お知らせ致します。

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長らく多数の御訪問有難う御座いました。当ブログは下記の新規ブログに移転しました。また宜しければ??御覧になって下さい。軍装品関係のブログ掲載にて「桜・桜・桜二号作戦」にて継続してアップしております。


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東郷邸

仕事が超多忙につき全く更新しておりませんでした。ここで一気に更新します。京都府舞鶴市にある旧日本海軍舞鶴鎮守府司令官舎であり所謂「東郷邸」です。現在は海上自衛隊の管理下に置かれ保存維持がなされております。民間人への一般公開は??日程が限定されており海上自衛隊舞鶴総監部のホームページより公開日の確認が必要です。



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言わずと知れた日本海海戦に於る連合艦隊旗艦三笠艦上の東郷提督の勇姿です。

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応接室のテーブルです。


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この東郷邸は??数年前に劇場公開された映画「日本のいちばん長い日」においてロケ使用されました。終戦内閣を組閣した鈴木総理私邸としてです。

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この広間は現在でも海上自衛隊舞鶴総監部の高級幕僚が会議などで使用するとのことです。

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外の庭はよく手入れがなされております。

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邸内の動画です。

同じく東郷邸の動画をアップします。下記をクリックしていただければ??ご覧になれます。






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東郷邸

過去形ながら、某日に京都府舞鶴市に所在する旧日本海軍舞鶴鎮守府司令長官官舎いわゆる東郷邸に側車にて行ってきました。東郷海軍元帥については??今更ながら私から説明する余地はありません。日露戦争に於ける海の英雄と言われた海軍提督です。その東郷海軍元帥が舞鶴鎮守府司令長官時代に家族と住まれた官舎が今も健在です。現在は??海上自衛隊の管理下におかれ維持管理がなされております。

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当日は??早朝よりウラルに乗って出撃です。約三時間の陸路の旅でした。

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何とも言えない明治時代の木造住宅です。築100年は楽勝で経過しておりますが、今から約25年前に改修工事がなされて綺麗になっておりました。

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正面玄関前には??明治建軍より大東亜戦争敗戦までの歴代鎮守府司令長官の名が記されております。


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正面玄関です。この東郷邸は数年前に劇場公開された映画「日本のいちばん長い日」に於いてロケで使用されました。終戦内閣を組織した鈴木首相公邸としてです。

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帽子台がありました。皇族武官の宮様方が軍帽を置かれた台です。流石に軍装品のジャンルにて発掘は無理です。

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続いて重厚な木製の机が展示されておりました。東郷元帥が鎮守府司令時代に執務に使用された机のようです。

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東郷元帥が舞鶴鎮守府司令長官を補されたは??海軍中将時代です。


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隣の部屋は??応接室です。海軍一種軍装着装にて将官級の提督が如何にも似合う部屋ですね。

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応接室の壁には東郷元帥の大礼装姿の絵が飾られております。

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窓際には??言わずと知れた戦艦三笠の模型が展示されておりました。
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<旧陸軍ジェット戦闘機>幻のエンジン部品発見 ICU構内

11/11(土) 15:00配信
毎日新聞
 太平洋戦争末期に軍用機を開発した旧中島飛行機三鷹研究所の建物が残る国際基督教大学(ICU、東京都三鷹市)で、旧陸軍初のジェット戦闘機「火龍(かりゅう)」に搭載される予定だったジェットエンジンのものとみられる部品が見つかった。戦時中に国内で生産されたジェットエンジンはほとんど現存せず、専門家は「当時の航空技術を知るうえで非常に重要な資料だ」と話している。【伊澤拓也】

【写真特集で見るジェットエンジン「ネ230」】

 見つかった部品は、排気ノズル(直径74センチ、長さ73センチ、重さ71キロ)2点と、それを覆うカバー1点でいずれもステンレス製。三鷹研究所に関するリポートを作成するため学内を調べていたICU4年の古川英明さん(21)が2015年6月に資材置き場で見つけた。

 戦後にICUが買い取った三鷹研究所の敷地内で出土し、1950年代前半までにICUの保全業務に携わる建設会社社長宅の軒先に置かれた後、約20年前に資材置き場に移されたという。70年近く雨ざらしにされて全体的にさびているものの、カバーの一部を除いて目立った破損はない。

 古川さんの恩師で、三鷹研究所の歴史を調べたICU高校の高柳昌久教諭が、日本航空協会と東京文化財研究所に部品の調査を依頼。形状や当時貴重だったステンレスが使われていることなどから、三鷹研究所が日立製作所とともに開発を進めたジェットエンジン「ネ230」の部品の可能性が高いことが判明した。

 太平洋戦争末期、旧海軍がジェット特殊攻撃機「橘花(きっか)」の開発を進めたのに対し、旧陸軍は米軍の爆撃機B29を迎撃するために「火龍」を計画した。ネ230が1機に二つずつ搭載される予定だったが、試験運転をしただけで実機は完成しないまま終戦を迎えたという。見つかった排気ノズルには他の部品と接合した痕跡がないため、試作品とみられる。溶接が粗く強度が不足しており、ドリルで開けた穴にできる「バリ」と呼ばれる突起も多く残っている。

 日本航空協会の長島宏行・専任部長は「当時、世界最先端だったジェットエンジンを作る基礎的な技術はあったが、熟練工が不足した時期で、粗雑な点も見える。悪化する戦局を打開するために開発を急いだことがうかがえる」と話す。

 ICUは部品を貴重な近代化遺産として学内で展示することを検討している。

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