猫と三十路女の田舎の静かな生活

あんまり、体調よくないですね〜(T_T) でもガンバルっす。

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心の傷は癒えたか?もう誰かを愛せる準備は出来てるか?
ドイツもコイツも掛かって来い(笑)
二股上等、今度されたら相手諸共、地獄に突き落とす♡
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カラオケ5時間

友人と二人でカラオケ5時間コース行って来た。なんせ一人800円もんで…。

腹も減ってたのでビール飲み、チョコパフェ頼み、焼きそば、オムライス、鳥軟骨…(頼みすぎ…)

今日はとにかく歌いたかったのだ。

とりあえず最初は若い子にはわからんかも知れんが、
八神純子の「パープルタウン」から始まり、「みずいろの雨」「想い出のスクリーン」で
爆発しといてその後は
SHOW−YAの「限界LOVERS」で叫んできました。
一応、新しい曲とかも歌ったりはしたんですけど。

その後ぶっ続けで二人で5時間歌いまくりましたよ〜。久し振りに弾けた。

最後あたりは二人とも想い出の曲を入れまくって過去の男を思い出したり(^_^;)
で、その子がふと「ねぇ、もどれるんなら前の彼と幸せな頃に戻りたい?」
って聞いてきた。

キチンと考えて答えたよ。
「いや、戻れるなら幸せな頃にはもう戻らないな〜。もしも神様が戻らしてくれるのなら
 別れ話の時に戻って、かなりドロドロでも何でもいいからもっともっとキチンと別れたいね。
 私は、強がりでついつい『私は大丈夫だよ』って言って、結局最悪なくらい傷ついたし、
 格好つけたかったのかもしれない。でも今思えばもっともっとあそこで自分を曝け出して
 泣いてもスガっても暴れてもよかった。そうすればこんなに4年近くもこんなじゃなかったかもね。
 私の後悔って言ったらそれが一番かもしれない。」
と長々と語ってしまった。酒のせいだろうか。
でも、ホントにラブラブだった頃に今は戻りたいなんて思わないのだ。
あれから私は無駄に生きてきたワケじゃないし、あの人とあの頃に戻ってもやっぱり今考えると
同じ結果になっていると思う。別れてすぐだったら「戻りたい」って即答だったと思うけど。
時間ってやっぱすごいね。別れてすぐは彼氏がいない時間が本当に辛くて辛くて地獄だったのに
結局、時間が私を強くしてくれて、癒してくれてる。
今年の私の時間は少しずつですが、時計が動き出しているようです。今まで高校を卒業して
会ってなかった友達との飲み会とか食事会とか新しい友人との出会いとか仕事の変化とか
気づかないうちに変わってます。自分が動けば今まで見てなかった風景が見えるんだろうね。
昔は知ってたはずなのに忘れてました。

失恋のおくすり

イメージ 1

今私が読んでる本のタイトルです。

コレは私が元彼に振られた時に精神的にズタズタでみつけたHP

「失恋から立ち直りたいあなたへ」
http://www.moon-vista.net/heart/

が本になりました。

たかが失恋に痛いほど打ちのめされ、自分に自信がなくなって
どんどん壊れていく心に妙にしみこんだ言葉たちです。
他のどの本を読んでもどうにもならなかった想いが
このHPで少しずつ解凍されていきました。
多分私の心に近い感情だったのかもしれません。

その中の「あなたへの言葉」が好きです。
現時点で82通の言葉が載せてあります。
是非、一通目から読んでみてください。
特に失恋を長く長く引きずって生きている方。
是非、失恋で悩んでいる人一度読んでみてください。
あなたの欲しい言葉がどこかにあるかもしれません。

昨日友達と話してて友人曰く

「旦那ともう一年Hしてないよ。うちら仮面夫婦やけん」

って。そうなんだ。
こんな綺麗な嫁に手も出さんでよそに女がいるらしい。
なんて贅沢な男なんだ。私が男だったらこのコのナイスバディこんなにもてあまさせんぞ!
とおっさん臭い事を頭の中で思っていたときにその子が

「あんたは、どのくらいHしとらんと?」

って聞いて来たから臆する事もなく

「3年!!」

というと友達は口に入れていた飲み物を軽く噴出して

「3年!!???」

ってビックリマークがたくさんつくぐらいビックリしていた。
彼氏と別れて3年ずっと新たに男できてないんだから普通じゃん。
そんなに驚く事だろうかね?

