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逆光になってしまいましたが、今回のドライバー・セルジオです。
道を知っていて安全運転で本当に頼りになりました。
今回のフランス周遊では毎日のようにドライバーが交代します。
道を知っているドライバーから、知らないドライバーに交代になると
私たちのストレスはものすごいものですが、
今回は全員、本当に素晴らしい人たちでした。
最初のドライバーは「オミル」
次は「フォソワ」
「フォソワ」と自己紹介されて気が付きました。
「フランソワ」を早く言われると「フォソワ」としか聞こえないのです。
セルジオとは一番遠いモンサンミッシェルまで一緒に行ったので
休憩や食事のときにいろんな話をしました。
セルジオ「僕はフランス人じゃないんだ」
コウ「うん、そんな気がした。モロッコ?」
セルジオ「いや、ポルトガルさ。 髪や目が黒いからよくイタリア人と間違われる」
コウ「そうなんだ。昨日はオムルとフランソワだったの」
セルジオ「オムルはトルコ人で、フランソワはポルトガル人だよ。
フランソワは今日、パリからの日帰りでモンサンミッシェルに来ている」
コウ「S(セルジオの会社)は移民の人が多いの?」
セルジオ「フランス以外の国にも行くから何か国か話せる人材が必要なんだ。
僕はフランス語と英語・スペイン語が話せるよ。もちろんポルトガル語もね」
コウ「うん。とってもありがたい。
Sのバスだと運転手さんはみんな英語を話してくれるから」
モンサンミッシェルからパリへ行く途中、社内でセルジオが4か国語を話せることを
案内しました。
お客様が私に訊いていきます。
「運転手さんのお給料はいいんですか?」
コウ「いえ、旅行業界はどこもよくないと思いますから・・・」
Hさま「だって4か国語も話せるのに・・・」
大陸で数か国語を話せることは当たり前になりつつあります。
ブロークンで数か国語を話すということは、そういう状況にならざるを得なかったということ。
出稼ぎをしないですむ人たちは、自分にとって必要な言語を
綺麗な言葉づかいで話します。
きちんとした場で対応するために・・・
ヨーロッパでブロークンで数か国語が話せても、それをすぐに仕事に結び付けることはできません。
外国語は手段の一つだと私は思っています。
セルジオは安全運転で道を知っているということが、彼の最大の武器です。
コミュニケーションを取ることが2の次でも、
彼の仕事がきちんとしているのであれば、それは重要事項ではありません。
逆に道を知らずに英語だけ話せても、それは彼の仕事に
たいしたプラスにはなりません。
英語が話せればお給料がいい、というのは島国の幻想なのかもしれません。
添乗員がフランス語を話せなくても、ツアーのお客様には何の支障もありません。
逆に
「このコースはフランス語を話す添乗員です」
となって、ツアー代金が他より高くなったらそのコースは売れなくなるでしょう。
多言語を話すということはあくまでも手段であって、
最終目標は違うところにあると思うのですが・・・
ワーキングホリデーで他国に滞在する人たちが陥る間違いもそこにあると思います。
「英語を話すことが目的」
で
「話せるようになった英語で何をするのか」
ということが曖昧になっているような気がします。
目的のために語学を習得する・・・そういう人のほうが上達は早いようです。
日本のアニメが好きだから、日本語を勉強する。
そんなヨーロッパ人に何人も会いましたが、
「好きこそものの上手けれ」を実感しました。
私はワーキングホリデーではありませんが、しばらくシドニーに滞在したことがあります。
移民の国の人々が話す英語は千差万別。
マレーシア系大家さんの英語、イタリア系カフェのお兄さんの英語
中国系洗濯屋さんの英語(借りていたフラットに洗濯機がなかったので)
お隣の完全オージーなご夫婦の英語・・・
「ここは移民の国だから、いろんな人が話すイントネーションを理解しなければいけない」
と言われましたが、それはそのまま私の仕事に当てはまりました。
行く国は一か国だけではないから、いろんな国の人が話す英語に耳を傾けようと・・・
シドニー滞在の後、また日本で仕事を続けることになっていましたから。
私が日本の英語教育に疑問を持つのは、そういった経験もあるからでしょう。
綺麗なクィーンズイングリッシュは通じない国のほうが多いのですから。
英語教育の前にもっともっと大切なことがあるような気がするのですが・・・
私がセルジオを評価するは、彼が英語を話すことではなく
彼の運転技術に対してです。
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