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koubejyunntarouのブログ
お山に行きましょう(^^)/

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三連休、例年だとテント担いで雪山ですが、この病気になり、昨日も今日も、布団の中。お山には行けません。
なので、Amazonプライムの映画を ぼーっと見ていました。

WOODJOB(神去村のなぁなぁ日常)   2014   公開
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しゃぼん玉             2017 公開 
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どちらも、えーかげんな なげやりな 体力も気力もない若者が、山の人々の深い愛情や自然の素晴らしさに惹かれ、立ち直って強い男となるストーリーでした。

最初は、厳しい村の男の手荒な扱いに 逃げ出そうとするのですが、実は愛情がたっぷりと含まれていたのです。

なんだか、自分の若いころに戻ったように 見入ってしました。
歳なのかな? ちょっぴり(実はかなり…)の涙が出ました。

私も、若いお兄ちゃんだった頃・・・「こんなところ辞めてやる!」と毎日々嫌々ながら仕事をし、悶々としている日々を送っていました。それが、奈良県の山深い山村の方に助けていただいたばかりか、私の目標を持たせてくれた 人・・・に出会ったのです。

まるで、「WOODJOB」の映画に登場する 厳しいけれど、何処か愛嬌・人情があり、仕事に真剣に向かう、親方の与喜(ヨキ)そのものでした。



24才の夏・・・ちょうどお盆の日でした。
新米教師の始まりの年でもありました。

必死に勉強し、やっとの思いで教員採用試験に合格したのに、希望もしていない「養護学校」に赴任させられたのです。

毎日、毎日 おむつの替えや、着替え・食事等の身辺処理体に、体を動かす訓練ばかり・・・
「俺は、授業がしたいんや! 子供と一緒に 走ったり 歌ったり 山も行きたいわ!小学校教諭として合格したのに・・・なんで 免許も持たないオレが、介護しなあかんねん・・・」

それに お局のおばあさん教師に いじめられ、先輩教師にバカにされ・・・
毎日、「辞めたい」「辞めたい」 それが 口癖になっていました。

そして、夏休みを迎えました。 
もう、辞めるつもりでしたので、一つの心のけじめをつける為にも、高校生の時に悲劇の遭難を起こした「大峰山」に お参りしようと思ったのです。(二度と来るまい・・・と思っていたのですが)


近鉄と奈良交通のバスに揺られ 早朝に自宅を出たのに洞川の街に着いたのは、昼前でした。
当時は、川合トンネルもなく笠木峠を越えて、細い国道309号線をバスがくねくねと上がって行きました。対向車が来るとバスは動けない状態でした。なので、近鉄下市駅から2時間はかかりました。

レンゲ坂谷の取りつきでテントを張って、侵入して来るブユやアブと闘って?いたように思います。(当時のテントは、メッシュなどなく 虫が遠慮なく入ってきます)

翌朝、そのレンゲ坂谷を上がったのですが、途中で山頂にある日本岩に突き上げる「沢」に入りました。
しかし、詰めの斜面で1mズルッと滑り、左手で枝を掴んだ所、ぐにゅっ と左肩の骨がズレたのが分かりました。左肩の脱臼です。(冬季八ヶ岳で脱臼・粉砕骨折してから癖になっていたのです)

そこから降りるよりも、日本岩に近かったので 右腕一本だけで 枝や根っこを掴んで日本岩に這い上がりました。

日本岩に体を傾け、激痛(肩を脱臼したことがある方は、あの痛みが解ると思います)で、歩けなくなりました。

どうしたの?と 登山者さんは 口々に聞きますが
「脱臼?」大丈夫 骨折とちがうから・・・
と、相手にしてくれません。

取り合えず、少しでも体を動かすと 激痛が走りますが なんとか宿坊までたどり着き、事情を話してザックだけ 預かってもらいました。
しかし、「脱臼」では、「たいへんやね」で、終わりです。

洞川の街に着いたら 救急車を呼ぼうと思い、激痛と闘いながら下山していきました。
あまりの激痛に 登山道で倒れていましたら
多くの登山者さんが 声をかけてきましたが
「脱臼?大丈夫や・・・」
と、誰も助けてくれませんでした。
大峰山は、女人禁制なので 男の世界です。
「脱臼くらいが なんなのさー!歩ける 歩ける! 根性 根性!」の世界でもありました。
ついに 激痛が酷くなり しばらくして気を失いました。
あまりの痛みに 脳が 気を失うように命じたのだと思います。

