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涙が止まりません

<東日本大震災>お墓にひなんします 南相馬の93歳自殺
毎日新聞 7月9日(土)2時32分配信
 
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自殺した女性が残した遺書=神保圭作撮影
 「私はお墓にひなんします ごめんなさい」。福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。

【緊急時避難準備区域の場所は】図説でみる福島原発事故

 女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた。

 第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。

 4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。

 長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」と言うと、女性は言葉少なだった。「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」と長男は話す。

 住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった。

 自宅から4通の遺書が見つかった。家族、先祖、近所の親しい人に宛て、市販の便箋にボールペンで書かれていた。家族には「毎日原発のことばかりでいきたここちしません」。先立った両親には「こんなことをして子供達や孫達、しんるいのはじさらしとおもいますが いまの世の中でわ(は)しかたない」とわびていた。

 奥の間に置かれた女性の遺影は穏やかに笑っている。近所の人たちが毎日のように訪ねてきて手を合わせる。「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。葬儀で読経した曹洞宗岩屋(がんおく)寺前住職、星見全英さん(74)は「避難先で朝目覚め、天井が違うだけで落ち込む人もいる。高齢者にとって避難がどれほどつらいか」と心中を察する。

 取材の最後、長男夫婦が記者に言った。「おばあちゃんが自ら命を絶った意味を、しっかりと伝えてください」【神保圭作、井上英介】

 ◇女性が家族に宛てた遺書の全文

(原文のまま。人名は伏せています)

 このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい
南太平洋で地震発生と思ったら、今度は噴火警告。

地球規模で地殻変動が起こっているのでしょうか・・・


新たな火山噴火警告=アイスランド 【レイキャビクAFP=時事】
アイスランドの火山専門家らは6日、同国南部ヘクラ火山がいつ噴火してもおかしくない状況にあると発表した。マグマの動きから予測したもので、欧州の空の便を大混乱させた昨年のエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山噴火に匹敵する規模の火山灰を噴出する恐れがある。(時事通信)
ハプスブルク氏死去…冷戦終結に一役
読売新聞 7月4日(月)23時5分配信

 オーストリア・ハンガリー帝国最後の皇帝の長男のオットー・フォン・ハプスブルク氏が、4日、ドイツ南部ペッキングの自宅で死去。98歳。

 1979年から20年間、欧州議会議員を務めた。89年、オーストリア・ハンガリー国境で東ドイツ市民が西側へ越境を求めて集まると、積極的に支援し、冷戦終結に一役買った。

 4歳で父親のカール一世が皇帝に即位したことにより皇太子となった。ハプスブルク氏は第1次大戦後、帝国が崩壊した後は、ベルギーやスペイン、米国などを転々とした後、54年からペッキングに居住した。(ベルリン 三好範英) 最終更新:7月4日(月)23時37分




ハプスブルク家は続きますが、帝国時代を生きた人はもういないのですね・・・

皇帝就任後のカール1世の生涯は苦難の連続でした。

てんでんこ

<東日本大震災>答え出ない「てんでんこ」…自主防災と矛盾
毎日新聞 7月2日(土)19時34分配信
 国道45号を挟んで、海岸から山手にかけて民家が建ち並ぶ岩手県釜石市嬉石(うれいし)地区。寝たきりの高齢者を助けようとした男性8人が津波にのまれ、その高齢者を含む4人が死亡・行方不明となった。「津波てんでんこ」の教訓を知っていながら救助に向かった生還者は「『てんでんこ』はやっぱりできない。ならばどうすれば良かったのか」と自問を続けている。【黒田阿紗子】

 ◇まだ年寄りが

 3月11日午後2時46分。市中心部で軽トラックを運転していた消防団員の佐々木俊介さん(52)は、激しい揺れに「大津波が来る」と直感した。ヘルメットと法被を身に着け約15キロ離れた自宅に戻ろうとしたが大渋滞に遭い途中の嬉石地区にある義父宅へ向かった。

 義父と近所の高齢者を連れて一時避難場所の嬉石地区集会所にたどり着いたころ、時計は午後3時7分を示していた。集会所の人はまばら。ほとんどは、更に山手の市民交流センターへ逃げていた。

 「年寄りがまだ下にいるっけ、助けて」。そこに女性が駆け込んできた。津波は遅くとも30分後とみていただけに「今から間に合うか」との思いがよぎったが、不安を振り切るように軽トラックに再び飛び乗った。