田舎の子は東京にいくとみんな擦れて帰ってくると思ってるところがある。
大間違いだ。田舎の方が意外と性に関しては開放されている部分があるよ。
帰ってきて不倫してる人とか多いのにビックリしたもん。こんな小さな町で不倫だ何て勇気あるじゃん。
みんなに知られてないと思ってるのは自分達だけで回りは全員知っている。恐ろしい。

で友人
「寂しくない?私一年でも寂しいのに」

私 「寂しくないと思うよ。だって相手もいないのに体はしたいとは思わない。
   好きな人に触れられるから感じるわけで相手がいないのだから別に不自由ではない
   相手がいるから体も心も相手を求めるんだと私は思うんだけど」

私は好きでもない男に触れられる事すら私はいやだ。
確かにこの体をもてあますのは正直どうなんだろう?
そう思うことがたまにだがある。でも、愛する人にだけ触れられていたい
そうじゃなきゃこのまま朽ち果てて行ってもよかろう。

GRAPEVINEの「アダバナ」という歌があるがアダバナねぇ〜なんて思っていたのだが、
 咲いても実を結ばずに散る花。転じて、実じつを伴わない物事。
 むだ花。「―を咲かす」「―に終わる」という意味。

ムダ花でもいいと思う。徒花(あだばな)を咲かせるくらいの気持ちで生きている。
実をつけなくても、生まれてきて結婚もせず子供も産まない女を花にたとえてアダバナとすると
それでも良いのではないかと思う。儚く精一杯咲いて咲いて散っていきましょう。


種をつけずになぜ新しい花を作る事が出来るかって?
花には「挿し木」って方法があるんだよ。
種は作れなくても生きていけば何かを残せる。

セックスだの子供だのそんなのは人生の中ではちっぽけなもんだ。
自分がどう生きるかは自分で決める。
寂しくてもそれを誰かで埋めたりしない。

たった人生の中で3年セックスしてない事なんて私の中ではたいした事じゃない。
100回のつまらないセックスより一回の濃密で幸せなセックスを私は知っている。

まぁ、人生色んな生き方がある。旦那が愛してくれなけりゃ別の男で寂しさを埋めたいと思えば埋めればいいし。やっぱり旦那がいいと思えば愛人に負けない何かを探すなり、別れるなりすればいい。

その生きていくうえでセックスや子供やらを通り越えた時に運良く誰かにめぐり合えたらそれはそれで良いと思う。

生まれてきて生きていることが既に奇跡そう誰かが言っていた。

今日も頑張って働いて、お花をアレンジして花束を作って誰かの人生のほんのちょっとの幸せってスパイスの役割を果たせたらと思う、今日この頃。
私の作った花束やブーケを手にしてほんの少し喜びを感じてもらえたらそれが私のある意味の『挿し木』という意味です。

書いてて何言ってるのか自分でもよくわからなくなってきた。人生色々だな。
他愛もないHと言う話で私はここまで考えてしまうなんて年取ったね〜(^_^;)

失恋記念日 (;_;)/~~~

今日は何の日?
石野真子の歌じゃないが「失恋記念日」だ。
三周忌なのか?イヤ祝三周年!!(年がバレルよな〜)
今日はぁ私の〜失恋記念日ですぅ〜。思わず車の中で歌ってしまった。
と言うことで昨晩12時過ぎに一人でエビスの黒ビールなど飲みながらこの三年頑張ってきた私に対して乾杯した。そして少し泣いた。

あの人と別れた直後から2ヶ月近く殆んど記憶が曖昧だ。
毎日何をしていたのか…。
仕事は何とかしていたけど花束もアレンジも全く作れなくなって毎日ボーっと配達の日々。
丸4日間一睡も出来なくて水も食べ物も全て受け付けなくなって、親友の由美子ちゃんをとても心配させた。
最後にはお医者さんに行って点滴と精神安定剤、睡眠薬の日々だった。
安定剤を飲んでその薬が効いている数時間だけがあの人の事を忘れることができた。
でも薬が切れるとまたあの人の事で苦しんで。少しでもじっとしていると体中の細胞がブチブチ切れるような感覚で私の中にどっと押し寄せるなんともいえない感情。

