ブックミンの家 -本は、どうして。-

教職7年目。今日も子どもに、自分に勝負。

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『信仰を決めるのは、一人ひとりの内面ではないのかもしれないな。場所であり、座標なのだ。』20頁



「わたし」はひとりの人間である。


日本国憲法にも基本的人権が保証されているのだし、名前があるのだし、そもそも疑う余地がないだろう。

医学の世界であっても唯一無二のわたしであるに違いない。


しかし、

テロが続く。
紛争が続く。
いじめが起こり続ける。

果たして、わたしたちは、
社会生活のなかで、
一人ひとりが明確な意識でもって、
オリジナルの考えでもって行動しているだろうか。

強者に迎合していなかったか。

自分で真実を確かめもせず、メディアが作った風潮を卯のみにしていなかったか。

何より自分の損得勘定で動かなかったか。

次は自分に被害が及ぶのを恐れ、いじめを傍観しなかったか。

人間である以上、人との関わりは避けては通れない。
しかしそれが、わたしたちを一人ひとりの「わたし」ではなく、

国民としての、わたし。
民族としての、わたし。
○○グループとしての、わたし。
○○と仲良しの、わたし。

様々な場面に応じて自分の立場を使い分ける「わたし」にしていることにも気づく。
決してわたしはひとりの「わたし」ではないのだ。


表題作主人公は、人体のロボット化による均一化が、人種差別、民族紛争の解決の道だと信じた。


ーわたし考えなければならないー


わたしが、様々な「わたし」であることを拒否したら、民族紛争はなくなるだろう。しかし、民族と言う概念が無くなれば、今、世界に広がる民族の文化の多様性はなくなるということを。
立場が、かえって利害関係を表面化させもし、多様で豊かな生活を与えもするということを。


人間であることを放棄するのは早すぎる。
まず、一歩目は、

「わたしたち皆」は「名づけられた葉」。

という理解からであろうなあ。

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