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一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり、当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり、天台・妙楽・伝教・内にはかがみさせ給へどもひろめ給はず、一色一香とののしり惑耳驚心とささやき給いて・妙法蓮華と云うべきを円頓止観と・かへさせ給いき、されば草木成仏は死人の成仏なり、此等の法門は知る人すくなきなり、所詮・妙法蓮華をしらざる故に迷うところの法門なり、敢えて忘失する事なかれ、恐恐謹言。
これが、私が以前に親友から聞いていた話しと少し違う様に思える記述です。 |

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この御文を読む限りでは、天台はきちんと法華経を理解する事が出来ていなかったとしか思えません。
2011/10/2(日) 午後 7:39 [ コウ ]
やはり、いくら賢くても、仏法は庶民の立場での実践がないと本当の意味を理解する事は出来ないのが当然だと思います。
そう言うものだと、私は身を以て知りましたから。
そして、餓鬼道にない人と庶民の絶対の幸福が約束された素晴らしい法です。私が言うのも妙ですねぇ・・・。
これは絶対に来世は、三世か四世以降に生まれたいものですけど、私の宿業の問題はあるんでしょうか?
一世の次は、まあ、順番から言って、二世でしょうか。。。
仕方無い。アキちゃん来世は君を約束通りに十年かけて折伏しましょう。笑
でも、私は来世は女性に生まれるつもりですから・・・。
君も大概頑固者だし、眷属ですねぇ・・・。
苦労しそ
2011/10/2(日) 午後 9:16 [ コウ ]
ある方に教えて貰い参考URLの御書講義を読みました。
私には、やはり、この『ののしり』と言う言葉は観念論とか言う事ではなく引っ掛かってしまいます。
参考の御書講義は、御書講義録からの完全な引用なのでしょうか?現代文に訳した際の見落としなどはないのでしょうか?
明日、自宅に草木成仏口決の御書講義録があるか調べてみようと思います。
もし、この御書講義録が戸田先生の講義のものだとすれば、劇画人間革命の中で語られていた事が在ります。
天台臭が抜けていなかった。と、
つまり、きちんと修正されていない可能性があると思っています。
私には、この事は嘘を言えません。
2011/10/3(月) 午前 1:42 [ コウ ]
来世は女性に成ってるかも知れないカレラで〜す(笑)
現代書や歴史書等でも有りますが、解釈の違い、書かれた方の勉強不足、批判的な見分で書物は変化しますよね?
私は宗教絡みの御本は新訳聖書位しか読んだ事の無い不勉強者ですが…
2011/10/3(月) 午前 8:58 [ CARRERA RS 3.0 ]
おはようございます。
その通りと思います。来世はきっと可愛い女の子ですねぇ。笑
日本語の言葉の解釈はかなり時代に依って変化するものだと知っています。
唯、この文章から受ける印象は明確に、天台を非難していると思います。
それが、有志の作成されたネットの御書講義では、その非難している事を意図的に触れていないと感じました。
御書は根本ではなく、信心して幸福に成る為の手本であり行学合わせ信心の要だと思います。
私は未だ他の御書を読んでおらず全部を読めばその理由を納得出来るのかも知れません。
日蓮大聖人様が当時この御書を認められた時には非難すべき意味を理解して非難している事だと思います。
何故、今は創価学会はその事には触れていないのか。
其とも私が思う様に、見落としが残っているのか。
私はその事、その意味をきちんと知らなければならないと思っています。
漠然とした想像ではなく、同じ結論に成るか、見落としと成るか。この事は私がこれから使命を果たす上で一番重要な事だと思います。
多分、御書を研鑽する時が来たのだと思います。
2011/10/3(月) 午前 10:45 [ コウ ]
つまり成り行きで、本来、知的探求心が強く、そこから生じる慢心を切る為に敢えて今までは、教学の研鑽をして来ませんでしたけど、これからはもう、思う存分出来ると言う事。
唯、そこから生じる慢心はやはり同じ事だと思います。
そのバランスが大事。
御書の研鑽は一度にせず一年かけて全部を読めば良いと思っています。
つまり、仕事と大学と家族と女装、その信心即生活のバランスだと思います。
2011/10/3(月) 午前 10:59 [ コウ ]
普通、『ののしり』は本当のことが分からないのに、強がって言っているという意味だと思います。
2011/10/3(月) 午後 1:46 [ 不明者 ]
私にも、そう取れます。
この言葉自体の意味は、日蓮大聖人様の時代と現代において違っていないと思います。
違っているのは、時代に応じた仏法に沿ったその教えの解き方若しくは説き方だけだと思います。
戦後の草々期には、この事実を前面に立てていた可能性も在りますし逆にやはり敢えて臥せていた可能性も在ります。
敢えて忘失する事なかれ、恐恐謹言。と最後に括られています。
つまり、そこには大切な意味があるという事だと思います。
なので、少し想像というより既に知見は得ていますけど、きちんと御書を研鑽した上で他の事は述べたいと思います。
恐恐謹言。ね(^_^v))
まあ、このブログは、アバウトですから