 ◇布団ごと救出

 坂道を約250メートル下った民家の前で、知り合いの消防団員(49)らが待っていた。寝たきりの菊池ミエさん(82)を義理の娘(52)が1人で抱えようとしたが持ち上がらず、助けを求めているという。町内会長の成沢幹雄さん(72)もいったん避難した後に駆けつけ、集まった男性は計8人となった。

 以前は雑貨店だった民家の正面はシャッターが下りていたため、成沢さんら4〜5人が1階裏口から寝室に入ると、オムツ姿のミエさんに娘がズボンをはかせようと手間取っていた。「そんなのいいから」。遮るように布団の四隅を総出で持ち上げた。外で待ちかまえていた男性2人がシャッターを開け、布団ごと軽トラックの荷台に積み、佐々木さんが急発進させた。

 「津波が来たぞ」。叫び声がしたのは、その瞬間だった。進行方向から白波を立てた山のような水の壁が迫っていた。「こっちさ入れ」。佐々木さんは消防団員の呼び掛けで、家屋の陰になる空き地に車を動かした。だが、あっという間に水にのまれ、車内に閉じこめられた。車体が水に浮いて右に傾いた瞬間、助手席側のドアを開けて脱出できた。

 必死の思いで浮上し、目の前にあった家の屋根によじ登った。見渡すと家屋や電柱がごう音を立てながら濁流に押し倒され、もう軽トラックもミエさんの姿も見えなかった。

 一方、成沢さんは消防団員と一緒に山手へ走ったものの、すぐ津波に追いつかれた。しばらく小屋のへりにつかまって耐えたが、横殴りの波に打たれ2人は同時に手が離れた。成沢さんは偶然流れてきた大型の工具箱を盾にして、がれきをよけながら夢中で泳いだ。

 ◇自主防災とは

 ミエさんと消防団員は現在も行方不明のまま。救助の際にシャッターを開けた男性2人は死亡した。「人間、助けてけろって頼まれたら絶対行く。『てんでんこ』はできないって今回よく分かった」。佐々木さんはうつむいた。

 成沢さんによると、町内会は4月1日、自主防災組織を発足させる予定だった。全365世帯を五つのブロックに分け、1人で避難できない高齢者を手助けする段取りを詰めていた。それも津波で保留となった。

 今は避難所となった市民交流センターで運営を取り仕切っている成沢さん。「どう考えても『てんでんこ』と自主防災組織は矛盾する」。毎晩、避難所の運営スタッフと議論になるが、どうすれば犠牲を防げたか、まだ答えが出ない。

 ◇津波てんでんこ◇

 津波の時には親子といえども頼りにせず、てんでんばらばらに走って逃げよという意味。度重なる津波に見舞われてきた三陸地方で、家族や集落が全滅することを防ぐために言い伝えられてきた。
「シャルレーヌ妃」誕生=アルベール公が結婚式
 【パリ時事】地中海に面した小国モナコの君主アルベール2世公(53)と、南アフリカ共和国の元五輪水泳選手シャルレーヌ・ウィットストックさん(33)の結婚式が1日、モナコ公宮殿で執り行われた。モナコを治めるグリマルディ家は、アルベール公の母親グレース妃(元米女優グレース・ケリー)以来となる花嫁「シャルレーヌ妃」を迎えた。
 この日は法的な婚姻式典が行われ、ダークスーツの新郎と水色のドレスの新婦が互いを配偶者にすると宣誓。婚姻が成立すると、見守る親族や友人らから拍手が起きた。夫妻はその後、宮殿のバルコニーに出て集まった人々の歓声に応え、アルベール公が「お祝いしてくれてありがとう。モナコ万歳」と呼び掛けた。
 2日には宮殿の中庭で宗教上の結婚式が執り行われ、各国の王室関係者や政府要人、著名スポーツ関係者らが参加する予定。(2011/07/02-08:03)


ウィリアム王子のロイヤルウェディングは仕事中で見られなかったのですが、こちらも見たかったな。

アルベール公はずっと独身で(認知した子供はいるけれど)

跡継ぎはどうなるのだろうと密かに心配していました。(私が気にすることではないのにね)

何はともあれ、おめでたいことが続きます。
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