言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

故郷・朧月夜・早春賦……名作唱歌をつくった最重要人物がついに証言

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第2話 故郷1

崎山言世 …… 大町青雲高校1年生。文芸部所属。曽祖母が東京音楽学校出身。1998-
吉丸一昌 …… 東京音楽学校教授。<早春賦>作詞。『尋常小学唱歌』編纂委員会歌詞主任。1873-1916。
 
言世「吉丸先生、また会えてうれしいわ」
一昌「こちらこそ光栄だ、キミ、崎山輝クンに似てるな」
言世「曾おばあちゃんってどんな人だったんだろう」
一昌「音楽の先生を目指していたんだが、卒業していきなり信州のそれも北の端だからな。僻地だといって手紙をよこしたのも分かるが……」
言世「ねえ、先生、きょうはもっと深く<故郷>って歌について聞きたいの」
一昌「兎追いしかの山のことか」
言世「そうよ、尋常小学唱歌120曲のうちの最高傑作
一昌「はっ、はっ、はっ、馬鹿な、あれは駄作だ」
言世「そんな謙遜しちゃって。いまじゃ日本人の心の歌っていわれて、第二の国歌にという人もいるのよ。長野オリンピックでも歌われたし、おっきな災害があるたびに被災者を元気づけるために歌われてるわ」
一昌「駄作はいいすぎかもしれんが、凡作だな、あれは
言世「それってホント? おばあちゃんも、輝さんからそう平凡な歌と聞かされてきたの。どうして」
一昌「キミは、<故郷>という歌詞をほんとに読んだことがあるのか」
言世「もちろん。兎追いしって、ウサギを追っかけていたんでしょ、子どものころは」
一昌「言っておくが、兎追いなどという体言止めや名詞はない。正しく兎狩と言わなければならん。野兎は、田畑を荒らす害獣だから、冬には兎狩をしたものだ。私の五高では、心身を鍛えるために冬の野山に出て野兎を追っかけたもんだ」
言世「かわいい兎を追っかけて、なんか残酷だなあと思ってた。兎追いって言葉はむかしはなかったの
一昌「季語・季題を調べたことはないのか。俳句甲子園とやらに出るんだろ。兎狩は兎狩だ、兎追いとは言わない。国語辞典に出てないだろ、調べてみなさい」
言世「でも、いまは兎狩とは言わないわ、兎追いよ。熊本のニュースでやってたわ」
一昌「生き物の殺生ということを避けようとして、語感のいい言葉を作り出したんだろ。私は反対だ、安易だろ。ニュースをつくる人とかに言っておきなさい」
言世「それって見解の相違でしょ。野兎が害獣でなくなったんだから、言葉も変わって当然よ」
一昌「そうかもしれん、キミは、二重橋論争というのは知らんか。にじゅうばしをふたえばしなどと言い換えた歌人がおる。それも陛下に仕える御歌所にいた井上通泰という歌人だ。歌詠みというものは、困ったからと言って、むやみに言葉を創作したり読みを変えたりしてはならん……」
言世「でも言葉は変遷するものなんじゃないかしら……」
一昌「もういい、やめよう」
 
言世「ちょっと本題から外れて来ましたよね」
一昌「すまん、<故郷>がなぜ凡作かという話だったな」
言世「私はとっても意外なの、これだけの傑作を作者が本心では凡作だと思ってるなんて」
一昌「私は、故郷に関するいくつも歌を書いた、知っておるかな」
言世「<故郷を離るゝ歌><望郷の歌>でしょ」
一昌「それに<故郷の小川>に、<故郷>という同じ題の歌も書いておる」
言世「えーっ、知らなかった」
一昌「尋常小学唱歌の題目を決めたあと、委員がみんなで同じ題名の歌を書いた。没になったのも数知れずだ。もう一つの<故郷>は楠美恩三郎先生の『オルガン軌範に出ておる、あれを作ったのは兎追いしの歌の少し前、明治43年のことだ」
言世「教えて、どんな歌詞?」
一昌「こうだ。

