全体表示

[ リスト ]

 今朝は、いつものように目覚めた。

 そうだ、昨夜の夢は、初夢である。

 その夢とは、楽しい仲間に囲まれながら、手紙を読んでいた。

 仲間は、冷やかしや囃す者もいた。まるで恋文をもらったように。

 私は、その手紙を読み始めた。


 
 「女王卑弥呼の手紙」
 
 あなた方がこの手紙を読んでくれるのは、いつになるだろうね。あなた方は、私の何百世代先の子孫と

か、私には、あなた方が、またどんな人か分からないけれど、あなた方が確かに私の子孫であることを、

あなた方の魂に刻み込まれるために、この手紙を書きました。楽しく読んでね。

 それでね、女王卑弥呼としての塚を作ったわ。私のお墓よ。霊山高良山の麓にあるわよ。筑後平野が見

渡せる少し高台の神聖な所よ。あなた方も一度は尋ねてね。

そこは、私が安心して眠る所だけど、気がかりなのは、ほぼ百人ぐらいの召使たちが、一緒に殉死すると

思うの。私を慕う女人ばかりだから、仕方ないと思うけど辛いわ。

そんな鬼道の女王卑弥呼の話をしてみるわ。              
 

第一の手紙  

 「鬼道女王卑弥呼」と魏志倭人伝でそう呼ばれていたわたし。

ずいぶん長生きをしてしまったねえ。そう八十八年間も生きているのよ。これも、神仙術を使ったため

に、そうなったんだね。

思えば、いろんな事があったけど、どこから話していいやら。そうそう、あなたには、しっかりと伝えて

おかなければいけないことがあるの。


 女王としての仕事は、民の幸せのために未来を占う事だったり、国の安全を祈り、予言することなの。

一番大切にしていたのは、和合することなんだよ。魂の和合だよ。無駄な戦争なんか金輪際してはいけな

い。例え、啀みあったとしても、和解して仲良くすることだよ。

美味しい葛湯を啜れるのも戦いがなかったからだよ。壱台も美味しそうに飲んでいたよ。あの子は、こと

の外勘が鋭いから、きっと国のために役立つわ。
 
 
 実はね、七、八才頃に、漢の桓帝が治世する時代だけれども、会稽(漢)まで父に連れられて行った事

があるんだよ。そのとき、漢語を覚えたし、文字も書けるようになっていた。漢人の友達で漢語の師匠

が、曹龍だったよ。あの曹一族さ。


 曹家は、後に魏の皇帝になる一族だが、もともと倭人に絹織りの最高の技術を教えて、倭国で大量生産

することを考えていた。その企みと父の交易の利害が一致したらしいね。そして、父は、倭国に帰るとき

に一緒に、絹織り技術者を数十人連れ帰った。それが、父が権力を掴む源になった。もちろん、最新式の

農業技術も同時にもち帰ったさ。女王国のある筑紫御井郡(高良山麓一帯)で、その農業技術と絹織り

が、女王国の繁栄を築いたね。瞬く間に栄えていったよ。


 私が、十二歳のころ人の心が見えるようになっていたのよ。

神秘な霊性にあふれる高良山によく篭って神仙術の修行をよく積んだね。今でも、その場所は秘密にして

いるわ。高良の神と私の約束だから。


 一方、倭国の、そのころは、各国、部族間では戦が絶えなくて、父はよく私に敵方王の心を尋ねたもの

よ。

 小さいころから、霊感があることに、父は、少し気付いていたのね。

西暦一七〇年、倭国の大乱と言われるころには、先のことも見えるようになっていたね。父が、戦に負け

るわけがないよね。私の予言があるのだからね。

 
 ちょうど二十歳のなったころ、女王にさせられたのね。邪馬台国を中心に倭国を纏めるためよ。私は、

恋もしたかったわよ。でも、男の心がよめるから、言い寄る若者なんか回りにいなかったのよ。

でも、私は、強力な霊能力とともに、カリスマとして倭国の民に、絶大なる信頼があったのよ。これが、

女王に祭り上げられた理由だわ。



 中国や楽浪郡や帯方郡の中国人たちと交易をよくしたものだよ。中には、呉人や朝鮮半島の海人族もよ

く交易に来ていたね。女王国は、筑後川河口に湊をもっていたから、そこから直接楽浪郡あたりに船出し

たものよ。倭絹や米を運んだね。女王国にも、たくさん中国人がやってきていたね。

楽浪郡から来た王衝という方術使いに、道教のこと神仙術のことなど会得させてもらったわ。そのこと

で。私の霊力がさらに強くなったわね。

 宮の侍女達を連れて高良山の奥の院には、十日に一度は、上ったものですよ。奥の院はね、聖水が出て

いるの。とても、霊力のある水なのよ。

