自己紹介
コタの病気のお話し★ 昨夜、久しぶりにコタが心臓発作を起こしました。 直前まで、気持ち良さそうに寝ていて、『起きたな』と思ったとたん、ケホケホと咳のような、 鼻の奥に自分の毛でも入っているような、喉に何かが引っかかったような、苦しそうな発作です。 そんなコタの背中をさすりながら息の音を聞くと、ゼロゼロ、ヒューヒューと人間の喘息の時の ような音が鳴ってます。 その音が止むまで、そばに付き添っていたくて、コメント返しの途中でしたが、一言メッセージに 「久しぶりにコタが心臓発作を起こしたので、コメント返し&ご訪問が遅くなります」と入力して、 コタが落ち着くまでの数時間表示させました。 丁度、その時間に来て下さった方や、コタが落ち着いてから私が遊びに行った先でコタの発作の ことをコメントに残してしまった方から、暖かい励まし&応援メッセージを頂きました。 ご心配かけて、申し訳ありませんでした。 以前も、コタの半生を紹介しましたが、改めて詳しく思い起こしています。 コタがウチに来る半月前まで、『こてこっこ』ちゃんというMIX猫と一緒に暮らしていました。 以前、このブログでも紹介したのですが、私にしか懐かない臆病なコでした。 こっこちゃん ←以前の記事。 同居している、というだけで、特別可愛がりもせず、水とゴハンをたっぷり用意して2晩ほど家を 空けるようなこともしていました。 こっこちゃんは、半年毎に検診を受けていて、健康なのを確認していたからできたことですが、コタを 可愛がっているようには、気に掛けていませんでした。 5年前の夏のある日、会社から帰って来ると、こっこちゃんがひっそりと死んでいました。 16歳まで、あと一ヶ月でした。 お気に入りの場所で、片腕を伸ばし、まるで、まったりと寛いでいるようなポーズで死んでいて、 何かの冗談のような気がして、こっこちゃんが死んでいることを頭が認識するまで、抱き上げて部屋中 ウロウロと歩き回りました。 こっこちゃんがいなくなり、私はもうネコちゃんと一緒に暮らすつもりはありませんでした。 でも、丁度、働いていた会社が倒産し、無職になった私は、毎日友人と遊び歩きながら、寂しくて 家に帰るのが辛くて、毎晩泣き暮らしていました。 可愛がって暮らしていた訳ではなかったのに、こっこちゃんのいない部屋にいるのが、辛くて辛くて 仕方がなかったのです。 実家でマルチーズを飼っていたとき、毎日の散歩がイヤで堪らなかった私は、ワンコを飼うこと なんてできないと思っているので、こっこちゃんがいなくなった寂しさを、ペットショップで子犬を 見ることで癒していました。 決して、ネコちゃんが展示されているところには寄り付きませんでした。 が、ある日、ドッグサロンにふらりと入ると、一番目立つケースの中に1匹だけネコちゃんがいて、 ガラス面に体当たりして私に大アピールするのです。 つい、じーっと見てしまい、店の人に「抱っこしますか?」と聞かれ、うっかり「抱かせて下さい」 と言ってしまいました。 それが、コタでした。 コタは、私に抱かれると、甘えるように私の肩に頭をもたせかけました。 急に涙が溢れ「このコを下さい!」 私は、叫んでいました。 次の日から、私はコタに夢中になりました。 散々水と戯れてから両手を水飲み皿に突っ込んで飲んでいる姿、私のコップに顔を突っ込んで 水を飲む姿、ひっくり返って大の字で寝る姿、いくら見ても飽きることはありません。 ところが、テーブルに乗って寝そべるのを止めさせるために、何度もテーブルから降ろしたり、 お尻を叩いて「ダメ!」を繰り返しているうちに、コタが私を威嚇するようになったのです。 しまいには、私と目が合っただけで「カーッ!」と言う始末。そして、ガルガル言いながら、私の 周りを徘徊するのです。チビとは云え、かなりの恐怖で、夜寝る時に私のベッドを衝立で仕切って コタが近づけないようにして寝ていたものです。 そして、数日後、また威嚇し始めたコタをキャリーバッグに閉じ込めるために手を伸ばすと、 コタが脱糞し、オシッコを漏らしたのです。 その粗相を片付けていると、雑巾が赤く染まりました。コタが血尿を出していたのです。 夜中だったのですが、慌ててあちこちの病院に電話をし、診て下さる病院までタクシーで1時間 近く掛けて行ったのですが、全身状態が悪くないから、翌日に家の近くの病院で診てもらうように 言われました。 そして、コタの闘病が始まったのです。 血液検査の数値が異常で、生後4ヶ月(本当は6ヶ月でしたが、血統書が届く前で正確には分から なかったし、病気の影響で成長が遅かった)なのに、血尿を出すのは、明らかに何らかの病気がある と思われるのに、その病名がなかなか特定できず、突き止めるのにあらゆる検査をして、1ヶ月近く 掛かりました。 その病名は、『門脈全身循環シャント』というものでした。 小腸から栄養分を含んだ血液は、一旦、肝臓でろ過され、心臓に向かい、酸素交換をして全身を廻る のですが、コタの場合、肝臓を通らずに心臓へ血液が送られていたため、毒素の入った血液が全身を 廻っていたのです。 きっと、身体の具合が悪く、毎日私を威嚇してしまっていたのでしょう。 典型的な症状としては、てんかんのような痙攣発作などがあるそうですが、コタの場合、この病気を 疑うような症状がなく、また、ワンコではたまにはある病気だそうですが、ネコちゃんでは、滅多に ない病気だったので、病名を突き止めてもらったのは、とてもラッキーなことでした。 最初に、家の近くの病院へ行った時だったか「購入して1週間だから、取り替えて貰えますよ」と 言われましたが、縁があって暮らすことにしたコです。