眼科へ行くのに使ったぐらい あとは何だろう なんだか使ったりはしていましたが 頻繁に使う駅ではなかったです。 ただあの駅舎は好きだったのなぁ。 でも写真を撮るのを忘れた。 なので渋谷は残しておこうかと 秋ぐらいから渋谷駅を使うとなんとなく写真を撮るようになりました。 当飯店の常連さんの七左衛門さんもすでに 渋谷駅のことを記事に書かれています。 渋谷どまりはなくなるわけではないようですが でも こういう表示は あんまりみなくなるんだろうなぁ 鉄道好きさんや 沿線に住む方や 利用されている方 きっと想いは同じで あっちこっちで 本格的なカメラを持っている人 コンパクトカメラで撮る人 携帯で撮る人 たくさんのカメラマンを 見かけます。 この行き先表示も あとわずか 南口も 正面口も もうすぐでさようなら さぁ この路線図も もうすぐで見納め きっとこれが わたくしの最後の渋谷駅 逆にここから 横浜への旅が 始まりました。 横浜に住んでいる祖母の 家へ向かう入り口 代官山近くに カルピスの営業所かな 支社かな が たしかあったはず 電車から見える カルピスの文字が なんとなくうれしかった 代官山駅も地下に なるんですよね、 たしか 何っていうんでしたっけ 以前 常連のネクシーさんの 記事を拝見して その名前を知ったのですが 忘れてしまいました。 今はここが終点で 線路が4本あるのですが 今度は 上下で2本ずつ 人、さばけんのかな 人があふれちゃって 電車遅れて ずっと ダイヤ乱れっぱなし? 東横線の線路の終わり いや始まりかを 見るのもこれが最後なのねぇ 東京メトロ 新副都心線の車両 そのうち この車両が 走っていることにも 慣れてしまって 違和感を 感じなく なっちゃうんだろうな ただ このホームで この車両を見れるのは あとわずか こちらはホーム正面の その名も 正面口 ここから すぐに銀座線に山手線 ちょっといけば井の頭線 今度は ちょっと遠くなるなぁ 変わらないのは 半蔵門線ぐらい 湘南新宿ライナーは さらに遠くへ 同じ渋谷でも20分ぐらいかかるんじゃない?? 今でも遠いのに こちらは1階にある 南口 この改札のそばにあった アートコーヒーの ホットドッグが おいしかったなぁ アートコーヒーあったのいつ頃まで だったんだろう あとこの近くに ホブソンズなんていうアイスクリーム屋がありましたね できたころはすごい行列だったような オレオクッキーを入れたのが好きでした 横浜駅が地下に もぐったとき 反町〜横浜間の 高架もしばらくしてからなくなり すっきりしてしまったのですが ここもそうなるのかな この東横線の線路は 渋谷駅の端っこにある 湘南新宿ライナーの駅になるという 話もあり そうだったら ここにJRが走るようになるのかな でも 動線的に 不自然ですよね。 子供のころ この線路と建物の 隙間がとても気になってて 電車から背伸びして そこを見ようとしてたなぁ 結局そこには 川が流れているだけなんだけど そして 駅とともになくなるのが 東急東横店の東館 この東横のれん街って 昔っからデパ地下ならずデパ一で 好きなお店もあるのですが 移転とともに 売り場が小さくなり 商品の数も減ってしまうとお店の人の話 マークシティの地下へ移るんだけど きっとあんまり行かなくなりそう・・・ やがて 高層ビルに変わるということですが 銀座線が建物の中を 通り抜けていくので そのへん 工事大変だろうなぁ この階段も その横のエスカレータも 人の流れは地下が 中心になって 人通りはかなり減るんでしょうね。 Always In My Heart - Los Indios Tabajaras Always In My Heart |
