|
フランクフルトは第2次世界大戦中に行われた爆撃で
街の60%が焼かれました。
私の大好きな人の皇帝選挙が行われたこの街・・・
マックスの足跡はヨーロッパ中いたるところに残されていますが
ここでも私は彼の息吹を感じます。
ここはフランクフルトの市庁舎レーマー。
ドイツ語では市庁舎のことを「ラートハウス」と言いますが
ここだけはレーマー「ローマ人の」という意味。
11世紀からここでは市が立っていましたが
ここにローマ人が居をかまえていたことから今でもレーマーと呼ばれ
この広場一体は「レーマーベルク」と呼ばれます。
建物としてのレーマーは15世紀初めに建てられ
神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われたのもこの場所です。
神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われた「皇帝の間」は現在では有料で見学できます。
レーマーベルグからはちょっとわかりづらい入口を入るとこんな中庭。
ここはマックスが通ったこともある場所なんです。
(大戦後に修復されましたが・・・)
内部にはずらりと歴代神聖ローマ皇帝の肖像画が並びます。
これらは後世に描かれたもの。
私の大好きな人は、こんな姿で描かれています。
左からマックスの父親「フリードリヒ3世」
中央がマックスこと「マクシミリアン1世」
右はマックスの孫「カール5世」
いろいろな場所でマックスの肖像画を見ていますが
これはもっともかっこよく描かれた一枚。
私は数多くのマックスの肖像画の絵葉書を持っていますが
実物を前にして描かれたのはこちらです。
これは1515年に描かれたマックスの家族。
一番左で毛皮のショールを巻いているのがマックス。
鷲鼻・突き出た顎でおかっぱ頭。
その腕に抱かれているのは孫のフェルディナンド1世。
その横でマックス以上に顎が出ているのは
フェルディナンド1世の兄であるカール5世。
「皇帝の間」の肖像画と比べてくださいね。
おかっぱ頭は短く刈り込まれ、髭を生やしています。
彼は突き出た顎と下唇を隠すために髭を生やしたとも言われています。
カール5世の横はその妹のマリアとも
マリアの夫になるハンガリーのラヲシュ2世とも言われています。
マックス自身が決めた結婚政策。
これは成功しハンガリーもハプスブルク家の領土となります。
マックスと向き合っているのは不肖の息子フィリップ美公。
肖像画からはあまりハンサムには見えませんね。
スペインの英語ガイドさんは
「彼は所作がかっこよかったのじゃないかしら」
と言っていました。
その横の女性はマックスの最初の奥さんマリー・ド・ブルゴーニュ。
フィリップ美公やマリーが亡くなったあとに描かれたこの肖像画。
マリーはもっと美人でもっと気品があったろうと想像します。
こちらは1500年に描かれたマリーの肖像画。
彼女は1482年に亡くなっています。
でもこの絵を描いたニクラス・レイゼルは1458年生まれ。
彼は本物のマリーを見たこともあったでしょう。
マックスが愛したマリーのイメージはこちらではないかと妄想します。
こちらは1502年に描かれたマックス。
年を重ねるにつれ、優しそうな皺が刻まれていきます。
若い男性がかっこよく見えるのは当たり前のこと。
年を重ねたときの顔がその人自身なのだということを
この仕事に就いて実感しています。
マックスはとてもいい年月を過ごしてきたのでしょう。
これはマックスが亡くなった年に描かれた
アルブレヒト・デューラーの傑作(そう思っています)
金羊毛騎士勲章をつけていないマックスですが
高貴なイメージが伝わります。
それはデューラーが描く毛皮のマントから伝わるものかもしれませんが
マックスの人柄もにじみ出る一枚。
「皇帝の間」にはマックスの先祖のルドルフ1世(向かって左端)
そして右端には私はあまり好きではないルドルフ1世の息子アルブレヒト1世。
(中央の人物はハプスブルク家ではなくナッサウ家のアドルフ)
妄想が妄想を呼び、ここだけで何時間もいられます。
心残りだけどそろそろ出発時間。
レーマーベルクの向こうには神聖ローマ皇帝選挙が行われた大聖堂、
ザンクト・バルトロモイス教会(カイザードーム)もあります。
内部は写真撮影禁止なのが残念。
古代ローマ時代の遺跡も残るこの場所。
もっともっとゆっくりしたいから
次回はプライベートで来ます。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用





