|
流された実家に置いてあった、子どものころからの写真を探しに行ってきました。
最後に地元に行ったのが5月だったかな…?
大分がれきも片付き、サッカー場や野球場には仮設住宅も並んでいました。
水没していた地域も排水のお陰か水は無くなり。
実家に行く途中、震災前は道路から見えなかった大川小学校も
道路から見えていて…
沢山の花が手向けられていました。
よくテレビでも紹介されている大川小学校。
実はこんなに近いところにあったなんて、知りませんでした。
まだ見つかっていないお子さんもいるので、一日でも早く親御さんのところに
戻れるよう車の中から手を合わせました…。
実家の方も随分片付いて、グラウンドにはがれきが2階建ての
建物よりも高く積まれていました。
天気がよかったせいか、海がとてもきれいで…
悲しくなりました。海がきれいで海産物も豊富だったこの海が、
沢山の人の命を奪うことになるなんて。
写真は仮の役所脇のプレハブに置いてありました。
量が多い上に、濡れて乾いたからくっついてたりカピカピになってたりで
じっくり1枚1枚みるという感じではなかったですが、
なんと中学の修学旅行のときの写真を1枚発見!
でも多分私のじゃなくて、一緒に写ってる友達のもののような気がするけど
一応もらってきました。
赤ちゃんのときの写真はなかったです。。残念。
写真の他にも位牌や遺影、トロフィーや賞状やプリクラ、ランドセルなど
さまざまなものが置いてありました。
やはり過疎地域なので、復興への道も険しそうですが
地元のためにと頑張ってくれている方も多く、徐々にですが前進しているようです。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






胸が苦しくなるほど切ないです。。。
でも、前向いて生きてくしかないんですもんね。
食の不安もどんどん発覚してきますけど、子の親としてお互い頑張りましょね!!!
だけど、本当にせめて子供だけでも国は守って欲しいです。。。
2011/7/14(木) 午前 11:19
じゅんぢさん
着実に復興に向っているとは思いますが、御家族を亡くされた方のことを思うといたたまれませんね…未だに地元紙には震災で亡くなった方の訃報広告が載っていて、一家族で5人ほどの名前が載ってたりすると喪主の方の心労はいかほどか…と泣けてきます。
牛肉の方も問題になっていますね。
本当に、政府の方々には未来ある子ども達の事を考えて欲しいですね…政権争いなんかしてる暇ないのにな…。
2011/7/18(月) 午後 11:37