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無事に成田空港に到着しました。 ターンテーブルでキャリーバッグを待っていたら同僚Hがやってきました。 「全日空だからおしぼりがサービスされるじゃない? 私の隣に座ったロシア人のおばあちゃんがそのまま口に入れようとしたの! びっくりしてとめたけど、おしぼりを知らなかったのかも!!」 海外ではウェットティッシュタイプはあっても、タオルを温めて丸めたおしぼりは認知度が低いのですね。 二人で笑いながら話していましたが、私の荷物は出てきません。 コウ「やっぱりロスバゲしたかも・・・・」 そう思ってから気がつきました。 今日はいつもの黄色いスーツケースじゃなかったっけ。 黒いキャリーバッグを預けたんだ! ずっとターンテーブルを回っていたのが私のキャリーでした。 よかった〜〜 これで安心して帰ることができます。 同僚Hは国内線で移動するお客様のお手伝いがあるので税関手前でお別れしました。 一緒にお茶(ビール?)をしたかったけれど・・・ これで私のブルゴーニュ公国の旅はおしまいです。 記事にアップしていないこともたくさんありますが・・・ いつか気が向いたらアップします。 今はまだ、私だけの思い出にしておきますね。 マニアックな記事にお付き合いいただいてありがとうございました。
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プライベート旅行
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詳細
年に1回くらいです。
のんびりまったりしています。
のんびりまったりしています。
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朝6時に起きて荷物の整理。 いつもはこのキャリーは仕事用の書類と荷物でいっぱいです。 そのときの写真。 雪も見納めかしら・・・ 私が乗る予定の飛行機は9時半発。 7時16分発の列車に乗れば7時33分に空港に着きます。 でもこれなら一本早い7時2分発の列車に乗れそう♪ 他の路線も軒並み遅れています。 これはとってもいいシステムだと思いました。 往路の東京駅で成田エクスプレスが30分以上遅れたときに、 同じホームでロシア人の男性が私と同じ車両を待っていたのです。 東京駅ホームでは日本語で遅延案内があっても英語放送や表示はありません。 最終的にホームも変更になりましたが、それも日本語放送のみ。 私はロシア人男性に列車が遅れること、ホームが変更になることを伝えました。 メッヘレンでゲントでいろんな人に親切にしていただきましたが、 日本はまだまだ英語の流通度は低くなっています。 本当に国際化を目指すのであれば、東京駅という日本の表玄関の一つから始めることも 大切ではないのでしょうか。 私自身は英語教育より日本の文化・歴史を学ぶことが真の国際化に繋がると思っているのですが・・・ (自国を知らずに国際化を叫ぶのは本末転倒ですから) 7時16分発空港行き列車は15分ちょっと遅れて到着しました。 空港到着は7時45分。 こちらもスムーズにチェックインを終えて、ラウンジでクロワッサンとコーヒーの朝食をいただきます。 「今日はディレイ(遅延)するかも・・・」 そんなことを思っていました。 でもフランクフルトでの乗り継ぎは3時間。 多少、遅れても充分でしょう。 フランクフルト行きルフトハンザ1007便の搭乗開始は案の定、1時間遅れました。 座席に座ってそろそろ離陸・・・と思っても動きません。 機長からの案内が放送されます。 「エンジンを始動していますが、かかりません。 地上係員からの連絡を待っています」 雪ではなくて機材故障のようです。 結局3時間以上遅れての出発となりました。 機内では乗り継ぎについての放送が入ります。 私が乗るフランクフルト発成田行きは13時半発。 LH1007便がフランクフルトに到着したのは13時45分・・・ もちろん乗り遅れです。 