不安、恐怖、怒り、切なさ、嫉妬…。

自分でも言いようのない感情が私を支配していた。
だからその感情から逃げるように車でひたすら朝が来るまで走りまくっていた。どこをどう走ったのかどこに行きたいのかも解らずに。
そうしているうちに2ヶ月ちょっとで15キロ程痩せてしまった。生理も止まり周りのみんなが心配するのが自分でもわかった。だから「夏バテなんだよ」ってごまかしていた。
最終的には食べ物を受け付けないどころか食べ物の味がしなくなってきた。味覚がもう麻痺していた。
豆腐も母の作るおにぎりもヨーグルトも全てそれは無味で何を食べているのかがわからなかった。最悪の日々だった。
消えてしまいたい、死んでしまいたい…そう思うようになったのがこの頃だった。
毎日走りながら今このカーブでハンドルを切らなかったら車ごと崖からダイブして私は人ではなく只の肉の欠片になって、この苦しみから逃れるのだろうか?
そうバカなことを思っていた時に由美子ちゃんの「ちゃんと食べとるね?ちゃんと寝とるね?」と電話の声で我に戻った。
あの電話がなかったら本当に今こうやって過去を振り返りながら日記など書いている私なんか存在していないかもしれない。
あの声を聞いた時に「今死んだらこの悲しみは一人の物ではなくなって、この悲しみにみんなを巻き込んでしまう。」そう思ったら死んだり出来ないと思った。
今死んだら母は悲しみに暮れるだろうし、友人は私を救えなかったことを一生後悔するかも知れない。この悲しみからいつ解き放たれるかは解らないけれど今は生きていくしかないのだと思った。それは苦しい選択ではあったが生き続けるそれが私が選んだ道だった。

私がおかしかった頃と父のアル中の症状が重なってそれも私を追い詰めた。
毎晩々幻覚を見て、喚き叫び暴れる父を見て、殺意すらもった。
いや殺そうとホント真剣に考えたのだ。
でも私の中の僅かな理性と情がそれを寸でのところで止めた。今思うとその理性に感謝だ。
後酒の飲みすぎで体を壊して歩けなくなって食事も取れなくなった父は今も酒は呑み続けているが年のせいか体もよく動かずに今のところは落ち着いている。
本当にあの時感情のまま父を殺さなくてよかったと心から思う。

たった一人、愛した男が目の前からいなくなった…それだけのはずなのに心臓を抉り取られたような感じだった。
自分でもどうにもならない感情には対処できなかったな。
由美子ちゃんもいつもどっかしら恋愛にクールな私の変化に対応が難しかったらしい。
いろんな事に闘う免疫は持っていたけど、男の人をどっかしら信用していなかった私は初めて男の人を心から愛し失うということに対処できなかった。

私は愛という禁断の実を食べてしまったのだろう。

あれから三年、あの人が私以外の人とでも同じ空の下で幸せでいてくれたらそれでもいい…そう思っているのは本当だ。いつも笑っていて欲しい。仕事も順調であって欲しい。
でも、その想いとは別であの時にさよならを自分からずっと切り出さなかったあの人のずるさに傷ついた心は今だ癒えなくて、まだ夢にうなされたり落ち込むこともある。
昔みたいに笑える私になりたいとがんばってはいるけど結構難しいものなんだね。

あの人のいない日常には寂しさは感じるけど慣れたし、あの人の心変わりは私のせいでもあるし、彼の心を引き止められなかった力のなさ、それはもう私の中に仕方のないものだと思えている。何をそんなに長く引きずっているのかずっとずっと考えていた。
私は決して潔癖症でも完璧主義者でもない。
でも、他の女性に触れたその手で義理のように触れられていたそう思うと別れた後、何度も吐いて頭痛が止まらなかった。
あの人と別れて2ヶ月以上経った時にもう一度自分の心を終わらせたくてあの人に会った時に足元が悪いところであの人が何気に差し出した手を私はすんなり握ることが出来なかった。
その躊躇はあの人ではなくて男性に対しての恐怖だった。
小さな傷なのにどんどん私の中に充満する恐怖。子供の頃の恐怖にリンクして別のものに代わって行った。も
う、どうしていいのか解らなくて投げやりになった私は愛していない男に体を委ねようとした。
でも、不思議なもので心が乾いていると体も乾いて反応しないのだ。
情けなかった。もう、女性としても駄目なんじゃないか…って。
あの人に出会うまでは素敵なムードと少しの感情があれば大丈夫だと思っていた。
でも、愛する事を知った今はもうそんなことが出来なくなっていることに気がついた。
あの朝は苦しかった。結局その人とも何もないまま終わってしまった…。
もう、自暴自棄になることはないが、よく「減るもんじゃないだろう」そういう人がいる。
いやいや愛していない人との関係は自分をすり減らせるんだとあの時痛く思ったものだった。
別れてまだ少ししか経っていない時にあの人の結婚を知った時に「私はもう大丈夫だよ」そう伝えた。
大丈夫なワケないのだが…。でも、私はそういった生き方しかできない。強がって強がって生きて行く事しか。