「どうしたん?」「どうしたんやっ!?」と言う声で 私は起きました。
「脱臼しました・・・」

「なに?脱臼? どこ?」
「左肩です」
彼が左肩を触ると、そこには骨がなく、骨の頭は関節を突き破って、鎖骨の下で膨らんでいたのです。
「これは、酷い・・・よく歩いてきたなぁ。とりあえず洞川まで一緒に降りよう。」と申し出てくれました。

彼の肩を借りながら、ゆっくりと降りるのですが・・・激痛でまた気が遠くなっていきました。
やっと 洞川の街に着くと 
「救急車を呼んでいただきますか?」と尋ねると
「救急車は時間がかかるから、俺の車に乗り!。」

彼は、顔が青ざめていく私を見て、車を飛ばしました。
例の細いぐにゃぐにゃ道の国道309号(酷道)の時代です。

すると突如いきなり、ガガガガガと言う音とブレーキの音がしました。
対向車が彼の車を擦ったのです。
「すみませーん」と対向車の人が 彼に謝っていましたら
「もう、ええわ、気を付けて運転してや!」
と、車より私を早く病院へ連れていくことが先決のようでした。
私は、「かなりの音がしたのですが、お車大丈夫でしょうか?」
そう言いますと
「ちょこんと 傷が入っただけや。気にせんといて」

小さな医院に着きましたが、そこでは手に負えなくて
救急病院を指定され、そこに行きました。

そこで 車の傷を確かめようと 降りた反対側を見ようとしたら
「見るな! さっ、早く 早く!こっちへ来い!」
と、整形外科専門の救急病院の入口へ連れていかれました。

医師が肩を見るなり・・
「どうして 直に連れてこなかった?脱臼は時間が経つ程整復が難しいんや」
「全身麻酔して やらなければ ダメだろう・・・」
そして、全身麻酔から目が覚めたら ベッドの上でした。

彼は、「目が覚めた?」と まだまだ付き添ってくれていたのです。
「入院しなくても良いそうやけど、麻酔がまた効いているので神戸までは帰られへんやろ。それに時間が時間やし・・・」
「いや、なんとか帰ります」

薄暗くなってから やっと病院を出て、駐車場に止まっている彼の車を見てしまいました・・・。
フェンダーからドアまで、ボコボコになっていました・・・

「すみません・・・」
「だから、見るなって・・・まぁ、気にせんときや! さぁ、乗った、乗った!」

そして、彼は駅に向かうでなく、山村の自分の家に連れてってくれた上、
「おーい、友達連れてきたから、今日は泊ってもらうでぇ!」と奥さんに言うのです・・・

夜食までいただき、シャワーを浴びると 真っ新な下着と浴衣が置いてありました。
「ぐっすり寝てや・・・」と
二階に案内されたら まるで旅館みたいに きれいな布団が敷いてありました。

どこの誰ぞやわからんのに・・・なんで こんなに親切なのでしょう・・・肩も痛みましたが、なんだか それを上回る 優しさに包まれてぐっすり眠ってしまいました。

朝起きると、朝食が待っていました。

「おう、肩はどない? 眠れた? 洗濯物がまだ乾かへんから、ゆっくりしていきや(笑)」の彼。奥さんが、登山で汚れた私の服まで、夜の間に洗濯をしてくれていたのです・・・。当時は「全自動乾燥機付き洗濯機」もありませんでした。

夏でしたから昼前に洗濯物も乾き、 彼は 駅まで あのボコボコになった車で 送ってくれました。
「あのうぅ・・・見も知らない私に 何故 こんな親切に?・・・」

「…あっ。これでも 俺 警察官なんよ。困ってる人を見たら 助けるのが俺の仕事やから…仕事 しごとぉー なっ。」

「…あっ、それから病院で チラッと見てしもたんや。センセーやったんやね。しかも 養護学校に勤めらてんねんなぁ・・・体の悪い子供たちとがんばっている人を 放っておけなくてなぁ・・・そういうことで、頑張りや!(^^)/」

私「・・・・・・・・・・」



それから2週間程が経ち、肩も痛まなくなりましたので、神戸名物「瓦せんべい」をお土産に、彼の家を再訪しました。
お土産は 受け取ってくれましたが、「寸志」は、かたくなに拒否されました。