乗り継ぎは無理なので、ルフトハンザのサービスセンターへ行くようにという案内でした。 フランクフルトの空港で私はサービスセンターに急ぎます。 同じ便に乗っていた人の何名かも乗継便の乗り遅れています。 乗り遅れたから次の便を用意して待っているなんて、日本くらい。 この国では自分で交渉しないといけません。 サービスセンターではすでに10名ぐらいが受付で並んでいました。 係員は男性一人だけ。 彼が内容をチェックしてそれぞれ乗り継ぎカウンターやチケットセンターへ行くように指示しているのです。 私は成田行きの搭乗券を出しました。 係員「この便はもう出発している。どうして乗らなかったんだい?」 ・・・この巨大な空港ではどの便がディレイしたかまで把握するのは難しいのでしょうね。 私の後ろに並んでいた同じ便に乗っていたカップルがこの言葉を聞いてびっくりしていましたが。 機材故障でブリュッセルからの便が遅れたことを告げると、係員は私にチケットセンターへ行くように 言いました。 「成田行きはこの後に全日空があるから、それに振り替えることになると思うよ」 全日空なら夜8時半発。 それなら少しフランクフルト市内へ行くこともできるかも。 そんなことを考えながらチケットセンターへ向かいます。 チケットセンターはターミナルAとBの間、2階でした。 入り口で搭乗券を見せると係員から整理番号を渡されます。 電光掲示板に整理番号とカウンターが表示される病院のようなシステム。 このときは「今回はビジネスクラスにしてよかった」と思いました。 ビジネスクラスの番号待ちは二人だけでしたが、エコノミークラスは50人以上いたのです。 この日、雪のためにディレイした便はとても多かったよう。 私の斜め前にはグループらしい人たちがいて、やっと出てきた新しい搭乗券を受け取っていました。 仕事じゃなくてよかった・・・ 私の番号はすぐに表示され、指定された6番カウンターへ行きました。 「Guten Tag.」 挨拶して搭乗券2枚とパスポートを出すと係員がドイツ語で話し始めます。 びっくりする私に気がついて 「Sorry. You speak Deutsches. English is better ? (ごめん、君がドイツ語を話したから。英語がいい?)」 と言うので 「Japanese,Please(日本語でお願いします)」 と答えたら、大笑いされて 「OK! コンニチハ、アリガトウ!」 と言われました。 空港ではときどき日本語を話すスタッフがいるので言ってみただけなのですが、 彼は私が冗談を言っているのだと思ったようです。 係員「全日空の成田行きは今夜はビジネスは満席なんだ。エコノミークラスなら空いているけれど・・・」 コウ「エコノミーですか?」 せっかくビジネスクラスでチケットを取ったのに、エコノミーは嫌かも・・・ 急ぐ旅でもないし、今夜フランクフルトに一泊して明日のルフトハンザでもいいけれど・・・ でも私がこの日の便にしたのは、明日からのルフトハンザは満席だからなんだよね・・・ そんなことを考えていたら 係員「ミュンヘンからならビジネスクラスが空いているから」 ミュンヘン? 係員「16時20分発の便でミュンヘンに行けば、19時55分発の成田行き全日空に乗れるから。 もちろんミュンヘン行きもビジネスクラスだよ」 コウ「それでお願いします」 まだ14時30分でした。 搭乗券を2枚発券してもらって、セキュリティ検査をしてゲートへ。 ラウンジで簡単に遅い昼食をいただいて、また30分ディレイしたルフトハンザ116便に乗り込みます。 ちょっと残念。 帰りをフランクフルト経由にしたのは、エアバス380に乗るため。 ターミナルBの税関とターミナルCのゲートの距離を測るためだったのに・・・ フランクフルト発の全日空はターミナルBだから、こうなったらミュンヘン発でもフランクフルト発でも 同じだものね。 そう考えながらミュンヘンで出国審査を終えたら、同僚に会いました。 搭乗開始までしばらくおしゃべり。 同僚H「ドイツクリスマスマーケットのツアーだったの」 コウ「寒かったでしょう?」 