選挙は現場で起きてるんだっ!

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ローカルマニフェストのススメ

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広げようローカルマニフェストの輪!
候補者も有権者も、気楽にもっと「マニフェスト!」
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首長候補は縛られる身

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こんばんは、
さて、ローカルマニフェストについてこの間書く機会が多いです。
今日もその話です。

以前、とある首長選挙について、
私と、その選対を取り仕切るその選挙区国会議員ベテラン秘書との会話です。

私「その候補者はマニフェストは作らないんですか?」

ベテラン秘書「マニフェスト?本人は作りたいみたいだけどね、あれもこれもって期限や予算やなんてごちゃごちゃ細かく書いたって誰も見やしないよ!だから、もっとぼやかして大まかにしろって言ったんだよ。そうだろ?当選したら手足縛られちゃうじゃないか。大まかでいいんだよ。」

正直、私はこの言葉を聞いて笑ってしまいました。
なにしろマニフェストに理解の無い、否定的な関係者の「典型的な」意見だったからです。
その後も、他の方々から色々聞いてみると、候補者本人は「マニフェスト選挙がしたい」と、
熱心にマニフェスト作りをしているとのことで、結果マニフェストを発表したのですが、
「マニフェスト」というのは、「有権者に政策について具体的な実行を約束する」から、
それに縛られて当然ですし、縛られねばならないわけです。

しかし、そのベテラン秘書は、
有権者に具体的な約束をすることについて、また、約束を履行することについて、否定的でした。
確かに彼は、ある意味選挙のベテランです。彼自身も自負しているところもあるのですが、
残念ながら、彼の視線の先に票は見えても、住民は見えていませんでした。
彼の頭の中は「選挙は勝てば良い」のであって、それで、「親分と自分ののメンツも立つ」と、
いわゆる「政治」のための選挙であり戦略であったわけです。

彼は今まで「ローカルマニフェスト」に関する勉強会や研修会に参加した事はありません。
ですから、彼の頭の中の「マニフェスト」は「国政マニフェスト」止まりなのかもしれません。
他の自治体選挙での例もおそらく知らないでしょう。
「選挙とはこういうもんだ!」と候補者に押し付けているわけです。
しかしどちらにしても、候補者本人が有権者に「マニフェスト」選挙がしたいという気持ちがある以上、
選対はできる限り尊重してほしいですし、可能なことと思います。

首長選挙の多くは候補者は「支えられる側」です。
地元議員や、秘書、各種団体など多くの支援を受ければ受けるほど、
そうした「顔の見える人たち」の声に従わざるを得なくなるとともに、
大多数の「顔の見えない有権者」を忘れてしまうようになります。

確かに、熱心に応援してくれる方々はありがたいものです。
しかし、この秘書のように、「手足縛られるから」などと言う意見に従っていると、
いったい誰の選挙を何のためにしているのか??とわからなくなってしまいます。

「政策による選挙」が求められていると、各地で「マニフェスト」選挙が広がっていますが、
候補者が変わっても、選対が変わらなければ、結局有権者には、旧来の選挙と変わりません。

以前私が関わったとある知事選挙で、
その選挙は現職知事の相乗り選挙だったのですが、
本人が作成したマニフェストについて、「与党会派」間で調整がつかず、
といいますか、「選対会議」で選対事務長の老議員が、「マニフェストは選挙になじまない」などと
よくわからない一言を発したために、結局600部しか印刷されず、
まったく一般有権者に配布されなかった例がありました。

その知事は、今、そのマニフェストを基に議会答弁をしているようですが、
残念ながら有権者は知事が「マニフェスト」を作成、発表している事実をほとんど知りません。
それでは有権者との約束は成立していませんよね。

このように、
結局は「選対」が「ノー」といえば、候補者でも従わざるを得ない弱い立場にあるというこは、
首長選挙だけでなく多くの選挙で共通の構図です。
マニフェストで自分を縛る前に、選対に「縛られている」のです。

とにかく、その自治体の有権者にとって4年に1回のこと、誠に不幸です。

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地方自治の時代とかいわれ、久しいですが、
この間「地方分権」や「三位一体改革」やら、
「流行る言葉」は「中央対地方」を反映したものが多いですよね。

