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なんとか、なるかな。
少しでも力になれたら・・・

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今回は急に思い立ってインスブルックへ行きましたが
 
本当は中部スペインへ行く予定でした。
 
マドリードからブルゴス・トルデシリャス・バリャドリード・・・
 
イザベラ女王とその娘ファナの後半生を訪ねる旅をしたかったのです。
 
ブルゴスはマックスの娘マルガレーテがイザベラ女王の息子ファン王子と
 
華燭の典を挙げた地でもありますから・・・
 
 
行きたいところはいつも本の中にありました。
 
風景の描写や歴史的出来事に惹かれ、訪ねたい地が増えていきます。
 
インスブルックのトラッツベルク城もその一つでした。
 
「いつか行く」の「いつか」はそれこそ「いつ」なのかはわかりません。
 
少しずつ調べて、その日に備えていました。
 
今回、急なお休みが取れたことは本当にラッキーです。
 
 
 
本来の目的であったスペインの旅は
 
「いつ」行けるのかわかりませんが・・・
 
 
私にとって妄想を掻き立てるのに本は必要不可欠です。
 
できることなら本の内容を丸暗記したいくらい。
 
でも3歩歩くと何もかも忘れる鶏頭。
 
気に入った本を何回も読むしかありません。
 
何回読んでも飽きない本だらけで私の部屋は一杯なんです^^;
 
読みたいときに読むためには自分の部屋に置いておく。
 
片付けられない女なのは、仕方のないことなのかも。
 
 
 
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江村洋さんの書いた本はこの秋に文庫本になりました。
 
私が持っているのは重いハードカバー
(サブタイトルは「中世ヨーロッパ最後の栄光」)
 
持ち歩きが楽な文庫本はありがたいことです。
 
この肖像画はイタリアの巨匠ティッチアーノの作品。
 
ティッチアーノは本人を表す才に長けていたといいます。
 
カール5世の肖像画は数多くの画家が残していますが
 
一番本人に似ているのかもしれない、と思いながら見ています。
 
 
カール5世の人生はまさに旅でした。
 
ヨーロッパ大陸からアフリカ大陸にかけて
 
当時の全世界(アメリカは「新大陸」」と呼ばれていた時代です)を
 
駆け抜けていったのです。
 
 
 
冬の朝のしじまをぬって、この町の名物、ローランの鐘が鳴り響いている。その響きは、聖バボ大寺院の鐘楼のカリヨンの明るい音と呼応して街中に鳴り渡り、ガンの中心をなす市庁舎からどっしりとしたラーフェンステン要塞のある一角へ、重畳として連なる倉庫の白壁から、縦横にはりめぐらされた運河のほとりへ伝播する。
 
 
カール5世が生まれたベルギー・ゲントの朝の描写・・・
 
どのガイドブックの写真よりイメージが伝わると思います。
 
 
 
中央スペイン・バリャドリードで初めて対面したカール5世と弟。
 
2人のために建てられたという凱旋門。
 
ガンのプリンゼンホフを模して建設したというサンユスト修道院。
 
写真で見ていないからこそ、妄想が広がるのかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
こちらは今から10年ほど前に映画化された「女王ファナ」
 
この本が原作とされていますが、史実をまとめた一冊です。
 
俳優はフィリップ美公以外はすべてイメージ通りでした。
 
フィリップはちょっと・・・ラテン系すぎたので。
 
政略結婚でスペインからブルゴーニュへお嫁入りしたファナ。
 
彼女にとってマックスの息子フィリップは初めて愛したただ一人の男性でした。
 
でもフィリップにとってはそうではなかったんですね・・・
 
「大好き大好き大好き」
 
と毎日言われると感情も薄れるのかもしれません。
 
フィリップはどんどんファナを煩わしく思うようになり
 
他の女性と情事を重ねて行きます。
 
そのたびにファナはどんどん狂っていって・・・
 
 
スペイン映画ですからセリフがスペイン語なのは仕方がないのですが
 
フィリップ美公は最後までスペイン語を習得しなかったんですよね。
 
ファナはフランス語で彼と会話していたというのに。
 
 
映画はフィリップ美公が亡くなり、
 
ファナが完全に発狂するシーンでほぼ終わっています。
 
原作ではマックスが亡くなり、カール5世がスペイン王となり
 
ファナと共同統治の経緯まで詳しく書かれていますが・・・
 
スペイン人が書いた本だからでしょうね。
 
かなりカール5世とマックス、ハプスブルク家に対して辛辣です。
 
歴史は立場と見方でこんなに解釈が変わるのかと再認識します。
 
 
 
ドゥエロ川の岸辺に位置するトルデシリャスの村落は、16世紀当時は葡萄畑で有名で、夏になるとその青々と茂る若葉が、周囲を囲むカスティーリャの荒野の不毛さの中でくっきりと映えた。
 
 
ドゥエロ川ほとりにはファナの像が立っているといいます。
 
狂気からふと正気に帰ったファナが見たであろう景色を
 
一目見てみたいと思っていました。
 
私は、自分が狂うほど誰かを好きになることはないと思いますが・・・
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
 
こちらも文庫になったようです。
 
私が持っているのはハードカバー「スペイン女王 イザベルの栄光と悲劇」
 
こちらはかなり主観の入った一冊。
 
やはりハプスブルク家に対して辛辣です。
 
特にフィリップ美公に対しては・・・(仕方ありませんが)
 
でもファン王子にお嫁入りしたマルガレーテにはとても好意的。
 
マックスの娘マルガレーテが誰にでも愛されたことがよくわかります。
 
 
 
メディナ・デル・カンポの賑やかな広場の一角に、カスティーリャ・レオン王国の紋章を掲げた3階建ての宮殿が立つ。その「宮殿」と呼ぶにはあまりにも質素な建物の、広場とは反対側に位置した小部屋。春から秋にかけては、カスティーリャの眩しい太陽とともに、緑の風の入り込むその部屋の、長椅子兼寝台の上が、それからのイザベル女王の王座となった。そこからはイザベルが慣れ親しんだカスティーリャの大地が見渡せた。
 
 
 
イザベル女王の生涯も波瀾万丈でした。
 
彼女がカスティーリャ・レオン王国女王になる経緯もドラマチックです。
 
旦那さまのアラゴン王フェルナンドは彼女との結婚前に4人の庶子がいました。
 
彼女はその子たちを養育します。
 
スペインの英語ガイドさんに
 
「フィリップ美公はあんなに女好きだったのに庶子はいなかったの?」
 
と訊いたことがあります。
 
答えは
 
「いたと思うよ。でもファナが認めなかったろうね。
イザベラ女王はできた女性だから認めたのだろう」
 
 
日本と違いヨーロッパの王室では正式な結婚以外での庶子は
 
認知されても跡取りとは認められませんでした。
 
ファナの息子カール5世もその息子フェリペ2世も
 
庶子の存在が認められています。
 
(カール5世の弟フェルディナンド1世は
 奥方ただ一人を愛しましたがそちらのほうが稀です)
 
生まれた子供に罪はないし、自分の夫のしたことだから
 
庶子として認めて養育する・・・
 
子供のころには理解できなかったことも
 
年を重ねるにつれて納得していきます。
 
自分がその立場にないから言えるのかもしれませんが・・・
 
 
 
 

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