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しあわせの青い鳥
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普通の主婦である私が疑問に思うことを、同じように主婦の方々と共有できたら…という想いで記事をupし始めました。
 
政治のことを知らなかった私、原発のことも一からの勉強だった私
そんな私が続けられているのも、記事を提供して頂いている方々に支えられてのことです。
 
 
 
福島日本松の佐々木るりさんのご主人様、佐々木道範様の特集記事のご紹介です。
 
 
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ひとりが ひとりに 出遇って生きてゆく。
出遇ってしまったら、忘れられないんです。
佐々木道範

佐々木道範さん
福島県二本松市 真宗大谷派真行寺住職・同朋幼稚園理事長
NPO法人 TEAM二本松理事長  41歳
福島の子どもたちを守るために除染活動・保養・食品の放射能数値測定を行っています。
奥様の佐々木るりさんと力を合わせ、子どもたちを守る活動をされています。彼らの活動を支えてくださっている方々もいます。 輪は、確実に広がっています。
福島第一原発の爆発事故以後、世の中の空気が変わりました。人は、放射能汚染に恐怖し、国や原発に対する怒りを露わにします。佐々木道範さんもその一人でした。
外で遊べない幼稚園の子どもたちの姿を見ているうちに、「あぁ、この子たちを外で遊べなくしてしまったのは、この俺なんだ。原発に反対もしないで電気のある生活を享受してきた。今回の事故を起こしたのは、この俺だったんだ」という目覚めを得ます。そのときから、子どもたちを守るために、残りの人生をかけて放射能と闘うんだと誓われました。
子どもたちを守るため、福島の現実(苦しみながらも生きている人々が目の前にいること)を知ってもらうために、彼は除染に努め、全国に講演に回ります。
先月、佐々木さんのお話を聞く機会が2度ありました。

「世の中捨てたもんじゃない」

震災後、何が正しくて、何が間違っているのか、分からなくなりました。子どもたちのために、除染活動・保養・食品の放射能数値測定など、できることをしてきました。でも、子どもたちが住める環境を作るということは、そこに子どもたちを住まわせることになるわけで、被曝をするということです。「お前がやっていることは子殺しだ」と言われることもあります。でも、現にここ(福島)に住んでいる人がいるんです。ここ(福島)に住んでいる人たちに出会いたいんです。だから、私は除染を続けます。
福島第一原発の処理をして働いている人は、6〜7割が福島の人です。被曝させられた人たちが、原発の後処理をしているんです。でも、その人たちが、「地球を救ってくっから」って、毎朝出かけていくんです。やりきれないです。福島の現実を知ってください。知って、自分で感じて、考えて、歩み出してください。歩み出せたら、見えてくる世界がある。世の中捨てたもんじゃないです。
(10月1日 京都 東本願寺 「第8回 原子力問題に関する公開研修会」にて)

講演の最後に、「世の中捨てたもんじゃない」と、佐々木さんは言いました。驚きました。つらい思いをさせられている彼が、「世の中捨てたもんじゃない」と言い切る。こころ無いことばを突き刺されることもあれば、温もりに包まれていることを感じることもあったのですね。目の前にいる人と出遇われている人のことばです。
先月の掲示板には、宮崎駿監督の「この世は生きるに値する」ということばを掲示しました。「この世は生きるに値する」も、「世の中捨てたもんじゃない」も、わたしをギュッと包み込む温もりを感じている人のことばだと思います。「誰もが守られている。大丈夫、生きていけるから!」 そんな呼びかけに聞こえます。
呼びかけてくれる人がいてよかった。そのことばを胸に、わたしは歩み出せます。

「ひとりが ひとりに出遇う」

生まれてきていけない いのち なんてあるんですか? 僕は、生まれてきてはいけない いのち なんて、ないと思います。
目の前に生きている人間がいるんです。その人と出会って、 ひとりがひとりに出遇っていくしかないんです。出遇ってしまったら、忘れられないんです。
(10月16日 新宿 ハイアットリージェンシー東京 「第9回 真宗大谷派ハンセン病問題 全国交流集会」にて)
本当に生きるということ
拝聴した2回とも、佐々木さんが、ご自身の想いを正直にお話されたことが こころ に残っています。
原発の事故が起こるまで、私だって、イラクの人々・子どもたちの痛み悲しみに無関心でした。でも、事故後、他者(ひと)の痛み悲しみを聞くと、胸が痛いんですよ。でも、痛み悲しみに出会って、胸が痛みながら生きることが、本当に生きることなのかなと  思うようになりました。

他者(ひと)の痛みを、自分のこととして感じる。胸が痛い。けれど、その痛みを感じながら生きてゆくことが、本当に生きることだと感じるようになった。それほどまでに他者の痛みを感じられる、引き受けられるのは、ひとりの人間が、目の前にいるひとりの人間に出遇っているからなのですね。
「遇う(あう)」ということ
「会う」が、知人と会う、予期できる出来事に会うという程度の意味ならば、「遇う」は、人や出来事との予期せぬ出遇いを意味します。その中身は、自分にとって都合の良いことだけでなく、悪いことをも含みます。良いも悪いもすべて含めた「出あい」が、自分が生きる上で外すことのできない人や物事だったのだなぁと感じられたとき、「出遇い」としていただけます。
佐々木さんのお話を聞いていて、胸に痛みを感じるほどに人と向き合うということが出遇いなのだと教えられました。いえ、本当に人に出遇うからこそ、痛みが伴うのかもしれません。享楽は一瞬ですが、痛みは一生です。だから、忘れられません。
福島の方々だけでなく、災害などで被害に遇われた方、いわれのない差別を受けた方は、支援をしてくださる方に訴えます。「私たちのことを忘れないでください」と。「第9回 真宗大谷派ハンセン病問題 全国交流集会」のメインテーマは「人間を忘れない」です。
「忘れない」ということは、わたし(ひとり)が、ひとりの人と出遇うことからはじまります。出遇ってしまったら、忘れられません。
※佐々木道範さんに出遇い、彼のことばに生きた力を感じています。福島の現実を知り、わたしの姿を見つめ直してほしくて、今月の文章を書きました。佐々木さんのことばは、私のメモを元に書いています。文責は私にあります。
西蓮寺副住職 白山勝久
 
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http://sairen99.cocolog-nifty.com/kotoba/2013/11/post-7856.html

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    頂きます。

    [ 短足おじさん ]

    2013/11/9(土) 午前 2:58

    返信する
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    おじ様 おはようございます。

    転載 感謝致します。
    そしていつも有難う御座います。

    *nya〜*

    2013/11/9(土) 午前 9:00

    返信する

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