だから、器に入れて運んだのよ。

巫女しか入れないのよ。でも、高良の神と相性の合わない人は、気が触れるわ。それだけ霊力のある山な

のよ。さらに奥に入り込むと温泉が出ているのよ。とても気持ちがいいお湯だわ。それも巫女たちしか入

れないわ。お湯で体を清めるのよ。最高にいい気分になれるわ。この湯のことは、私たちのほかに、山の

民が知っているのよ。

山の民の酋長エモは、私に誓ったのよ。

「女王に従います。命令はすべて聞き入れます。」

「私は、そなた達を加護することを約束する。決して、私に逆らうことの内容に厳重に言い渡す。」

「お、お、女王さま、すべて仰せの通りいたします。」と膝をついて、傅いた。そのときに私は、その約

束の印に鏡一枚を与えたわ。

 なぜ、エモは私のしもべになったかって? 

 それは、エモが高良山の奥深いところで、怪我をしていたときに、たまたま私と出会した時、ドウカン

草を近くで探しだし、それでエモを手当ていてあげたことに縁をしたの。以来、エモは私にゾッコンにな

ってしまったわ。

 エモは、山の民の酋長だったのね。これって凄い出会いだったわ。だって、山の民は、足が速いでしょ

う、だから、あちこちに知らせがあるときには、お知らせ役として、とても、助かるの。播磨国まで、た

ったの二日よ。信じられないでしょう?

 でも、山の民のことは、私もよく知らないわ。とても不思議な人たちよ。私が女王として、倭国を納め

ることができるのも、山の民のおかげよ。これ秘密にしてね。

 卑弥呼の親衛隊は、もっとも強力な軍事組織だったわ。隊長は、葯葯(やくやく)にさせていて、副隊

長は、煌々(こうこう)に勤めさせたわ。特に弓の名手がたくさんいたの。なんていったかな、そうそ

う、ユミハリとかいったね。そのまんまの名前ね、少しおかしいわね。うふふ。

 これも、山の民のエモが、ユミの使い方を、兵士に教えてくれたおかげなのよ。山の民からも数十名ほ

ど、親衛隊に参加しているよ。命知らずの頑強な男たちだから頼もしいかぎりね。なにしろ、二〇〇歩先

の小さな的でも、弓で当ててしまうくらいだから凄いわね。

 でも、親衛隊のほとんどの兵士は、私の信奉者ばかりよ。だから、出自とか、素性の分からない連中も

多いわね。そんなのかまわないわ。

 隊長葯葯(やくやく)の就任式は、当然厳かになるわよ。女王卑弥呼よりの下命だからね。親衛隊二〇

〇名ほどの前で、神聖に行われるわ。こうすることによって、隊長葯葯の命令は、女王卑弥呼の命令

と同じになるのよ。それが、大切なところね。


 天気のよい、風がない日を私が、方術使って日を選ぶわ。式が終わると、無礼講の宴会が、広場で始ま

るわ。お祭り騒ぎになるわ。みんな酒が好きでしょうがないわ。女王卑弥呼は、そんな品位のないところ

に参加しないわよ。

                女王暦六十年春近し頃。御井宮殿 奥の間にて記す。



 邪馬台国の中に、首都女王国があり、使い分けしていたのよ。なぜかって、それは、女王国は女系だか

ら、投馬国女王国卑弥呼は、祭政一致の政治をしていた。女王二なる前から、多くの国の人々から、鬼道

のカリスマで合った。鹿笛を女王国の命令発布の印としていた。鹿笛が奏でる神聖な音階が、女王国の参

内への命令曲となされていた。その曲を聴いたそれぞれの王たちは、神聖で敬虔な感情が湧き上がる。鹿

袋に入れた、高良山のありがたい聖水を卑弥呼は、鬼道信者たちに配り、庶民は、その聖水で病気や怪我

の治癒に使っていた。それは、よく効いた薬と同じような効果をもたらしていた。多くの子供たちは、そ

の聖水で命が助けられたものがたくさんいたので、卑弥呼はますます、神様として崇められていった。


 高良大社は、初詣で1年中で一番参拝の人が多いだろう。

 私も、出かけなければ・・・。

閉じる コメント(2)

顔アイコン

こんにちは、興味津々で千、万ページでも読み通したでしょう。また後披露くださいね。お待ちしています。

2008/1/2(水) 午後 1:00 [ - ]

顔アイコン

susakami8 さん
コメントありがとうございます。
また、感応したことを書き留めます。

2008/1/2(水) 午後 1:15 [ サムライ加藤 ]


.
サムライ加藤
サムライ加藤
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事