H「夜は−14℃まで下がったのよ。 ヨーロッパは寒波に襲われて日本でもニュースになっていたみたい。 日本の家族が心配して、お客様の携帯電話にメールがバンバン入ってきたっておっしゃってたから」 コウ「やっぱり寒波だったの!? 今年の雪は早いって思ってたの」 H「そうだよね。 そんなニュースが日本で流れてるなんて知らないもの。 今年はやけに寒いなぁって思ってた」 ひとしきり寒波の話題で盛り上がってから、私がミュンヘンまで来た理由を話しました。 コウ「だから、ロスバゲするかも。 一応、フランクフルトでクレームタグもチェックしてもらったけど」 H「ロスバゲしたら、ルフトハンザ払いで宅配で自宅に送られるからいいじゃない?」 コウ「でも今回はスーツケースじゃなくてキャリーだから、重くないのよ。 ブリュッセルで量ったら11キロしかなかった。 せっかくの30キロの枠も宝の持ち腐れだね」 H「11キロ!? 残り19キロをうちのお客様に欲しいくらい。 お買い物の量が半端じゃなかったの」 和食をいただいてぐっすり眠って、気がついたら成田まであと2時間ちょっとで到着です。
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朝、起きたら・・・ いくら何でも今年の雪は早すぎない!? そんなことを考えながら朝食をいただきます。 他にベーコンやソーセージ、スクランブルエッグがありますが、私は朝食はあまり家とかけ離れた ものにはしません。 家ではいつも野菜ジュース・ミルク入りコーヒー・ハムorチーズトースト。 でもこちらのホテルではいつもとは違うものをいただきました。 焼きたてではないから、お味は今ひとつですが。 私の目的はここです。 ここにはタクシス家の霊廟があります。 ハプスブルグ家から、ヨーロッパの郵便事業を任された一族・・・ イタリア語では【TAXIS】、ブリュッセルはフランス語圏なので【TASSIS】 このタクシスが【TAXI】の語源になったと言われています。 礼拝堂の中には霊廟がありますが、そちらはカメラに収めていません。 観光ではなく、お参りとしてこの礼拝堂を訪れたのですから・・・ 私がいつまでも佇んでいたので、何人かの観光客が同じように覗いていきました。 あの霊廟の意味することがわかった人はいたのでしょうか・・・ ノートルダムはフランス語で「私たちの女性」、聖母マリアを意味します。 翼の生えたライオンは聖マルコ。 翼の生えた牛は聖ルカ。 鷲は聖マタイ。 天使は聖ヨハネ。 ノートルダム・ドゥ・サブロン教会からグランプラスへ行くまでの道にはこんな建物があります。 漫画博物館があるくらい人気で、街の中のあちらこちらにこんなペイントがされているのです。 市内のペイントを訪ねるコースもあって、インフォメーションには専用MAPもあるとか。 私はあまり興味がないのでスルーしてしまいましたが、好きな人にはたまらないのでしょうね。 ビールの醸造にはイースト菌が不可欠ですが、19世紀にパスツール博士によって発見されるまで 「パン屋の近くでビール醸造すると成功する」 と言われていました。 それまではビール醸造で3回のうち2回成功すると【腕のいい職人】と言われていたそうです。 透明ビールはチェコのピルゼンで作られるまで、どこでもダークビールが主流でした。 (だから透明ビールをピルスナー(ピルゼン)といいます) 簡単にお昼をいただいてから「王の家」へ。 「王の家」と呼ばれるようになりました。 カール5世自身はここに住んだことはありませんが・・・ 本当はこちらではなく、オルタ博物館に行く予定でした。 アールヌーヴォー建築で有名なヴィクトール・オルタの作品を間近で見たい、と思っていたのですが・・・ ここもツアーで行程に入ることはありません。 ガイドさんの案内では「小便小僧の衣装」が展示されているというだけで興味も湧かなかったのです。 でも・・・ 中は写真撮影禁止でしたが、入ってよかった。 「小便小僧の衣装」だけではなく、ブリュッセルの歴史がわかるシステムになっています。 