今も尚、長く長く心は暗闇の中で光を探しているけれど、少しは強くなれただろうか?
この3年心のそこから笑うって事を忘れていたけれど、これからは笑えるようになれるといいなって思う。
結局、今日この日記を書きながら何を言いたかったのか解らなくなってきたけどこの3年間本当に毎日考えてきた。
自分について、家族について、愛について、これからについて…。
生きていると全てにおいて終わりがやってくる。
命や物の寿命、愛や友情…。その終わりはいつ来るかなんて誰も解らない。
今日なのか10年後なのか。只、終わる時に後悔しないように生きていかなくっちゃって思った。
あの人との出会いも必然、別れも私には必然だったんだと思えるように強く強くなりたいと今は思っている。

今は人から言わせれば小さな幸せなのかも知れないが猫の元気な姿と友人達との楽しい時間がなんとか私を元気にしてくれる。
もう三年経った。先日は大掃除でもう本当に全部片付けたし、これからは切り替えの時間だと思う。今まで私を支えてくれた人や猫たちに少しずつ想いを返していけたらと思う。
今日からはきっともっと楽しい日々になる。あの人と別れたことが私にとって正解だったと言える様にまた前を向いて歩いていこう。

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捨てるという作業

今私は、すべての物を片付けている。タンスの中から書類から。
服は三年間着ていない物は片っ端から箱に入れて処分待ち。と言っても捨てるのは嫌なので大分の叔母がいつも私の要らなくなった服は気に入ったのを持って帰っていくのでそれで残ったら後は処分だ。

何故、こんな大掃除を始めたか…それは23日の土曜日に同級生のYちゃん(既婚子供あり)とKちゃん(独身)と一緒に飲みに行った時にYちゃんが
「あんたさ、別れてどれくらいなった?」
って聞いてきたから
「そうだなぁ、もうすぐ3年?かな?」
Yちゃん
「え〜!?もう3年も経ったんだ〜。うちら年取るはずだよね。あれからもう3年経ったんだ〜」
と感心しまくっていた。そうだよね。気がつかないうちに歳を重ねているんだ〜。
Yちゃんが
「あんたさぁ、死のうと思ってたでしょ。っていうか死にたかったでしょ!もう死にたいっては思わなくなった?」
「そうだなぁ。ホントあん時は自分でもおかしかったなぁって今更ながら思うんだけど毎日色々車走らせて急なカーブの時に何度か突っ込もうとした。でもやっぱハンドル回してるから今生きてるんだよね、あの時にY子ちゃん(別の友達)が心配して電話掛けて来てくれて死んじゃいけないな〜って思いとどまったよ(笑)」
そんなバカ話をして帰った次の日からありとあらゆるものをゴミ袋に詰めている。
意外とあの時色んなものを処分したつもりだけどコソッと残っているものだ。
本だってお花の専門書の後ろに「九州の離れのある安い宿」とかあるし。私、最後のGWの時に仕事が忙しかったから次の休みの時には一緒にどっか行きたくてこの本買ったんだよな〜とか思い出して…
「捨てちまえ!!」って感じで他の本と一緒に紐で縛った。
服も「あ〜この服デートの時によく着てたな」とかいうものが以外とまだ残っていた。
手紙をしまっているケースの中には一緒に行った霧島の美術館の入場券とか後生大事に残してるし。
思い出せるかぎりのモノを今回処分した。捨てたつもりでも意外と捨てきれずに残してるんだな。

別れて一年は本当に時間は止まっていて私をどんどん追い詰めていったけど、その後ようやくゆっくりだけど時間は動き始めた。毎日365日あの人の事を考えて壊れた心は時間と共に普通の感覚を取り戻し、3年掛かったけどこれからもっともっと動き出さなくてはって思った。

捨てるという作業はこれからの自分を確認するための私の手段だ。
もっと心が強ければそんな作業はいらないのだろうけど。

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