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<第14回 仏教の歴史と最澄の思想>

 日本の仏教の歴史は、まず聖徳太子を抜きには語れないでしょう。
 552年、538年との説もありますが、日本に仏教がやって来て、聖徳太子が国を治めるにあたり、仏教の思想を取り入れて、当時の蘇我と物部が対立する中、蘇我馬子と一緒に新しい国を造っていきます。それが律令体制となっていきます。
 それで仏教がひろまっていきました。当時の仏教は勿論宗教ではあるのですが、国を支える思想のような位置づけだったのでしょう。

 昨年私は奈良をまわってきました。唐招提寺、薬師寺、興福寺、東大寺と暑い中、レンタル自転車とウオーキングでまわりました。特の興福寺に行った時に感じたのですが、境内に入ると、そこは大学のキャンパスのような気がいたしました。奈良時代において学問を修める場所、そのような役割を担っていたのでしょう。

 仏教はその後、空海、最澄の時代になります。梅原先生のご本にも書いてありますが、この2人を比較すると、空海の方がスケールも大きく、思索も深かく、大変な宗教家だったようです。しかしその後の仏教の影響を見ると、最澄の方が遙かに影響が大きかったと思われます。

 それは、先程お話しした山川草木悉皆成仏という思想が、最澄の弟子が著した天台本覚論に述べられているのですが、大陸から伝わってきた日本なりの大乗仏教を大きく変え、それを唱えたのが最澄だったのです。
 最澄の考え方、生きるもの皆等しくとの思想は、その次の時代、鎌倉仏教に大きな影響を与えていきました。道元、禅ですね、法然・親鸞の浄土宗、そして日蓮、法華経、等々それぞれに最澄の山川草木悉皆成仏の思想が受け継がれ、民衆の支持も得ていきました。最澄が大きなポイントでした。(つづく)


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