|
ヨーロッパ三大絵画の一つと言われる「ラス・メニーナス」
スペイン・ハプスブルク家フェリペ4世の娘マルゲリータを描いたものです。
ちなみにあとの二つは
レンブラントの「夜景」とエルグレコの「オルガス伯の埋葬」(諸説あり)
「ラス・メニーナス」は後付けの呼び名。
もとは「フェリペ4世の家族」といいました。
モデルのマルゲリータは生まれたときからオーストリア・ハプスブルク家の
実の叔父の元に嫁ぐことが決まっていました。
オーストリアに未来の花嫁の姿を伝えるために描かれた絵です。
数多いベラスケス作マルゲリータの肖像画の中で
一番有名なのは理由があります。
私はハプスブルク家マクシミリアン1世の肖像画の絵葉書を集めていますが
それは彼の生涯に興味があるから。
肖像画はその人の生涯より、マルゲリータのように
画家の技法で有名になることのほうが多いのでしょう。
これだけ有名な女性ですが、お嫁に行ったウィーンで
他の画家によって描かれた肖像画をご覧になったかたは少ないと思います。
マルゲリータの肖像画はベラスケス以外に何点もありますが
日本では知られていない画家たちの作品ばかりですから・・・
彼女は嫁ぎ先で6人の子供を授かりますが、わずか22歳で亡くなりました。
当時は新生児死亡率がとても高かった時代。
彼女の子供で成人したのは女の子一人だけでした。
マルゲリータの夫はオーストリア・ハプスブルク家レオポルト1世。
マリアテレジアの祖父に当たります。
(彼女の父カール6世は後妻の息子です)
こちらはマルゲリータ8歳の肖像画。
レースは透け、ベルベットと金糸の縁取りのドレスの質感がよくわかりますが、
この絵を実際に間近で見ると絵具を重ねたようにしか見えません。
こういった技法を始めたのがベラスケスと言われます。
ベラスケス=マルゲリータと思われるかたが多いようですが
マルゲリータ以外にも素晴らしい作品ばかりです。
「道化師ドン・ディエゴ・アセド(エル・プリモ)」
彼が手に持っている本の文字がわかりますか?
ここに文字は書かれていません。
グレーの濃淡だけで文章を表しているのです。
1644年に描かれたこの絵ですが、「視覚的効果」がどういうものか
考えさせられる一枚ではないかと思います。
こういった描写はNETや絵葉書では伝わりません。
実物を見て初めて気が付くことがいかに多いか・・・
「キリストの磔刑」(サン・プラシドのキリスト) 1632年
キリストは罪を犯して死刑になったわけではありません。
自らが信じるユダヤ教の解釈の違いから
「怒り狂った民衆によって」磔刑が決まりました。
(受胎告知で聖母マリアの手元にあるのは旧約聖書・ユダヤ教の聖書です)
ヨーロッパで見るキリストの磔刑像には
「I・N・R・I」と書かれた板が貼り付けられています。
これは「ユダヤの王ナザレのイエス」のラテン語頭文字。
キリストの罪状を表しているのです。
ここでは頭文字ではなく、ラテン語全文が書かれているのでしょう。
磔刑像というと両足を重ね合わせて釘で打たれた図が一般的ですが
ベラスケスの時代は両足を並べるのが主流でした。
バロック時代の絵画の流行の一つで、磔刑像からも時代の流れがわかります。
私がこの絵を好きなのは、キリストが一人の男性に見えるから。
宗教画なのにまるでポートレイトを見ているように感じます。
モデルか俳優のように端正なキリスト・・・
「聖母の戴冠」 1640年代
8月15日は「聖母被昇天祭」
聖母マリアは亡くなることなく、生きたまま天に召されました。
そして神とキリストから戴冠します。
マリアの頭上の三位一体
父である神と子であるキリスト、その橋渡しをする精霊(鳩)
マリアはキリストを生んだ後、正式に大工のヨゼフ(聖ヨゼフ)と結婚しました。
そしてキリストの弟になるヤコブを生みますが、永遠の処女として
いつまでも若い姿のままです。
宗教美術において、中世では「父である神」の姿を表さない時代が長く続きました。
ベラスケスは神を人生の酸いも甘いも噛み分けたような老人の姿で描いています。
神は自分に試練を与える力強いものではなく、
見守り、ときには指針を与える存在のように・・・
少なくとも私はそう感じました。
もしかしたら、それがベラスケスの宗教観なのかもしれない、と・・・
ここにアップしたのはすべて私の個人的な見解です。
学術的意味は一切ありませんのでご了承ください。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用



