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なんとか、なるかな。
少しでも力になれたら・・・

書庫マックスに会いに

ハプスブルク家マクシミリアン1世を訪ねたときの書庫です。

趣味全開なので流してください。
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アムブラス城は3つの建物で構成されています。
 
武器の部屋の次は博物館。
 
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奥に展示されていた日本の鎧。
 
徳川家康の時代にわずか13体がヨーロッパにあったそうです。
 
実際にスペイン・マドリードでオリジナルがお披露目されたと
 
添付されていた説明文にありました。
 
向かって右は豊臣秀吉の時代のもの。
 
戦国時代に使われていたものだと思うのですが。
 
「天下」は「正しきは天から支配」という意味となっていました。
 
 
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こちらはフレスコ画の部屋。
 
 
 
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マックスは一番奥にいました。
 
これはマックスが生きた時代よりずっと後に描かれたフレスコ画だから
 
仕方がないけれど・・・ちょっとワイルドすぎますよね。
 
 
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こちらはカール5世。
 
鼻はやっぱりマックスに似ている・・・?
 
 
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兄弟喧嘩ばかりしていたルドルフとマティアス。
 
 
 
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左からレオポルド1世。
 
ベラスケスが描いた肖像画で有名なマルガレーテは
 
この人のところへお嫁に行きました。
 
中央は息子のヨーゼフ1世。
 
その弟のカール6世。
 
マリア・テレジアの父親です。
 
 
 
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妄想ばかりが膨らんで、ぐるぐるこの広間を歩き回っていました。
 
 
 
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吹きガラスの窓。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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寄席木細工の天井。
 
 
 
 
 
 
 
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大理石の床。
 
 
 
 
 
 
 
現代社会の日本に生きる私が
 
マリア・テレジアの時代と同じ部屋に立っているのですから。
 
仕事ではほとんど妄想しない私ですが
 
プライベートでは暴走しまくりです。
 
 
ちなみにツアーではこのお部屋までしか来ません。
 
インスブルック市街からここまでバスで15分。
 
旧市街の観光、その他諸々の時間を考えると
 
インスブルックに一泊してもここでとれる時間は
 
お手洗い・売店でのフリータイムを含めて45分程度。
 
観光としてはちょうどいい時間ですが、興味があるかたには短いかも・・・
 
 
 
 
 
 
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こちらはインスブルック旧市街の様子。
 
一階部分がアーケードになっています。
 
 
 
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こちらは私は宿泊したホテルからの眺め。
 
 
 
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アーケードのある街並みは山深く積雪のある中世の街の特徴です。
 
雪が積もっても問題なく歩いたり、市が開けるように作られたもの。
 
インスブルックだけではなく、スイスの首都ベルンでも
 
同じようなアーケードの街づくりになっています。
 
 
 
 
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こんなバスに乗ってやってきたのはインスブルック郊外のお城。
 
 
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アムブラス城です。
 
このお城を訪ねるのも12〜3年ぶり。
 
お仕事ではお客様が迷子にならないように
 
そして時間通りに行程が進むように、ということばかりが
 
先立ちますから、いつか一人でここを訪れたい、と考えていました。
 
 
マックスは政略結婚でブルゴーニュのマリーと結婚しました。
 
2人の息子フィリップも政略結婚でカスティーリャのファナと結婚。
 
その息子のカールとフェルディナンドも政略結婚。
 
カールはポルトガル王女イザベラと
 
弟のフェルディナンドはハンガリー王女アンナと結婚しました。
 
マックスの二人の孫は政略結婚であったにも関わらず
 
お互い愛し合い、それぞれの家庭を築きます。
 
特にフェルディナンドとアンナは鴛夫婦で
 
アンナは次男に夫と同じフェルディナンドと名付けました。
 
そのフェルディナンドは銀行家の娘に恋をしてしまったのです。
 
2歳年上のフィリッピーネ・ヴェルザーとの愛はひっそりと育まれ
 
2人は父の許しを得、チロルへやってきました。
 
このお城は王冠を捨てた2人の愛の巣だったのです。
 
 
フェルディナンドという名前はハプスブルク家の中で数多くの王子に
 
付けられた名前。
 
ここでは神聖ローマ皇帝フェルディナンド2世と区別するために
 
チロル大公フェルディナンド2世と表記していきます。
(神聖ローマ皇帝フェルディナンド2世はフェルディナンド1世の孫です)
 