そして2階から3階へ続く踊場のステンドグラス・・・ それはカール5世が治めた国の紋章でした。 写真撮影不可なのが悔やまれます。 そこには「双頭の鷲」以前のハプスブルグ家の紋章もあったのですから・・・ 王の家を出たら、もう夕方です。 オルタ博物館はあきらめて違うとところでアールヌーヴォー建築を堪能することにしました。 そこを抜けて到着したのは・・・ 最初はブリュッセルのホテルをここにしようと考えていました。 立地からロイヤル・ウィンザーホテルにしてしまったのですが、 やはりアールヌーヴォー様式のこのホテルは素敵です。 会合が終わったばかりらしく、清掃が入っていたので画面中央に掃除機が置いてあるのはご愛嬌。 私の斜め前では仕立てのいいスーツを着た紳士が一人でコーヒーを飲んでいました。 そこにやってきたのは毛皮のコートを着たマダム。 軽くキスをしてマダムが自分が買ってきた品(ジョージ・ジェンセン)の紙袋を出します。 ジョージ・ジェンセンは銀製品のお店。 共通の知り合いへのクリスマスプレゼントかしら・・・と、また妄想が暴走。 1時間はあっという間に経ってしまいます。 私はあるビールの銘柄を言ってみました。 「Duchesse De Bourgogne」(ブルゴーニュ大公女) マックスの最初の結婚相手「マリー・ド・ブルゴーニュ」の名がつけられたビールです。 このお店はヨーロッパにしては珍しくプチプチもあって、 「日本に持って帰る」 と言ったら、丁寧に巻いてくれました。 ベルギーではビールには必ず専用グラスがあります。 もちろん1個だけあった「ブルゴーニュ公女」グラスも買いました♪ もったいなくてまだ飲んでいませんが。 グランプラスを通ってホテルに戻ろうと思ったら、市庁舎ではこんな光景。 ずっと見ていたいけれど、この寒さでは10分が限界でした。 名残惜しいけれど、ホテルに戻ってから夕食のためにグランプラスに戻りました。 明日は帰国です・・・
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起きたらまだ雪。 もっとホカロンを持ってくればよかった、と思いながら朝食をいただいてホテルを出ました。 トラム乗り場へ急ぐと、横断歩道の脇にもう来ています。 急いで乗り込んでチケットを購入して座りました。 よかった。 これなら早めに駅に着きそう。 そう思ったけれど、なんとなく景色が一昨日と違います。 おかしいな・・・ 5分後に気がつきました。 私は反対方向行きのトラムに乗っていたのです。 しまった〜〜 チケットは購入してから1時間乗り降り自由なので、問題はありませんが・・・ 仕事じゃなくてよかった。 添乗員はプライベートではけっこうドジをしています。 駅に到着すると次のブリュッセル行きは30分後。 ここは2階部分で30分でブリュッセル中央駅に到着します。 荷物だけ預けて出発します。 中央駅とグランプラスの中間という立地が気に入って、ここにしました。 この隣に新しくOPENしたルネ・マグリット美術館にどうしても行きたかったんです。 美術館内は撮影禁止なので絵葉書ですが・・・ 20世紀のシュールレアリスムの巨匠ルネ・マグリット・・・ この絵の素晴らしさは絵葉書では伝えられません。 特に「光の帝国」は何時間でもその前に座っていられます。 売店には個人所有の絵葉書が何枚か売られていました。 自宅にこれらの絵があるなんて、なんて素晴らしいのでしょう・・・ この日は第1水曜日。 12時に美術館のチケット売り場へ行ったら スタッフ「今日は午後1時から無料になるのよ。その時間にいらっしゃい」 と言われたのです。 コウ「本当!? ありがとう♪」 そんなにお腹がすいていなかったので(ゲントでビールを飲んでいるし)、1時過ぎに 美術館内のカフェで軽く何かつまもうか、と思っていましたが、この一言で予定を変更しました。 以前から行ってみたかった美術館内のブラッスリーに行くことにしたのです。 お味はそれほどでもないけれど、美術館内ですから壁には素晴らしい展示があります。 