しかし、ローカルマニフェストの広がりとともに最近良く聞く言葉があります。
「二元代表制」です。

要するに、地方政治のかたちを示す言葉です。
これまでは、地方政治を表すときは、「大統領制」という言葉が多かったのですが、
これは、首長が直接選挙で選出されることを表すものです。

一方、「二元代表制」はこの「大統領制」と同じような感じもしますが、
首長も議会(議員)も直接選挙で選ばれ、
その両者が議会という場で、政策、施策について議論する状況について表すときに使われます。

では、なぜ使われるようになったのでしょうか?
それは、こういうことです。

これまで、多くの場合首長は「相乗り」で、
「与党」議員や各種団体に選挙を支えられてきました。
新人候補であっても、助役など役所からの兼職後継候補の場合、
これまでの政策を引継ぎ、与党に支えられ当選するため、
基本的には議会においては首長と議会が政策をめぐって対立することは少なかったわけです。

こうした「事なかれ」議会では議員は行政にとって「都合がいい質問」をし、
首長・行政は議員に「都合のいい答弁」をすることが当たり前であり、
首長側提案の条例や予算を修正したり、否決することは、
「首長の顔をつぶすこと=与党にとって恥ずかしいこと」と思われてきた部分があります。
よってよく「学芸会」と揶揄されることがしばしばでした。

しかし、首長が「マニフェスト」を掲げて選挙を行った結果、
首長は有権者である住民に対し「約束を実行する責任」を負うわけです。
そうすると、首長は当然「マニフェストの実行」を軸に行政運営を行います。

一方で、地方議員・会派でマニフェストを掲げる例も出ていました。
マニフェストを掲げて当選した議員は、
こちらも当然住民に対し「約束を実行する責任」を負っています。

そして、両者は議会において各々のマニフェストに基づき議論を行うことになります。
そこで、これまでの「学芸会」ではなく、これまでタブーであった「対立」が起こるわけです。

これまで、議会における「対立」は、政策による対立ではなく、
選挙のしこりや、与野党対決など、感情による対立が主とされてきました。
しかし、マニフェストに基づく、首長・議員間の対立は、対立とは言っても、
有権者すなわち生活者の視点で政策実現を競うものであり、
当然ながら前向きであり、積極的なものであります。
「好き嫌い」ではないので、有権者にとっても双方の意見は明確ですし、
自分たちとの約束を果たすのために、議案の修正や時には否決される状況について、
否定的な捉え方をする人よりも、むしろ「健全な議論」と肯定的に見る方々も多いでしょう。

まさに行政も議会もそれぞれ本来の「立ち位置」に戻って、
「つかず、はなれず」の距離感で地方政治に取り組む本来の地方政治の姿が、
マニフェストによって広がっているとされています。

そしてこの本来の地方自治の形を「二元代表制」という言葉で改めて表現されているのだと思います。
別に新たに作られた言葉ではありませんが、地方政治のかたちが変化するに従い、
脚光を浴びつつあるということでしょう。

「和をもって尊しとなす」ことは、地方政治においても長らく重要なこととされてきました。
しかし、「議論と対立」を恐れていては、現状維持以上の結果を生み出すことは難しいと思います。

全国の自治体で「二元代表制」という言葉が花開くとき、日本全体が変わるのかもしれません。

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ご無沙汰です・・・。
今月2回目の更新となり、恒例となりましたお詫びからスタートです。
すいませんっ!仕事が忙しくて〜・・・。
いつものことですが、言い訳です。

さて、今月9日に「マニフェスト大賞」の表彰式があり、
ひょんなことから、参加させていただくこととなりました。
ミーハーな私は「生・東国原宮崎県知事」に興味津々…。勿論、それだけではなかったですよ。
「マニフェスト大賞」って?という方は、以下のホームページをご覧ください。

http://www.local-manifesto.jp/manifestoaward/

要するに「ローカルマニフェスト」の普及へ向けて、
全国のローカルマニフェストについていくつかの部門を設けて表彰するということで、
今年で2回目です。
もちろんその中心は、このブログでも何度かご紹介させていただいた、
前三重県知事の北川正恭早稲田大学大学院教授です。

マニフェスト大賞に輝いたのは
首長は松沢神奈川県知事、議員は福井県議会の会派「県民連合」でした。


ここに参加されていた方々は、全国でもこのマニフェスト運動、
特に「ローカルマニフェスト推進」に関係し、理解がある方々でしたので、
本当に「濃い方々」なわけで、いわば「マニ」といえば「フェスト!」という方々です。