 
 
 
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お城の見学は武器庫から始まります。
 
この鎧は1480〜1490年に使われていたもの。
 
まさにマックスの時代の鎧です。
 
黄金の小屋根はマックスが馬上槍試合を見学するために作らせたお立ち台ですが
 
マックスはこんな試合を見ていたのです。
 
 
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こちらはチロル大公フェルディナンド2世のコレクション。
 
これもマックスの時代の鎧だそう。
 
 
 
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こちらはチロル大公フェルディナンド2世自身の鎧。
 
あまり身長は高くなかったようです。
 
 
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こちらは「レパントの海戦」で勝利を収めた「オーストリアのドン・ファン」
 
「オーストリアの」と呼ばれますが、彼自身はスペイン生まれスペイン育ち。
 
カール5世の庶子です。
 
 
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背景には「レパントの海戦」時に使われたガレー船。
 
本当にこんな船に乗って戦っていたのか、とドキドキします。
 
ちなみにマックスの母「ポルトガルのエレオノーラ」は
 
ポルトガルで初めて航海学校を創設したエンリケ航海王子の姪にあたります。
 
ハプスブルク家の血の由来を再確認する絵画でした。
 
 
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イメージ 5これはミラノで作られた鎧。
 
肩にはライオン
 
あまり武器は好きではありませんが
 
これはパレード用なのでしょうね。
 
 
 
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イェンバッハからの帰りは各駅停車。
 
シュバーツの銀鉱山へ行こうかと考えましたが
 
インスブルックへ戻る事にしました。
 
やっぱり4泊だけでは足りません。
 
もっともっとゆっくりしたい街です。
 
 
 
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帰りの車内から見るトラッツベルク城。
 
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このお城は高速道路からも見えますが
 
「トラッツベルク城」だという確信がなかったので
 
バス車内で案内することはありませんでした。
 
これから仕事で持ちネタの一つになります。
(歴史に興味がないお客様の場合は山や食事の話にとどめますが・・・)
 
 
 
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車窓の景色に見入ります。
 
仕事じゃないって本当に幸せ・・・
 
 
 
 
 
 
 
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ホテルのバーで一人ディナー。
 
ディナーではなくただの呑んでただけです。
 
4泊毎晩ここで飲んでいました。
 
マックスがいた場所と思うだけで幸せな気持ちになれるからです。
 
 
イメージ 5このワインはホテルオリジナル。
 
皇帝ヨーゼフと名付けられた赤ワイン。
 
ハウスワインは他に「シシィ」や
 
「フィリッピーネ・ヴェルザー」など。
 
インスブルックでは
 
フィリッピーネ・ヴェルザーは
 
とても人気のある女性です。
 
 
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おつまみはチーズ盛り合わせ。
 
ベリー類が多いのはお国柄でしょうか。
 
イメージ 7鬼灯は飾りだけではなく、
 
食べられます。
 
ヨーロッパの鬼灯は甘くて美味しい。
 
日本では「酸っぱい」という
 
イメージですが
 
ぜひ試してくださいね。
 
 
 
 
 
 
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お城を左上に眺めながらイェンバッハへ向かって歩き出します。
 
トラッツベルク城から駅まで約4キロ。
 
歩いている途中でバスに乗る事もできるでしょう。
 
 
 
イメージ 2
 
これでも路線バスが通る道です。
 
この道はなぜかとても懐かしく感じました。
 
 
 
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道の右手はこんな風景。
 
癒されます。
 
 
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通る乗用車はほとんどありません。
 
すれ違う人はまったくいません。
 
なぜか郷愁を誘う道・・・
 
この道は我が家近郊に似ているからでしょうか。
 
もちろん山はこんなに高くありませんし
 
家だってもっとあるのですが・・・
 
 
 
イメージ 5
 
歩いてきた道を振り返りました。
 
今、この写真を見ても自宅近くのように感じます。
 
我が家も山あいなので
 
ハイデルベルクやツェルマットでも同じように感じたことがありました。
 
でもここまで懐かしい場所はここが初めてです。
 
 
 