《故郷》
草木はしげりて
山川うるはし、
父も母もいますところ、
こひしこひし故郷(ふるさと)。

吹風しづかに
照る月さやけし、
世々の祖先(みおや)すみしところ、
こひしこひし故郷。
(楠美恩三郎『オルガン規範』1910年)

……どうかな」
言世「うーん、先生らしい言葉がならんでるわ。ってことは、兎追いしの<故郷>の方は先生の作品じゃなくって?」
一昌「言世クンは相変わらずだな。歌詞は合議でつくったんだから、作者を一人だけ挙げるということはできないんだよ。あの場にいた委員ならだれしもがそう思ってるはずだ。高野クンも乙骨クンも富尾木クンもこれは自分の作詞だなんていうはずがない」

言世「ごめんなさい。でもね、兎追いしの歌が、凡作だという訳をまだ聞いていないわ」
一昌「4つの故郷の歌を読み比べればわかることだ。兎追いしの<故郷>は、美しすぎるんだよ。洗練されすぎたんだよ。あまりに整いすぎてしまった。あれは」
言世「そんな説明じゃよくわかんないわ」
一昌「それじゃ、問題を出そう。兎を追っかけたり小鮒を釣ったりしたのは、何歳ぐらいだと思う?」
言世「たしか6年生用の教科書だから、12歳ぐらいでしょ」
一昌「小鮒を釣るのはそんなころかな。しかし、兎狩は子どもの遊びじゃない、狩猟という性格のものだ。だから中学生とか高校生とか、冬の厳しいときに鍛錬を兼ねてやったもんだ」
言世「ちょっとイメージを間違えていたわ」
一昌「あの言文一致唱歌の田村虎蔵クンのつくった教科書には、ずばり<兎狩>という歌も載っておるが、あれは『中学唱歌』だ。あの歌詞は情感ゼロの駄作だがな。つまり兎追いし体験は、大人になる少し前の体験
といっていかもしれん。8歳や9歳の子どもでは早すぎるのだ。
もちろん子供の鬼ごっこのような遊びとして兎狩はあるが……」
言世「それじゃ、兎追いしと小鮒釣りしは年齢が違うってこと。ちぐはぐね」
一昌「<故郷>は机上の想像でつくった歌だ。どこかの山で見たとかどこかの川で見たとかという、写実ではない。想像でつくる歌が悪いわけではないが、度が過ぎるとよくない。<故郷>はそのぎりぎりのところでつくってある」
言世「先生はそれを分かっていたの」
一昌「もちろんだ。新撰作歌法を読んでくれたんだろう。<故郷>が世に出たのは大正3年6月のことだが、現場の教師からは評判がすこぶるよくなかった
言世「えー、意外、どうして」
一昌「小学6年生が歌うにしては早すぎる歌だ。小学6年生は卒業して進学するとしても近くの中学とか実業学校に進む、まだ故郷を離れる年齢じゃないんだ。ふつうなら中学卒業で始めて東京遊学とかに出る」
言世「実情に合っていないということね
一昌「しかし、子どもたちを諭す目的で、6年生のときから故郷を思う教育をしておくのも大切だろう、そのためにこの<故郷>という歌がある、と私は論陣を張った。今にしてみれば少し強引な歌詞だったかもしれん。結局、あの抒情的なメロディに助けられたんだ。あの曲がついていなければ駄作で終わっていたろう……」
言世「ちょっと、落ち込まないで下さいよ。百年歌い継がれる名曲なんですから」
一昌「3番目の、志を果たして、いつの日に帰らん、ってちょっと説教くさいだろ。教育のための歌だから当時はこれでいいと思ったんだが」
言世「でも、高野辰之先生は、志を果たして帰った、ということでテレビドラマになりましたよ。あれは猪瀬直樹さんと言うかたの本が原作らしいですけどね」

