正面を向いた牛は「ウーリ」
赤地の右肩に白十字は「シュヴィーツ」
赤と白の鍵は「ウンターヴァルテン」
(現在はそれぞれ「オプヴァルテン」「ニトヴァルテン」の準州)
縦に区切られた青と白が「ルツェルン」
1291年8月1日。
「ウーリ」「シュヴィーツ」「ウンターヴァルテン」の三州が
ザンクトゴッタルド峠の開通による強国の介入排除及び
ハプスブルク家の支配から自治権を勝ち取ろうと同盟を結びました。
ルツェルンは1332年、この同盟に4番目の州として加盟したのです。
「ウィリアム・テル」のお話をご存じのかたもおいででしょう。
舞台は14世紀前半のウーリ州アルトドルフ村。
ハプスブルク家から派遣された代官ゲスラーは村の中心広場に棒を立て
神聖ローマ皇帝(アルブレヒト1世)の帽子を載せました。
「この広場を通るものは誰でもこの帽子にお辞儀をするように」
テルは幼い息子の手を引いて広場を通りましたが、お辞儀をしません。
ゲスラーに捕えられて判決を言い渡されます。
「お前は弓の名手だそうだな。
連れている息子の頭上に林檎を置き、
それを100歩離れたところから射落としてみせろ。
見事できたのであれば、お前の罪を許してやろう」
テルの弓は石弓。
子供の頭を吹き飛ばすほどの威力がある弓でした。
恐ろしい命令にテルは躊躇しますが、息子の
「お父さんなら出来る」
というあどけない声に励まされ、見事林檎を射落としました。
ゲスラーはやんやと喝采しますが、テルが隠し持っていた矢が落ちてしまいます。
「お前はなぜ矢をもう一本持っていたのだ?」
「もし最初の矢が息子の頭上の林檎を外したのであれば
この矢であなたを射るつもりでした」
怒ったゲスラーはテルを再び捕え
フィーアヴァルトシュテッテ湖畔の牢獄へ連行するために船に乗せます。
ところが急な嵐。
テルとゲスラーを乗せた小舟は波に翻弄され、
ゲスラーはやむを得ずテルの縄をほどき船を漕ぐように命じました。
小舟が岸辺に着いたとたん、テルは脱兎のごとく逃げだし
途中の切通しでゲスラー一行を待ち構え、射殺。
これがスイス独立の旗揚げになったというものです。
「ホテル・デザルプ」の先にあるのはルツェルンの市庁舎。
一階部分がアーケードになっているのがわかりますか?
市庁舎の前(この写真の向こう側)は広場になっていて市が立ちましたが
こちらのアーケードは雨の日の市として使われました。
奥に見えるのはお城ではなく夏だけ営業しているホテルレストラン。
有料ですが、ケーブルカーで上がることもできます。
カペル橋を新市街側から眺めた様子。
いつもここでお客様に顔を出していただき写真を撮ります。
私のお奨め写真スポット^^
新婚さんに大変喜ばれる場所です。
(冬は花飾りがありませんからぜひ夏においでくださいね)