2011/10/3(月) 午後 2:17 [ コウ ]
恐恐謹言は、恐れながらあなたのことを思って,あえて申し上げるという意味ですね。そうとう大事そうですから、きっと分かるのに時間がかかるんでしょうね。
頑張って下さい。
2011/10/3(月) 午後 2:59 [ 不明者 ]
ありがとうございます。
やはり、貴方は無明ではない様に思えますね
2011/10/3(月) 午後 3:11 [ コウ ]
なんか草木成仏口決を調べてたらこんな所に来た。えっと天台や伝教は知ってたけど、時が来てなかった、つまり機根が整ってなかったから、苦し紛れに言っただけで、それを日蓮大聖人が譬えただけ。天台は理で日蓮は事、御書は文字だから当然、理に趣を置くのは避けられない。それを分かった上で実践すれば、慢心にはならないと思う。以上
2011/10/3(月) 午後 4:21 [ プチ御書マニア ]
いつもコメントありがとうございます。
体調は知らず知らずにやられたりやっつけたりしますが気をつけましょう。
2011/10/3(月) 午後 4:56 [ sao****** ]
プチ御書マニアさん
苦し紛れに言った。
そして、それを、敢えて忘失する事なかれ、と念押しされています。
内には鑑みさせ給へどもひろめ給はず、とも言われているので、天台は知ってはいたのでしょう
2011/10/3(月) 午後 4:58 [ コウ ]
プチ御書マニアさん
ありがとう。
ふにおちました。
つまり、今が本当に本番だと思います。
2011/10/3(月) 午後 5:04 [ コウ ]
サオさん、今日は
そうですね。秋バテに気をつけて、少し食べ物に気を使った方が良さそうです。
食欲の秋ですから・・・。^^
2011/10/3(月) 午後 5:11 [ コウ ]
すみません(汗)
バカでもわかるようにご説明お願いします(汗)
2011/10/8(土) 午前 1:55 [ - ]
ベル姐さん
えっと、つまり、天台大師は、すんなりかどうかは判らないけど、仏法を正しく理解はしていた様です。
しかし、日蓮大聖人様の遺された御書には、『罵り』という言葉が書かれていました。
天台大師が、その南無妙法蓮華経。を罵ったかの様に書かれていたんです。私はそれを率直に受けとりました。
しかし、そうでなく衆生の機根を整える為に必要な末法の時代になっていなかった。
天台大師は自分や多くの僧侶が苦労してやっと法華経の文底秘沈の一番重要な法である全ての衆生を幸福にする事が出来る南無妙法蓮華経。を今は流布する時代になってない事を知って、『苦し紛れに罵った』という事だったんです。
私には『苦し紛れ』という事が思いつきませんでした。それ故に天台大師を疑いざるを得ませんでした。
そこ迄の心の有り様や事情がようやく理解出来て私自身がふにおちた。という事です。
こんな説明で大丈夫でしょうか?
。。。ベル姐さん、一度うちの組織の座談会来ます?
私より余程御書に詳しい方は幾らでもいますけど。。。本当にそうか?私の基準あの親友だもんねぇ。。。試すか。笑
2011/10/8(土) 午前 2:36 [ コウ ]
ベル姐さん、
一応その時は未だ私が女装子という事は内緒でよろしくね(^_^v))
未だ普段外出する時、スカートよう穿きませんので。^^;
今月の座談会、そう言えば聞いとくの忘れてました。聞いとこ
はやくきちんと引っ越して新聞も入れて貰わないと不便この上ないです。
昨日、久しぶりにクリニックに行ってきました。今回なかなか行けなくて三日程もお薬を切らしてしまい少しピンチでした。
なので、今回は少し多めにいただきました。
閑話休題。
最近なのか知りませんけど、Bomさん以降、学会の同志が何人か訪ねて来てくれています。
そこで質問です。ご存知でしたら是非教えて欲しいです。
『青年僧侶改革同盟』と言うのは、いわゆる日蓮正宗大石寺を私物化した悪侶達と袂を分けている日蓮正宗の御僧侶方の組織であるという認識で正しいでしょうか?
男子部時代、購入した書籍が在ります。
仏事 常識と非常識
青年僧侶改革同盟
潮出版社
17年前発行の書籍なので、転載禁止と書いていません。
良い買い物をしちゃったかも。笑
2011/10/8(土) 午前 3:23 [ コウ ]
えっとね、コウさん、ベル姐さんに言った説明ちょっと違うところがあるので補足しますと、天台大師が罵ったんじゃなくて、そう言う人々がいたからそれを正す為に、「苦し紛れ」というか方便というか、そのとき言えることを言ったんだ。
2011/10/8(土) 午後 5:37 [ プチ御書マニア ]
プチ御書マニアさん
確かに天台の学文は義道が出来ていなければ誤解を招く元だと思えました。
方便としてそう説いたという事は以前から私もそう認識していました。
ですけど、それは、結局の所、天台大師は方便としてにしろその時に言える事であったにせよ、苦し紛れに罵るという行為をされたのだ。と思います。
それは天台大師自身がそうでなくとも、周囲の人はそう捉えた訳で、それは天台大師自身がそうし向けた事でしょう。
その時の思いに私が想像した様な事は少しもなかったのでしょうか?
私はそう言う思いもあったのかと思い、ふにおちた様な気もします。
天台大師も人だと思いますし私は天台大師ではありませんけど、恐らくは立派な人だったと思います。
天台大師は自分自身が罵る事が必要だと知りました。
そして日蓮大聖人様はその心を知った上で、敢えて天台大師の理の一念三千を破折する為に強く非難されたのだと思えます。
2011/10/8(土) 午後 6:27 [ コウ ]