一昌「ことよクン、志を果たして故郷に帰る人がどれだけいると思う
言世「ちょっと先生、まじめな質問ですね」
一昌「明治大正のころでも、おそらく現代でも、志を果たして故郷に帰る人なんてごくわずかだろう。それが人生の現実というものじゃないか。志というのは結果として果たさなくてもそれでいいんだ。志を持つことこそが大切であって、かりに夢やぶれてもそれは生きるための力になったのだからいい。そう思わないでどうする。志を果たして、いつの日に帰らん。どこか子どもたちを追い詰めたような気がしてならんのだよ
言世「まさか、先生からそんな懺悔を聞くなんて思ってみませんでした。言葉ってほんとに深いんですね」
一昌「それに……んーん」
言世「ねえ、全部話してくださいよ」
一昌「あの4つの故郷の歌のなかで、ことよクンはどれがいいと思う?」
言世「私は<故郷を離るる歌>かな。おばあちゃんが、この歌を聞くたびに心が揺さぶられるわ、っていうの」
一昌「ありがとう。自分もそう思う」
言世「でもわたしはすこし違うわ。最初の花の情景とかは好きだけど、思えば涙、膝を浸す、ってちょっと大げさかなと…。率直に言って先生には悪いんだけど……」
一昌「<故郷を離るる歌>は『新作唱歌』に収めた歌だ。『尋常小学唱歌』と違って、感じるままにつくったんだが、それが分かるかな」
言世「歌は理るものにあらず、ですよね。あれは夏休みとかにふるさと臼杵に戻って、また五高かどこかに戻るときを想像してつくったんですか」
一昌「違う。……。あのときは故郷を捨てるために臼杵に戻ったんだ。本当に故郷を離れる心の中を歌にした。……。私は中学の教師をしていたころ田舍の父と母を東京に呼び寄せた。その父と母は東京で亡くなったが、以来、故郷の記憶というものがどんどん薄れていく。27歳で最初に結婚した妻ゆきは同じ臼杵のひとだったが、1年後に難産で母子ともに死んでしまった。ゆきが死んでちょうど10年、明治43年の年末に、私はひとりで帰省したんだよ」
言世「そのとき作った歌なのね、明るい感じの曲と、膝を浸すほどの涙、がどうしても合わないと思っていたの。おばあちゃんは、きっとお母さんからその歌の本当の意味を教えてもらっていたのね」
一昌「あれは鎮魂の歌……。今だからいうが、いちおう恋歌でもあるんだよ、ちょっと恥ずかしいがな
言世「そうだったんだ、吉丸先生は故郷に結局戻れなかった人なんですね。……。志を果たして故郷に帰るなんて理想論ですね。知りませんでした。すみません、ずいぶん失礼なことを聞いたかもしれないなあ。……でもね、いまの話を聞くと、<故郷を離るる歌>の歌い方が変っちゃうかもね」
一昌「あれは、楽しく、美しく、故郷へ捧げるように歌ってくれればいいんだよ、湿っぽく歌う必要なんてない、楽しく美しいからゆきと子どもへの弔いになるんだ」

言世「先生、きょうはとっても勉強したわ。わたし、<故郷>という歌をまったくわかっていなかった。でもこれをみんなにどう伝えたらいいんだろう。長野県に帰ると、高野辰之先生の作詞で、兎追いしかの山も、小鮒釣りしかの川も特定されちゃってるんだけどな……」
一昌「いいんだよ、一度書いた歴史を変えるのは、簡単なことじゃない。いしぶみまでつくたんだろう。仮に違うからと言って、いしぶみを壊せるか。そんな馬鹿なことはすべきじゃない。高野クンも委員の一人でちゃんと合議に加わっていた。だから高野クンが作者の一人であることは間違いじゃない。私は、彼の並々ならぬ苦労を知っているからね」
(つづく)
※事実に基づくフィクションです。

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KOJIと申します。
今回私の「ふるさとをアレンジ2」の記事に貴重なコメントをいただいてありがとうございました。
いろいろ読ませていただいて大変勉強になりました。
次回書くときに紹介させていただいてよろしいなら紹介させていただいて訂正したいと思っております。

2016/7/18(月) 午前 7:22 [ ほ〜るどん ] 返信する

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