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平成25年 平成がスタートしたときは 1989年 そっかバブル真っ最中だったのねぇ 失われた20年って 平成のほとんどは景気はよくない状態 20歳の子なんて 世の中に誕生したときからずっと 不景気だったのねぇ。 逆にパパやママは超バブル真っ最中 そんなバブル真っ最中 なんとなく象徴だったのがプリンスホテル 苗場プリンス 軽井沢プリンス そういえば高層ホテルの新横浜プリンスなんてバブル崩壊時ぐらいに 開業でした そして赤坂プリンス、赤プリ これが今解体中らしいのですが なんと建物が徐々に小さくなっていくっていう工法だとか まったく違和感にない まるでビルの一部のような 囲いが作られて そこから徐々に 要するに上から徐々に 解体をされているんですって!! たしかに新聞の写真を見ると 建物が 短くなっています。 5月には姿を消すとのことですが これとともに バブル崩壊の亡霊ともお別れして 再び景気が回復することを 願っております。 そして 東京が IOCに立候補ファイルを提出 招致スローガン Discover Tomorrow 〜未来(あした)をつかもう〜 そんなお金があるのなら 確かに復興が先っていうのも ありますが こののぼりにも書いてあるように 今のニッポンには この夢の力が必要だ そう思うなぁ うっまれた時から ずっと景気が悪く閉塞感ばかりの日本しかしらない 今年成人式の子たち 景気がいい いや、景気がよくなくても 悪い状態からは抜け出していて 閉塞感から脱却しつつある日本を知ってもらいたいなぁ もちろん その前を知っているわたくしたちも もう、忘れちゃった・・・ って、わたくしは全然バブルの恩恵受けていないけどね。 そんな意味でも オリンピック東京で、日本で開催してほしいな。 もちろん、そのときに 日本は復興しました、大丈夫です ってことをアピールできるといいのですが ただ、福島では たとえオリンピックが開催されても 放射能の影響で人の住めないふるさとが あることも事実ですが。 Mr.Children 東京(LIVE) そんな東京・・・ その東京を今象徴する 東京スカイツリーへ行ってきました。 最初っから行くつもりではなく 羽子板市へ行って こんなふうに いい天気で スカイツリーが見えちゃったので どうする? 後で行ってみる? 下にあるソラマチでも なんて感じで ちょっと調べてみると 浅草からスカイツリー方面へのシャトルバスがあるみたい で バスにのってみると なるほど なるほど こんなふうに天井が ガラスになってます。 と、 近づくと こんなふうに どど〜んっと どうだって 見えちゃうんです。 いやぁ〜 当分混んでいるし 高いし 行かないよ なんて言っていたのに 「おおぉ〜ぅ」と写真をパチパチ 本日は30〜40分ぐらい お待ちいただければ 展望台へあがれます と 案内のお姉ちゃん そのくらいならば 行っちゃいますか! それでも 平日にかかわらず たくさんの人 こんなに並ぶのは 数年前に行った ディズニーランドか USJ以来 飛行機のチケット売り場 のような チケット売り場 いよいよチケット購入 2000円かぁ〜 二人で4000円は 決して お安くないですね。 1000円ぐらいだったらな なんて 思いながら 上へ上へとのぼっていきます。 あっという間に 展望台へ どんな景色??? わくわくです。 隅田川河口方面 新宿方面 右手に 東京ドームが 見えます 赤羽、川口方面だっけな・・・ スカイツリーの ふもとには こうやって隅田川が 流れています。 手前のX字の橋は 桜橋 荒川方面に 伸びる影 景色的には きれいだけど すんでいる人は このエリア 陽が当たらなくなっているんですよねぇ 深川方面 で ぐるり一周 東京って街 ほんとに ぎっしりつまっている街ですね なんだか 小さな波が たっている 海のようにも 見えます。 関東平野は 広い!! さらに このあと1000円を払うと 上の展望台へ行けます。 わたくしはここまで・・・ いやぁ、もうこれで十分です。 東京タワーに昇ったのは きっとちょうど平成になった頃 東京タワーの展望台って 145メートル もう全然違うんでしょうねぇ そのときはうわぁ〜って思ったんだろうけど マリンタワーからも うわぁ〜って思ったんだけど ここって100メートルもないんですよね。 