とても、そんな気にはなれませんでした。 そして、病名が判明した時、対症療法をするか、手術で根治するかの選択を迫られました。 手術は、大掛かりなものになるし、ネコちゃんは深い麻酔をかけると生還できる可能性が50%程度 だから、手術自体が成功しても、生還できないかもしれない。薬で病状をコントロールしながらだと 1年くらいは生きられる、というのです。 私は、手術を選びました。治る可能性と、コタの生命力に掛けたのです。生後8ヶ月のことです。 そして、3時間ほどの手術から、コタは無事に生還しました。 小腸から肝臓に向かう正常な血管が細く、シャント血管がとても太くて、じわじわと血管を締める リングをシャント血管に付けたのですが、どうやら急激に締まったらしく、腹水が溜まって、お腹が パンパンに膨れたり、病気の影響で手術の傷の塞がるのが遅かったり、心配は尽きませんでしたが、 3週間の入院中、毎日面会に行き、コタと暮らせることを祈り続けました。 2ヵ月後、リングがしっかり機能してシャント血管が閉じているか、新たにシャント血管が派生して いないか、確認の開腹手術も無事乗り越えました。 が、その間、毎週のように血液検査・尿検査があり、また、タマタマが異常に腫れたり、片足だけが 腫れたり、アゴの下が腫れたり、と頻繁に病院へ通っていましたので、仕事を探すどころではありま せんでした。 そして、肝臓でろ過されないままの血液が全身を廻っていたことで、膀胱にストラバイト結晶ができ、 膀胱の手術も受けましたが、膀胱手術後は家中どこでもオシッコをしてしまうことはなくなったので、 コタと暮らすのは、随分楽になりました。1歳7ヶ月のことです。 病院慣れしてしまったコタは、待合室でもリードを付けてノシ歩き、空腹時と満腹時の血中の数値 を比較検査するために半日病院に預けられても、大股開いて昼寝をしたり、スタッフに「撫でて〜」 と頭突きをしたり、物怖じも人見知りもワンコ見知りもしないコに育ちました。 でも、ネコちゃんはキライで、そばに居なくても、ニオイだけで「ガーッ!」と怒ります。 毎週の血液検査・尿検査も少しずつ間隔が開いていき、2ヶ月毎でしばらく落ち着いていた3歳半 の時に、病気を見つけてくれた主治医がアメリカ留学へ行くことになりました。他に先生が6〜7人 いましたので、何度か診てもらいましたが、コタを任せておける信頼のできる先生がいなかったため、 過去の病歴・データを全て貰って来て、今の病院に替えました。 そして、すぐに心筋症であることが発覚したのです。もうすぐ4歳になる冬のことでした。 私が、以前から気にしていた、喘息のような咳は、心臓の発作だったのです。 心臓が肥大していて、ポンプ機能も弱いのです。病院を替えたのは、大正解でした。 この病気が怖いのは、血栓ができて押し出され、下半身で詰まった場合は下肢の麻痺、心臓より上で 詰まった場合は、脳に血液が行かずに死亡することです。 ですから、今は、元から飲んでいた強肝剤の他に、心臓の働きを良くする薬と、血栓ができないよう にする薬の3種類を服用しています。 最初の手術直後は、7種類もの薬を飲んでいたことを考えると、随分少なくなりましたが、一時は 強肝剤1種類まで減っていたのに、今後、薬が増えることはあっても、減ることはないそうです。 コタが最初の『芸』を覚えたのは、1歳2ヶ月のことです。 それまで、毎週のように採血されても病院が大好きだったコタが、診察台の上で主治医を「カーッ!」 って威嚇したのです。主治医もショックを受けていましたが、私はもっとショック! で、どうしてそう思ったのか自分でも疑問なのですが、「芸を覚えさせよう!」と決意したのです。 わずか、40粒ほどのゴハンで、すぐに覚えました。次に病院に行った時に披露したら、主治医も スタッフも大喜び! コタの『お手』を自分の手に受けた主治医は、感激してヘナヘナと崩れ落ちました。 実は、コタを育てるのは、とても負担が大きかったのです。心身的にも、経済的にも。 『芸』を教え始めた頃は、今の仕事に就いたばかり。まだ膀胱の手術前で、帰宅すると家中に粗相を しているので掃除に追われ、毎週のように血液検査・尿検査・エコー検査などがある上に大量の投薬、 ある程度の貯えはありましたが、3度の手術と長期入院の費用は莫大で、正直 「どうして、このコを 連れて帰ってしまったんだろう」 と思う日もありました。 今でも、平均2ヶ月に1度の検査、毎日の投薬、療養食などの出費は、月平均2万円ほど掛かります。 コタは、私がいないと生きていけない。子供と一緒で、ただそこに居てくれるだけで愛しい。 けれど、コタが『芸』を覚えてくれたおかげで、他の何者にも代え難い深い愛情を持てるのです。 コタに私の気持ちが伝わっている、コタと会話ができている、そんな気がするのです。 私は、こんな、とても身勝手な飼い主です。 コタのファンになって下さった皆さんには、正直に打ち明けたくて、長々と書いてしまいました。 読んで下さって、ありがとうございます。 今日は、コタをそっとして置きたいので写真は撮りません。 また明日から、コタの写真と日常を記事にして行きます。 今度の2月で6歳になるコタ。このまま、無事に年を重ねて行ってくれることが、私の願いです。 敢えてコメントを不可にさせて頂きますが、こんなコタと私を、どうか、これからもよろしく
お願い致します。 いつも、ご訪問頂き、暖かいコメントを頂戴し、感謝の気持ちでいっぱいです。 |


