|
水源林が育む未来の社会
グローバル経済のなかで、我々は水源林を地域社会でどのように位置づけ、ローカルな共存の姿を描くべきかを考えてみたい。 水源林の恩恵を実感する社会へ 水源林の持つ役割の受益者は海まで含む流域の社会全体である。その受益とは、水に代表され、山地から適度に流下する有機栄養分は、水を栄養分豊富なものにするだけでなく、農地を肥沃にし、海底の砂までを栄養豊かなものに変え、農業や漁業の収穫を豊かにしてくれる。 しかしながら、流域の社会全体が水源林の受益者であるにもかかわらず、現在の都市化・工業化社会では、その上流から下流へのつながりが見えにくくなってしまっている。下流の都市部では、住民は水道の蛇口の源に水源林を感ずることはできなくなっていることはもちろん、農作物や水産物が水源林の恩恵を受けて我々の口に入っていることも実感することは難しい。 2009年1月現在、全国の29の県で、森林環境の保全や森林を県民で守り育てる意識の醸成などを目的として、独自課税する取り組みが実施されている。しかし、県民税に上乗せする県民一律といった形の課税方式になっており、課税の意味や成果が納税者にわかりにくい形になっていることは否めない。人々が暮らしの中で森林資源の恩恵を感じ、森林との共存に夢を持つことができるよう、人々と森林をつなげるための地域社会での工
夫が必要であろう。 山菜やきのこ、虫や魚をとるといった楽しみや、河川流域ごとの特徴のある水造り、地産水による純粋な水やお茶等の様々な飲用水の製造など、水源林がもたらす豊かな恩恵を目に見える形で示し、人々の森林への理解と共感を作り上げていく必要がある。
日本人が育んできた自然観の再認識 こうした取り組みを進めるには、その原動力として、日本人が古来より育んできた自然観に立ち返ることが不可欠であろう。 我が国では、農耕伝播以降も、水田は水のある平地に限られ、その水をもたらす奥地の水源林は侵してはならない奥山として維持されてきた。また、集落や水田の周辺の森林は里山として人々の生活に密接に結びついていた。森は人々に生活の糧を与えてくれる貴重な資源であるとともに、八百万の神の宿るところであった。人々にとって、自然は保護しなければならないものではなく、日々の物質生活や精神生活と一体となってあるものだったのだ。 また、水は上流の民と下流の民が分かち合うものであるため、人々は徒に汚すことなく、また、使い尽くすことなく、日常生活や水田等に利用した後、再び川や海に返してきた。そして重要な食料である魚をそこに育んできた。
人々がこうした自然観を大切にし、「森と水の循環」を実感している社会であればこそ、森という、美しく楽しいだけではなく、ときに厳しく危険な自然と共存していくことができるのであろう。 まさにかつての日本人がそうであったように、森を作り変えるのではなく、手入れをし、森林とともに生きていく。そうした自然観を、人々の楽しみや喜びとなる形で取り戻すことが、地域における水源林保全を進める一歩となるのである。
|
地下水汚染
[ リスト ]