これだけでもここで食事をする価値があると思いました。 王立美術館内にはマグリットを含めて4時間弱いました。 この美術館は夕方5時まで。 4時45分には「そろそろ時間です」と館内放送が入ります。 何回も通わないとダメみたい・・・ 美術館は集中力が必要だから、疲れかたも違います。 どれだけ空いている美術館でも本当に疲れます。 私はそれは画家のパワーではないかと思っています。 ニースのシャガールやマティス美術館、アムステルダムのゴッホ美術館など 一人だけの作品ならそんなに疲れることはありませんが・・・ たぶん大勢の画家のそれぞれのパワーを浴びるからでしょう。 絵画は癒しではなく、画家の思いが込められているのだということを感じます。 ツアーではガイドさんの案内で館内を回ります。 だからここではいつもはゆっくり見ることがない絵を見ていきます。 フォークはイタリアで始まりました。 メディチ家のカトリーヌがフランス・ヴァロワ家にお嫁に行くときの嫁入り道具の一つがフォーク。 16世紀後半までフランスでも食事は手づかみが普通でした。 (ですからフィンガーボールがあるのですね) この絵はまだフォークが普及する前の様子を表しています。 そしてお皿が金属製でグラスはガラス製。 陶器が浸透するのはまだまだ先のことですが、ガラスはゴチック建築で使われていたことから わかるように高価ではあっても普及していたことがわかります。 350年前のイタリア人も焼き栗が好きだったんだ、と嬉しくなります。 私が美術館で時間がかかるのは、こんな風に一枚一枚の絵に見入ってしまうからでしょう。 仕事ではお客様がスリにあわないよう迷子にならないように注意しますから 絵に集中することはありませんが、プライベートでは何時間いても厭きることがありません。 スペイン3大抽象画家を理解するのには、私はまだまだ勉強不足です。 印象派の絵はリラックスできます。 近代絵画館は早足でした。 3.5ユーロ(約420円)もする新聞、現地駐在している人しか買わないだろうと思っていたのに・・・ 日本の情報に飢えていたんです・・・
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起きたら・・・・ これはホテルの朝食レストランから撮った一枚。 私は安堵のため息をつきました。 「ゲントにもう一泊することにしてよかった・・・」 メッヘレンでここのホテルの予約をとりましたが、1泊分しかできませんでした。 2泊目は満室だというのです。 昨夜、ブリュッセルのホテルに連絡して1日早くチェックインできるか確認しましたが、 こちらも満室で断られました。 考えた結果、もう一泊を聖バーフ大聖堂横のホテルに宿泊することにしました。 便のいいホテルで早めに出発してブリュッセルに行こうと思ったのです。 「この雪だったら交通網は麻痺しているから移動日にしなくてよかったかも」 そう考えながら、ホテルを移動しました。 本当は今度のホテルはあまり泊まりたくありませんでした。 なぜなら第3ブランドで使っているホテルチェーン。 朝食込み130ユーロはベルギーでは良心的な価格ですが、内容はそれなりです。 カーテンが窓より短くて、私はカーテンとテーブルのあいだにコートをバッグを並べて風除けに していたくらいですから。 お布団(ベルギーは毛布ではなく布団)も新たにいただいてそれでやっと休めたのです。 スタッフはとても感じがいいのですが、お仕事ではあまり使いたくないホテル・・・ もちろんお部屋は準備できていませんから、キャリーケースを荷物室に預けて出発します。 最初に行ったのは装飾美術館。 18世紀の貴族の館からアールヌーボーの家具が展示されている市内中心部の建物です。 このときはお茶の特別展が行なわれていました。 どうして寒いのに中庭に出たかというと、お手洗いは中庭のドアからしか行けなかったんです。 昔の祖母の家を思い出しました。 そして本日最大の目的地へ向かいます。 昨夜、地図を見ていて気がついた地名・・・プリンゼンホフ。 