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正面から見るシェークスピアの生家。
よ〜〜く見ると増築されているのがわかります。
向かって左側の紋章がある部分が増築部分。
1490年に建てられた木造家屋は数年後に増築されました。
作家であるウィリアム・シェークスピアの紋章。
ペンのかたちをしています。
増築された部屋の部分。
壁紙はシェークスピア時代のレプリカですが
床石は16世紀のオリジナル。
シェークスピアが歩いたときのままです。
その奥は食堂。
木のテーブルに当時の食事の様子が再現されています。
金属製のお皿に陶器の食器。
ガラスのコップはごつごつしています。
テーブルに置かれたカトラリーは木製スプーンのみ。
当時は手づかみでの食事でした。
スープだけはスプーンで飲んでいたというものです。
肉やチーズを掴んだ手でガラスのコップを掴むと滑りますから
滑り止め防止にごつごつしたグラスを使っていました。
今でもドイツのワイングラスにその名残があります。
お料理はパンやチーズ、果物でジャガイモやトマトはありません。
(奥にあるのは林檎です)
新大陸から渡ってきた野菜はシェークスピアの時代には
一般的ではなかったのです。
コロンブスによる新大陸発見は1492年。
シェークスピアが生まれたのは1564年。
ジャガイモは18世紀にプロイセンが兵糧とするまで
花を観賞するのが一般的でした。
展示されている品物から当時の歴史が伺えます。
こちらはシェークスピアの父親の仕事部屋を案内してくれた係員。
彼女が身に着けているのはシェークスピアの時代の衣装です。
手に革袋を持っているのがわかりますか?
シェークスピアの父ジョンは皮手袋や革袋を製造・販売していました。
この袋も革で出来ています。
商品となる皮手袋を作る行程もここで見学できます。
手袋の型は今とほとんど同じ。
一組の皮手袋は今の金額で1万5000円程度で販売されたといいます。
なめした革が並ぶ棚。
反対側には売り場となるカウンターもあります。
タバコ屋さんのカウンターのようでしょう(古い?)
ここで作業しながら窓を開けて手袋は皮袋は販売していました。
こちらは男性係員。
彼の服装も当時のもの。
女性も男性も着ているのは麻のシャツです。
当時、イギリスでは麻しか栽培できなかったから。
冬になったらマントを羽織りました。
これは皮ではなく、毛織物。
今でも通じるファンションかも。
こちらは2階から眺める屋根裏部屋。
テーブルに刈られた羊の毛が置かれています。
ここも作業部屋でした。
ベッドの上に置かれた子供用の革ベスト。
当時の人々には必需品だったことでしょう。
シェークスピアが生まれた部屋。
ベッドの下に引出があるのがわかりますか?
これもベッド。
昼は収納して、夜は引き出して利用していました。
シェークスピアの生家には日本語のパンフレットがありますから
ここにアップしたのは私がお客様をお連れするときにご案内するものです。
実際にはもっと詳しく説明しています。
格安ツアーではストラトフォードアヴォンエイヴォンでガイドさんがつかず
シェークスピアの生家も外観のみ、と
先日出会った某社の添乗員さんが言っていたので記事にしました。
先日の軽井沢スキーバス事故でいろいろなことが浮き彫りになりました。
私はあの事故は氷山の一角だと思います。
金額優先でツアーを決めるかたが多数で
安ければ安いほどいい、と公言なさる方ばかりの中で
私は恵まれた仕事をしているほうなのだと実感しました。
安全と安心を提供して
ご満足いただける内容のツアーに添乗していると思います。
このブログを始めたときから、写真だけのアップではなく
その地の情報を入れて記事にしてきました。
「貴重な情報を無料で発信するなんて」という
書き込みをいただいたこともあります。
ブログの記事はすぐに古くなります。
そして私がここでアップしている内容は
お客様にご案内することの1%にもなっていません。
ここだけの情報で満足なら、格安ツアーで満足なさるだけでしょう。
シェークスピアの生家の外観だけご覧になって
内部はこの記事で満足するだけ。
ツアーの中で観光が犠牲になっているのなら
他の部分も犠牲になっているかもしれません。
ホテルは新しく綺麗なほうがいい。
食事は三食ついていたほうがいい。
しかも美味しくなければいけない。
金額は安ければ安いほどいい。
何かが犠牲にならないほうがおかしいのですが。
消費者の無茶に企業が答えた結果が今の日本です。
ツアーだけではなくいろいろなことに言えると思いますが。
シェークスピアの生家併設の売店で売られている「シェークスベア」
お土産屋さんだけなら無料で入れます。
コメント欄は閉じておきます。
ご意見があるかたはどうぞゲストブックへおいでください。
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