ちらっと駐車場に止まっている彼の車は、まだ ボコボコでした・・・

それから、近鉄に乗り、吉野まで行きました。
洞川でなく、ザックは 標高1650mにある宿坊から ロープウェイ吉野駅下まで 運ばれていたのです。
宿坊の方から電話がかかってきて、「宿坊や下の洞川まで取りに来るのは大変やから、奥駆道を通って、吉野まで運んでいますので。。。」

宿坊がある山上ヶ岳から吉野まで 歩いて7〜8時間は かかります・・・
きっと 修験道の方が 運んでくれたのだと思います。

24才の夏・・・、またしても大峰山で 助けられました・・・。

助けてくれた警察官の彼は、もう当の昔に 定年退職されているでしょうね。
きっと いつまでも いつまでも 警察官としての 本当の仕事「困っている人を見たら助けるのが俺の仕事」を 続けられたのだと思います。

新米教師だった 私も
「困っているお子を見たら 助けたい…」
教師の本当の仕事を がんばりたい!

心が変わりました・・・。 

それから、私は養護学校で体の不自由な子供たちと 頑張ることができました。
そして、この子たちから 多くのことを学ばせてもらいました。多くの愛情も頂きました。 何より教育の原点(ルーツ)を 教えてくれたのは、ココの校長でもなく、先輩先生方でもないです。

自由に動くことができない体で、一生懸命生き抜こうとする、たくましい子供たち、くったくのない笑顔の子供たちから いっぱいのこと、教えてもらったのです。


山は、自然の宝庫でもあり、厳しさも学べます。そして 色々な方たちと出会えます

私にとって 山は 学校以上の 生きた教育の場と 思っております。

心を病んだ お子達を 山の学校で 回復してもらいたい・・・

そんな 夢を 追いながら・・・現実と向かい合わなきゃならない日々が続きます・・・。

天国のゆっこへ。 
先生も お山に行けない体になっちゃったけど、がんばるでぇ。
一緒に手をつないで お山(丘)に登ったの おぼえてるぅ?
ゆっこは 左手や左足が動かなくなる病気だったのに 笑顔でいつも「よいしょっ よいしょっ」 って・・・。

あの時の 花束 ありがとう・・・
お空から見ていてくれよぉー。

  • 良い人には、良い出会いがあります。そう、思っています。
    それは、引き寄せる力です。
    思い通りにならない体でも、夢を叶えている人を沢山知っています。
    きっと、また、山で出会ったような、人生の出会いに会うべき人と、会うと思うし、もう、合ってるかもしれないし。私も病気で諦めなくてはいけないことが沢山あります。これからも増えていきます。どんどん進行します。でも、私ができる範囲で、私のできるお手伝いをしています。私も子どもや患者さんをサポートするために、やれることをします。

    [ あゆくま ]

    2019/2/10(日) 午後 10:40

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    > あゆくまさん こんばんは。
    いや、自分は決して良い人ではないです(謙遜ではないです)
    どちらかと言うと、悪い人間の部類に属するかと思います。自分勝手・自由気まま・傍若無人・・・と自覚しております💦
    ただ、人を騙してまでお金儲けや名誉を得ようとまでは 出来ないタイプかもしれません(笑)
    本日は、子供たちに偉そうに言い切ったことを実行してまいりました。無言実行はできないので、有言実行で自分を追い込む?タイプでもありますっ。

    あゆくまさんも、サポートふぁいと! この前は落ち込んでしまい、ごめんなさい

    koubejyunntarou

    2019/2/11(月) 午後 9:24

  • 顔アイコン

    ぴちをくん こんばんは。
    おお!
    9冊も・・・。はい、私も読書は好きなのですが、腰の痛みと痺れで、らくちんな プライムムービー(無料作品)を二日間で5本見ました。PCの液晶は目が疲れますっ💦 紙ベースの方が、体に優しいですね。
    アメリカン映画は、主人公以外は、はかなくも簡単に消えちゃう?ので、なんだか馴染めませんでした。
    邦画の方が、やはり日本人なのでしょうか・・・馴染めました。

    無印良品のそれ、今度試してみます。ありがとう(^^)/

    ホリエモンつながりですか・・・ゴーンさんも執筆するのかな?
    ウチの所も若手が「早くシャバに出たい」と申しております(笑)

    社畜も ブラック企業も ある意味 刑務所に近いかもしれませんね。
    孤独な高齢者が、寂しいい、衣食住もままならないので、出所したらまた、舞い戻りの為に軽犯罪を繰り返すと、TVでやっていましたが・・・
    では、無印で、廃人計画?実行します(爆)

    koubejyunntarou

    2019/2/11(月) 午後 10:09

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