見たら91メートルだって この高さ 大阪通天閣も91メートルとでていました。 この記事でもいろいろな展望台の高さについて書いてました・・・(汗) 今まで一番高い展望台が ランドマークが273メートル ここもほぼ同じ高さにあるホールに 結婚式で行ったことがあるのですが それよりも高い350メートル 香港にあるICC(環境貿易広場)の展望台は 100階で393メートル うわぁ〜 この東京スカイツリーより高いのね さらにそこより上に リッツカールトンがあるんですよね。 このホテルの118階(!!)にある バーには行ってみたい。 高所恐怖症なのに・・・(笑) 夜だったらもっときれいなんだろうなぁ〜 と思いつつ 夕方に予定があったので 20分ちょっとで 退散 う〜ん分あたり100円かぁ〜 って そんな計算はしないね。 でも、こんな東京の景色が見れて満足ではあります。 さも これから このガラスのところに のろうとしている アングルでありますが わたくしが そんなこと するわけもなく 腕を伸ばして シャッターを押しての 写真です。 もう近くにいるだけで もらしそう・・・ 不思議ですよね ふつうに窓越しに 見る分には まぁ、大丈夫なんですけどね。 と わずかな滞在 待ち時間のほうが 長かったのですが けっこう 楽しめました。 今度は 下にある ソラマチを 探索したいですね 松屋浅草 こっちのほうが 全然いいですね。 電車は この細長い デパートの中に 吸い込まれていきます。 渋谷の東急は あと二ヶ月で 地下にもぐってしまいます。 東急東横店 東館は閉館になってしまうのですが 地下鉄銀座線は どうなるの?? |
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平成24年、2012年も終わりですね。 このブログも開設したのは2005年 まさかまさか こんなに続くとは・・・ 最初の頃は写真数枚に文章 だったのが まぁ、今ではだらだら なかなか本文始まらないわ 写真もなんだかだらだら ブログリンク かつては たしか、お気に入りっていったよな には ブログを開設してから お気に入りに登録したブロガーさんが 登録したまんま順番にはいっています。 一番最初が 前の記事にもコメントをいただいたDonky師匠 ブログっていうものを意識しはじめたのが この師匠のブログを拝見したことから ちょうど後輩くんからの後押しもあり 始めたのでした。 某新聞で香港で活躍する日本人なんて 大きく特集されていた記事 香港のことですからもちろんしっかりと保存をしていたのですが なんと この師匠が その方であったと知りびっくり!! ブログ開設後 初めての香港 図々しくもお会いしたいですなんて メールを送って お時間とってもらってお会いし さらにお宅にまでおしかけて 香港のマンション初体験させていただきました。 そのトップの師匠をはじめ ブログ上で そしてブログを飛び越えて実際に いろいろな人と出会いのあったブログ 今ではだいぶ大勢の方が ブログのほうは終了されてしまいました やはり ツイッターやフェイスブックなのかな それとも他へのお引越しをされたのか はたまたもう何もやられていないのか みなさんお元気ですかぁ!! これから どうなるのでしょうね この叉焼飯飯店 すっかり香港のご紹介というより 居酒屋探訪のような感じになってしまいました。 それでも 毎日70名〜100名ぐらいの方に ご訪問いただけて コメントを入れていただける常連さんがいらして ほんとにありがたいことです。 2012年も お付き合いいただきましてありがとうございます。 2013年も きっとこんな感じで 自己満足 だらだらしたブログをやっていきますんで お付き合いいただけるようでしたら うれしいです。 来年は新しい香港ネタ仕入れの旅 どうしようかな。 お正月の間にエアーでもチェックしてみたいと思います。 では、ではみなさん よいお年を〜!!! 店主 ころた 私の小さな人生/TULIP |




