平成中野学校

トランプ政権こそ国防軍創立のチャンス

全体表示

[ リスト ]

◆出島+DEJIMA WHARF

イメージ 1

(出島ワーフで昼食をとる事にした。右側はヨットハーバーになっいて左側にレストランが並んでいる。)

イメージ 2

(これが美味しかった麻婆豆腐。食べ始めてから気付いて撮ったのでアレですが…四川料理の第一人者の陳建民氏が日本人向けに山椒を入れないレシピを流行らせてしまった為に、山椒無しの麻婆豆腐が平気で出てくる今日この頃、ガッチリと山椒が入っていてとても美味しゅうございました。)


イメージ 3

(本来の出島の方は、埋め立ての為に現在は細い堀を隔てて街中にあります。)

イメージ 4

(近年改修されたようで和風建築と洋館が混在した当時の面影がリフレッシュされたようです。)
思ってたよりも狭い地域でしたが、当時としてはある種特権的な別世界だったのでしょうね。
幕府による鎖国政策と限定的な交易政策は、今にして思うと当時の日本人の警戒心と知恵を感じます。


◆グラバー園

幕府による鎖国政策も欧米による黒船(軍艦)来襲と小競り合いの後、圧倒的な彼らの近代的な武力を悟った九州などの武士階級は、倒幕を決意し、天皇をたてる事で日本を統一し、近代化を進める事によって国の発展と安全保障を目指す事になりました。

そうした明治政府の目的(富国強兵)を手助けしたのが、スコットランド生まれのトーマス・ブレーク・グラバーなどの所謂・武器商人たちでした。明治政府が提供した、長崎港を望む小高い丘にあるクラバー邸を始め海運業者のイギリス人・ウォーカー邸やリンガー邸、貿易商人のオルト邸などの他に、長崎上等裁判所長官舎や三菱重工長崎造船所が外国人船員の宿泊施設として建てたドックハウスなどが点在しています。


イメージ 5

(上から見ると四葉のクローバーの形をしていると言われる、グラバー邸の屋根越しに長崎港を望む。)

イメージ 6

(グラバー邸内部、建物外壁の四葉のクローバー型に沿った曲面の壁面が手が込んでる。)
蝶々夫人とはプッチーニ作曲のオペラ歌劇で有名ですが、その舞台となったのがここグラバー園ではなかろうかという説があります。歌劇ではアメリカ海軍士官との悲恋物語になっていますが、長年有力視されていたのはトーマス・ブレーク・グラバーの妻、ツルです。これは彼女が長崎の武士の出身であることや、「蝶」の紋付をこのんで着用し「蝶々さん」と呼ばれたことに由来し、長崎の旧グラバー邸が長崎湾を見下ろす南山手の丘の上にあることも、物語の設定と一致するからです。

但し、原作者の米国人ジョン・ルーサー・ロングは小説が実話に基づくとは明言しておらず、また、彼自身がアメリカ士官を貶めているともとれる小説の人物設定について多くの批判を受けていたこともあり、真相は曖昧にされたまま現在に至っています。

当時の長崎では、洋妾(ラシャメン)として、日本に駐在する外国人の軍人や商人と婚姻し、現地妻となった女性が多く存在していました。ロシアの皇太子時代のニコライ2世や、ドイツ人医師のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトにも、長崎駐留中には日本人妻がいました。下級の軍人が揚屋などの売春宿などに通って欲望を発散する一方、金銭的に余裕がある高級将校などは居宅に女性と暮らしていたようです。この際の婚姻届は、鎖国から開国にいたる混乱期の日本で、長崎居留の外国人と日本人女性との同居による問題発生を管理したい長崎藩が公認しており、飽くまでも一時的なものだったようです。

俺:しかし…毛唐たちは良い所を選んで住んでいたものだな…
め:いやいや…地元の人達はもっと便利で楽な所に住んでいて、わざわざこんな面倒な場所は選ばなかったん
  でしょ…
俺:なるほどね…
め:それより、ホラ、女の子たちがシャッター押してくれって!
俺:あっ!そう…きみたち何処から来たの?
♀:東京からで〜す♪
俺:一人300円づつね…笑
♀:キャ〜高〜い!(笑)
め:このオッチャンはプロだから普通は一人3万円くらい取るんだよ〜
♀:エ〜!本当ですか〜?
俺:ウソだよ

イメージ 7

(お疲れぎみ…?)