 
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農家に続く道をみつけました。
 
下の箱は郵便ポスト。
 
ラッパのマークはオーストリアでも郵便局のマークです。
 
 
 
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40分ほど歩いたところで二つ目のバス停近くに
 
小さなカフェを見つけて休憩。
 
英語が通じないカフェでした。
 
でも「BIER、Bitte」だけでOK♪
 
 
 
 
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イェンバッハ郊外でバスに乗り
 
 
 
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イェンバッハ中心地を通りながら考えます。
 
 
 
「もう一回入場料を払ってトラッツベルク城を2回見学すれば良かった・・・」
 
 
ガイドの誘導をいうシステムではなかったら、
 
きっと私は閉館時間まであそこにいたでしょう。
 
 
いつか、また、
 
もう一度行きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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城内撮影禁止のお城ですから、もう少し外観をアップします。
 
 
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これは日時計。
 
フレスコ画の文字盤がもう少しはっきり残っていれば
 
今でも時間があっているのがわかります。
 
このときは夏時間ですから、1時間ずれていますが・・・
 
 
 
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残されている紋章は誰のものなのか・・・
 
テンツェル兄弟のあとに、この城は商人である
 
ゲオルグ・リッター・フォン・イルズングのものとなりました。
 
その後、ハプスブルク家に仕えた銀行家フッガー家に渡り
 
何人かの人々の手を経て
 
1854年現在の城主エンツェンベルク家の所有となります。
 
エンツェンベルク家はマリア・テレジアの血を引く一族。
 
最終的にマックス所縁の人々のものとなりました。
 
 
 
イメージ 4
 
見学を終えたのは11:40過ぎ。
 
売店で絵葉書を購入して、ふたたびチュウチュウトレインに乗って下山します。
 
ここはお城の真下、チュウチュウトレイン乗り場前のレストラン。
 
このあたりにはここ一軒しかレストランはありません。
 
内部は広くて、グループの食事もOK。
 
日曜日で路線バスの本数が少ないと書きましたが・・・
 
10:59の次は12:59でした。
(実はこれが勘違いで13:59発だったと後でわかるのですが)
 
時間もちょうどいいし、ここでお昼にしましょう。
 
 
 
イメージ 5
 
中はごくごく普通のレストラン。
 
お客さまがいないように見えますが、この日は晴天なので
 
オーストリア人はみんな外のテラスで食事していました。
 
晴れていても肌寒いので、日本人の私にテラスはムリです^^;
 
 
 
イメージ 6もちろん最初はこれ。
 
「STIGEL」はオーストリアでは
 
とってもポピュラーなビールです。
 
そして季節ですからかぼちゃのスープと
 
無難にソーセージ。
 
 
 
 
 
イメージ 7イメージ 8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
かぼちゃのスープにかかっているのはバルサミコ酢。
 
この使い方にびっくり。
 
ポークグリルだけではなくて、こんな使い方もあるのですね。
 
甘いスープのアクセントになってとっても美味しかった!
 
今度、試してみます。
 
 
イメージ 9
 
乗用車用駐車場の下側には観光バス。
 
おそらくオーストリアの老人会御一行。
(ヨーロッパにも老人会はあります)
 
オーストリア周遊でお城見学というとシェーンブルン宮殿くらいですが
 
ここは観光コースに含めてもいいのに、と感じました。
 
それくらい見どころ満載なんです。
 
でも無料入場で観光地の数ばかり増やすツアーが増えている昨今では
 
まず無理でしょうね。
 
インスブルックで有料入場箇所があるツアーは本当に少なくなっています。
 
 

 
*ツアーのアンケートに
 
「もっとゆったり回りたかった」と記入されるかたが本当に多いのですが
 
そういったかたにお尋ねしたい。
 
「もし、あと3か所観光地が少なかったら
あなたはこのコースに申し込まれましたか?」
 
と・・・
 
帰った後ならなんとでも言えますから・・・
 
 

 
 
 
 
 
イメージ 10
 
さて、バスの時間を1時間間違えた私。
 
しかたがないので歩き出します。
 
トラッツベルク城を見ながら歩くのは苦になりません。
 
 
 

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