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愛という名の幸せツール その1
私は、57歳になりますが、まだ、愛の意味深さに戸惑っている年齢です。
イエス様の、左の頬を叩かれれば、右の頬も出せといわれています。
そういう怒る感情に刈られている人を、哀れみなさいということなのだろう。
そして、広い心で愛してあげない。そうすれば、あなtも相手も救われますよということなのだろう。
私には、よく理解が出来ないキリスト教西洋文化のところかなと思っています。
しかし、この「愛」を人間関係のツールとして、考えてはイエス様に失礼だろうか?
怒って、飛び掛ろうとする人に、この「愛」をもって、接し、あなたを哀れみますようと
伝えることが出来たなら、怒りに燃える感情は、おそらる水を掛けられたように静まると思います。
それは、もちろん、状況次第であります。凶器を持ち、すでに鬼化した野獣人間には、通用しません。
そういう時は、すぐにその場を離れ、警察に対処してもらうしかありません。
感情の縺れから、殺人事件に発展する場合がありますので、小さな火のときに、「愛」という
消火器で「小火」っを消せないものだろうかと思うのです。
人に、優しさと思いやりがあれば、その人は「愛」という人間関係改善葯を持っておられるのと
同じに思えてくるのです。「愛」は、意味深いし、人を本当に救うものです。
この「愛」を、人と人が平和に暮らすツールとして、皆さんが使いこなせたら、どんなに
過ごしやすい町やご近所さんになれる事かと思います。
まだまだ、これからこの「愛」を極めつつ、人間関係に役に立つツールとして、
皆さんが使えないものか探求していきたい。
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