|
先日、日記にも紹介しました、仮設住宅にて共同スーパーを開店された方と連絡を取りました
春風メンバーから支援品の提供情報を頂いたのですが、足利の避難者さんからは希望が無く、いわきの仮設の方へ告知してもらう手筈を取りました 共同スーパーのレジ横に張り紙をしてもらえることになりました 足利からいわきへ いわきから足利へ 支援において大切なことの一つに【窓口】があります 窓口がきちんと構築されていること 窓口を通さない支援はともすると一方通行だったり、押し付けだったりしてしまう危険性をはらみます 避難所では春風が窓口としての機能を果たせていたかと思います 今回、いわきの仮設との窓口が開けたことにより、また一つ支援の可能性が広がりました 窓口を開設するの大切なことは「信頼」かと思います 今回、スムーズに窓口を開設できたのも今までの活動があればこそかなと思います って、なんか、硬い文章になってしまいましたが、せっかくのご縁、大切にしたいですよねー(´∀`) そんな感じです。 いわきの仮設は300戸以上あり、木造の仮設だそうです。 ぜひ遊びに行きたいなーとお話を伺っていて思いました そうそう、スパリゾート・ハワイアンズとセットでね♪ 楽しみがまた一つ増えました♪ 人と人のつながり。こんな時だからこそ、大切に感じます。 震災を忘れないって、大げさに考えるんじゃなくて、意外とこんな事なのかもしれませんね この窓口にたくさんの人と想いが集まり この窓口からたくさんの人と想いが広がればいいなぁ そんな風に活動していけたらと思います この指とまれ〜みたいな存在でありたいなと思う。秋の夜長です(*^。^*) |
避難所ボランティア
[ リスト | 詳細 ]
|
春風が運んだ種がいわきの仮設住宅で実を結びました
http:// www.min po.jp/v iew.php ?pageId =4107&m ode=0&c lassId= &blockI d=98998 99&news Mode=ar ticle この方、足利の避難所に避難されていた方です 当初、どんなに励ましても「もう商売は無理だよ」そんな答えしか返ってきませんでした 4月いっぱいで避難所が閉鎖されいわきのアパートに引っ越されました そうそう、以前、桃を仕入れたのもこの方からです 以前、電話でお話しした時、「もう一度、商売を始めようと思ったのも、春風の皆さんをはじめ、支援してくれた方、何より、こんな時だから地元に恩返しがしたいんだよ」と 仮設は生活のための施設なため、商売をするにはいろいろな制約や、届け出がたくさんあるそうです そんな課題を粘り強くひとつずつクリヤーしての開店です 嬉しい。本当に嬉しい。 自分たちの関わりによって、関わった方が「自分の足で」歩き始めてくれること 誇りに思います そして、自分自身を褒めてあげたい 「春風の皆さんがいてくれたから」 そう言ってくれました 違います 「あなたが居てくれたから。支援出来たんです。ありがとう」 そう伝えました 今は、この方を窓口として、楢葉の仮設に住んでる方々に何か支援出来ないか 模索中です |
|
さて、皆さんマンボウ食べたことあります??