また、今月私はローカルマニフェストについて「格差」を感じることとなりました。
といいますのは、私はとあるローカルマニフェストをテーマとする「議員研修会」に出席したのですが、
これは、「マニフェスト大賞」のように、
自ら「マニフェスト」に興味関心を持った方々が集まったのではなく、
議会の規模も、ローカルマニフェストへの興味関心のレベルもまったく異なる議員が参加していました。

私はこの数年、仕事柄マニフェストにかかわる機会に恵まれたこともあって、
いや、「機会に恵まれた」というきれいなものではなく、
「振り回され、苦しめられ、悩まされた」と言ってもいいかもしれません。

北川先生や、マニフェストに関わる第一線の方々の話を聞くことがある一方で、
地方政治における「マニフェスト」を取り巻く「現実」とのギャップにすっぽりはまってしまいました。

関わることになった2年ほど前は、国政ではメジャーであった「マニフェスト」も
地方政治ではまだまだ理解も少なく、先進事例も少なかった状況で、
まだ私自身も「手探り」で、とりあえず「マニフェスト」と書いてある本を片っ端から買って、
一通り読むことからはじめ、とにかく「肌感覚」として「ローカルマニフェスト」を知ろうと、
知るというより「感じよう」と思ったものでした。

そんな状況ですから、まだまだ多くの首長・議員選挙で「マニフェスト選挙」が当たり前ではなく、
多くの候補者も有権者も「ローカルマニフェストって何?どうしたらいいの?」だと思います。

今回の「議員研修会」でも、多くの議員にとって「マニフェスト」は理解の域を超えていたようです。
多くの方々は「難しく、とっても手が出ない・・・」といった雰囲気を感じました。

私は「そんな難しいものではない」と正直感じています。
詳しくは、追って触れますが、
ローカルマニフェストの敵は「議員のプライド」と「政策への苦手意識」だと思います。

マニフェストとは、「公約」とその「循環システム」です。
公約とは候補者の有権者に対する約束です。
しかし、「公約」という言葉への有権者の信頼は極めて低いように感じます。
「尊い」からこそ「実現が難しく」、「実現が難しい」からこそ、「不明確」であるのが、
これまでの「公約」のあり方でした。そして、その選挙限りの約束でした。

マニフェストは一般的に実現について「数値・期限・財源」を明示した政策で、
また加えて有権者に「実現の手順・手段」といったものがいかに明らかにされるかも重要だとされます。
が、こういう説明だから難しいので、簡単に言えば、
候補者が選挙のときに、有権者に対して、
「私は、これを、いつまでに、こういう流れで、今の状況を具体的にここまでにします。そのためにかかる金額はいくらで、このお金はここからこう準備します。」というものです。

そして、各候補者のこうした「公約」を有権者は見比べて、投票し、
当選した候補者は、その約束の進み具合を有権者にその都度説明し、
次の選挙の際に、候補者は「実現具合」について、改めて有権者に説明し、
有権者はそれを評価して投票する。

これが、循環システム、いわゆる「マニフェストサイクル」といわれています。

ここまでで、おそらく多くの首長・議員の方々は、「とはいってもね、実際は…」てな感じで、あーでもない、こーでもない」とおっしゃるでしょうし、
また、有権者の方々にとっても、なんとなく「実感がないなあ」と感じられるものと思います。
これは別におかしいものではないとおもいます。

なぜなら、これは実際に「使って初めて実感する」ものだからだと思います。
また、「マニフェスト」は選挙を2回以上経て初めてその効果が浮き出てくるものだと思います。

そういった意味では、候補者は「まずやってみる」ことから、
有権者も「知ってみる」ことからはじめる必要があると感じました。
一度マニフェスト選挙が行われれば、その良さはすぐに実感できると感じます。
ただ、マニフェストが上記の条件を満たし、その循環が起こったらですが。

これからマニフェスト、特に地方政治におけるマニフェストである、
「ローカルマニフェスト」について、候補者の方、有権者の方双方に向けて、
現場の姿を書いていきたいと思います。
多くの方々に伝わればと思います。

ではでは、これからもよろしく。

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