マックスとマリーが新婚生活を送り、フィリップとマルガレーテが生まれ育った宮廷・・・ ゲントのインフォメーションでもらった地図には、その地名が書かれていました。 宮廷はもうないだろうけれど、その場所だけでも見てみたい・・・ そう思って歩いて行った先は、こんな場所でした。 敷地の大半は駐車場になっていました。 住宅地かもしれない、とは思っていましたが・・・ 教会の中の彫刻や絵画に興味がある私ですが、このときばかりは栄枯衰勢を考えているだけでした。 バロック様式ということはマクシミリアンの時代から100年以上は経ってから建てられていることでしょう。 (後で確認したところ修道院は17世紀、教会は18世紀はじめの建築でした) ボンヤリしながら、金曜日広場に戻りました。 すっかり食欲がなくなってしまったので、中華レストランで軽くランチにして 昔のホスピスを改造した博物館。 ゲントの子供たちが見学に来ていたらしく中庭では子供の歓声がしていました。 寒いのにみんな元気です。 ここは夜だけ開いているレストラン。 どんなに高くてもここで食事をしていかないと日本に帰ってから後悔します。 実はこの席、外から見たらマックスのレリーフのすぐ下の席なんです。 まさかここに座れるとは思っていなかったので大喜び♪ この蝋燭の雰囲気も感激しました。 江村洋さんの著書「ハプスブルグ家の女たち」の中の文章を思い出します。 子どもの頃、飢えと貧困に慣れていたマックスにとって、ここの生活は信じられないような豪華さだった。 ウィーンでは目にしたことがないような食前が整えられ、ブルゴーニュ産のワインが芳香を放っていた。 私の場合はハーフボトルなので選択肢は一つしかなかったのですが・・・ コロッケはベルギーのお料理の一つです。 ソースではなくレモンでいただきます。 メインは手長海老グリル、その後コーヒーをいただきましたが、写真がありません。 そんなに盛り上がっていたのかしら、私・・・ 女性二人、カップル、年配の男性二人連れ、友達6人・・・ 地元の人が多いらしく、オーナーが笑顔で挨拶していました。 ホテルのバーでコーヒーをいただくことにしました。 部屋はシャワーオンリーでこのままだと風邪を引きそうです。 グループの中でもソフィテルやプルマンは第1ブランドで利用し、 私が昨日泊まっていたノボテルは第2ブランドで メルキュールは立地によって第2や第3ブランドが使い ここイビスは第3ブランドが利用しています。 実はメルキュールとイビスホテルには数年前からミニバーがありません。 これは会社のホテル仕入れ担当から聞いたのですが 「ミニバーがあっても利用率が低いから。 中の飲み物を出して、自分が持ってきたビールやソフトドリンクを冷やす人ばかりだから 経費を考えたらミニバーを撤去して、ルームサービスを24時間にしたほうがいいらしい」 と言われていたのです。 バーに【24時間OPEN】という看板があったので、カウンターのアジア系の女性に 「本当に24時間、開いているの?」 と訊いたら 「ここにいるのは1時まで。それ以降はフロントに言ってね」 と言われました。 カウンタースタッフ「あなた、中国人?」 コウ「日本人よ。あなたは中国人なの?」 カウンタースタッフ「フィリピン人よ。 英語、上手ね」 コウ「ありがとう。ここは英語が通じるからよかったわ」 カウンタースタッフ「ベルギーに住んでいるの?」 コウ「旅行者よ。明日、ブリュッセルに行くの」 スタッフ「そう。ブリュッセルは気をつけてね。 私は以前、あそこで働いていたのよ。 ここやブリュージュは大丈夫だけと、ブリュッセルは危ないわ。 カバンをしっかり持っていてね」 コウ「そうなんだ。ありがとう」 実は私の同僚がブリュッセルで引ったくりにあったことがあります。 都会はどこも危険。 このスタッフの女性はとても感じがよくて、しばらくおしゃべりして別れました。 ミニバーで一人で飲むより、こういうことがあるほうがいいかもしれませんね。
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