イメージ 8

(グラバー園の庭から長崎湾と三菱重工長崎造船所を見る、二隻の自動車運搬船が建造されていた。)

イメージ 9

(数年前にここを訪れた時には、二隻のイージス艦がドックで艦橋のフェーズド・アレイ・レーダーなどの整備を行っていたようです。)

三菱重工長崎造船所の歴史は古く、1857年(安政4年) 幕府直営「長崎鎔鉄所」から始まっており、商船・客船以外でも戦前は戦艦「武蔵」や空母「天城」など多数の海軍艦艇を建造しました。
戦後も海上自衛隊の多くの護衛艦を建造しており、イージス艦だけでもこんごう型「こんごう」「きりしま」「みょうこう」、あたご型「あたご」「あしがら」と現有6隻中5隻を建造しています。


イメージ 10

(我々が勝手に邸宅No1に認定した旧オルト邸。タスカン様式とやらの円柱が洋館としての風格を醸しているらしいですが…後で調べたら…国の重要文化財に指定されているそうです。)

イメージ 11

(そこのベランダで…すっかりオルト氏に…なりきれなかった?めぐちゃん…。3万円チョーダイ♪)


◆雲仙・白雲の池キャンプ場

我々は夕食を長崎の中華街で済ませる…というオプションを取り止めて、明るいうちにテント設営し、ゆっくりと温泉に浸かって、酒を飲みながら夕食を摂りたい…という事で一路島原半島の雲仙普賢岳を目指して走りました。橘湾を右に見ながら走り、途中で食料を調達し、夕暮れ時の雰囲気の良い小浜温泉から雲仙ドライブラインに入りました。

白雲の池キャンプ場入口は一度行き過ぎてから戻って見つけましたが…なんと!管理棟前の駐車場から荷物を一輪車(しかもセメントなどを運ぶような奴)で運ばねばならない事が判明。ガーン!
もう…一番手前の芝生広場のような所に設営する事にしましたが、ここでは先客の一人用テントが数張りほど張られており、キャンパーの姿は無し…。

テントを設営してから早速、近くの温泉に行きましたがキャンプ場入口に面した「天然温泉雲仙よか湯」が中々のよか湯でした。露天風呂の少し温めの白濁湯にゆっくりと浸かり、めぐちゃんが用意してくれた夕食を頂き一段落ついたのが以下の写真です。
お隣の一人用テント群は、バイクツーリングの若い人達でした。
お疲れさまでした…

イメージ 12

ちなみに、テントは立ったまま出入りできて四面メッシュ張りです。
テント内両端にそれぞれの組み立てベットを置き、真ん中にテーブルを持ち込んで二脚のチェアーが置けるスペースがありますが、少々組み立てが面倒なテントでした。


<今回は文字数制限の為に、前後編に分けました>
前編は… http://blogs.yahoo.co.jp/koudookan/49519305.html

◆連載 『特攻ツアー』−1(仙台−広島)
http://blogs.yahoo.co.jp/koudookan/49395976.html
◆連載 『特攻ツアー』−2(広島・呉−博多)
http://blogs.yahoo.co.jp/koudookan/49408122.html
◆連載 『特攻ツアー』−3(博多−佐世保−大村湾・母衣崎)
http://blogs.yahoo.co.jp/koudookan/49435436.html

この記事に

閉じる コメント(2)

頑張るな〜 2日連続キャンプだ〜〜

行ったことあるので懐かしいです^^

傑作^^

2009/10/10(土) 午後 4:13 naomi_shararan 返信する

顔アイコン

ナオミさん、4日連続キャンプしました。
私は時間的余裕があって、お天気さえ良ければ、街中のビジネスホテルよりもテントに寝るほうが好みです。

雪の中や台風の中でキャンプした事もありますが…さすがにこれはもう出来ませんけど…時々公園のテント村(実際はビニールシートやダンボールハウスですが)で暮らしている人たちが少し羨ましくなる事さえあります(笑)。

ヘンな嗜好でしょうか…ね

2009/10/11(日) 午前 9:42 koudookan 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事