触感はイカか貝のようで、ちょっと癖があるかな 海なし県の栃木ではまったくと言っていいほど食べないのですが おやじが何を思ったか(安かったからと言いますが(;´∀`))仕入れてきました さてどうしよう ん〜。とりあえず酢味噌和えかな。。。 マンボウは繊維質が強く、カニかまのように裂けます 繊維に沿って食べやすい大きさに切って 酢味噌で和えます ん?ちょっと待てよ。 福島、浜通りでは食べるんじゃね? さっそく避難者さんに電話してみました♪ 「ごめん。いま、娘と遠足に出てる」と怒られ。ゴメンナサイm(__)m 二件目 「いやぁ。食べないっすね」とあえなく撃沈 三件目 津波で流された、魚大好きなあのおじいちゃんなら。。。と 「食べるよぉ〜」と思いっきり羨ましがられました イカン(;・∀・)。調理法を聞くだけのつもりが。。。 思いっきり里心つかせてしまった(反省 地元では、肝と酢味噌を合わせて食べるそうです 「手で裂くんだよ」とのアドバイスも頂きました こうなると差し入れない訳にはいきません 支援魂wに火が付いちゃいました 休憩時間、ちょこっと余らせたマンボウもって お宅に訪問 その後、がっつり一時間半以上色々なお話を聞かせて頂きました 老夫婦で足利に避難されています 話す言葉は福島なまりで 映画「フラガール」そのもの 「くんちぇ」って語尾はいつ聞いてもほんわかしてしまいます 電話で話したときは元気が無い声で心配でしたが お会いして話をしているうちにホントに元気になってくれました 食文化が違うって年配の方にはホント、ストレスなんですねぇ 聞けば、7ヶ月も足利に居るのに、ほとんど、足利の地理を知らず おすすめのお店など地元情報もお知らせしてきました いつか福島浜通りから、魚を仕入れられる日が来るかなぁ 根が深い。。。。です |
|
先日、お茶会が開催されました。
避難者さん5家族、支援者含め20名ほどの方が参加してくださり和やかなひと時を過ごせました カーペット敷きの広い会場を子供たちが遊びまわり、 若いママさんグループ、 年配の方のグループ、 そして子供たちと自然と輪ができ、 自分ものんびりと全体に関わることが出来、だんだん力が抜けて支援できるようになりました それも、それぞれの方がなんとなく自然に自分の役割で動いてくださってるおかげと感慨深いです 避難者さんの生活も落ち着きつつありますが、 次のステップに向けてどう動くかが気がかりです 静かに、そして確実に見守り、支えていけたらと思います お茶会も、はや8回目 回数を考えると、きちんと積み重ねられてきているのかな そうそう、久しぶりに子供たちに会い成長の早さにびっくりΣ(´∀`;) 「幼稚園に入ってから急にしっかりしてきたんですよ」って言葉に いろいろありましたが未就学児の支援を頑張って良かったなぁと 関わって下さった方々に感謝、感謝です |
|
先日お邪魔した老夫婦の避難者さん
原発と津波の被害にあわれ足利に避難してきました 津波で流された家のあった土地は防災上内陸に代替地が用意されるのですが 半分ほどの広さの土地しか用意されないそうです いつから日本はこんなんになったんだ? 「そこまでして帰ぇったてなぁ。。。」 そんな言葉が力なくこぼれてました 地元では、海沿いの家で、たくさんの魚を買ってきては 干物にして親戚に送ったり 畑を耕して野菜作ったり 裏には大きなたこの加工工場があって、茹で上がるとそら、いい匂いでなぁ 「たまにかぁちゃんに頼んで買ってきてもらうんだよ」 「こっち(足利)はたこが高くてなぁ」 そんな工場も津波の被害にあい、二階部分が内陸に流され、一階部分は跡形もなく 「こんな太い鉄骨の柱だったんだよぉ」と 津波の破壊力を思い知らされます 原発も、避難準備区域のため(20〜30キロ圏内)補償もどうだかねぇ と、力なく話してました そんなたこの話を父親にすると 父親が市場の仕入れの時にたこ買ってきました こたがたこのお金は払いましたがねw さっそく、差し入れてきました たこだけ置いて、挨拶だけして。。。。 数時間後、同じく足利に避難してきている親戚の方からお礼のメールが届きました 親戚の方にもおすそ分けしてくれたみたいで そんな事でもなければ、きっとずっと家に引きこもっていただろなぁと ほんと嬉しいメールでした 被災地での炊き出しに行った方のお話ですが 「俺らは物乞いじゃねぇんだから、食いたいもんのリクエストなんかしねよ」 と言うのですが、信頼関係が出来てくると、ホントはうどんばっかじゃなくてカレーと食いてぇんだよなぁとか話してくれるそうです 今回のたこの話も、けしてリクエストしてくれた訳ではありません もしかしたら、たこを差し入れたばっかりに余計切ない思いをさせてしまったのかも知れません それでも、心が動いてしまうから そして、調理師として安くたこが仕入れられる立場でもあったから。。。 5年後とか、10年後とかに、足利で食った、たこもうまかったなぁと 思ってくれたら。。。 何が出来るかわからないし 何がその人にとって一番いい支援かなんて答えは無いのかもしれない それでも、無関心を装うということは 自分の中でもはっきりと「嘘だ!」って言える 震災当初の混乱の中、緊急を要すような支援ではないけれど 邪魔にならないけれど、そっと生活に寄り添える 今はそんな支援の時期なのかもしれませんね |







