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新聞報道だけで真実を考察する事は控えた方がよろしいかと思っている。
よく、保守系の方々は、朝日新聞をやり玉に挙げて批判するのだが、読売や産経が誤報だった場合には、かなりトーンダウンした批判が散見する程度だ。しかし新聞もまた人間が作っているのだから、その記事を書いた記者の立ち位置で当然、書き方が違ってくるのは致し方ない。
同じ事件を取り上げたとしても、必ずしも全く内容が同じに書かれているかと問われれば、これが単に交通事故であってもその書き方は全く違うのであって、だからこそ、読者の読解力が求められるのである。
こんな事は分かっているわい!と叱られそうだが、現実には、自分たちが購読している新聞や、あるいは贔屓にしているメディアから受け取るニュースを基にして自分の思想や哲学に於いて判断されているのが現実だろう。
一般的な人々は直接、それらの事故や事件に当事者でもない限り、接する事は出来ないからだ。
ジャーナリズムに依存する以外にそれらの情報を得ることは極めて難しい。しかし新聞やテレビなどから流れるニュースが真実なのか、誇張や嘘はないのか、そう言った疑問を常に考えてから、判断しても遅くはない。
更に昨今、YouTubeにアップされた動画の中にはさながらニュース仕立ての嘘サイトが横行しており、フェイクニュースや未確認な情報に基づいたいい加減で嘘八百を流す悪質なものが増えている。これを偽情報だと判断できる人ならば一種のジョークとして受け取れるが、これをそのまま真に受けてシェアして自らのSNSやブログに張り付けて拡散している、そうなるとこれを信じる馬鹿者も少なからずおり、結果としてこの嘘が独り歩きしてさも真実の如くに理解されてしまうのである。大手メディアですら、先に述べたように立ち位置によっては同じ情報が違う角度で書かれてしまうのだから、この手の悪意ある偽情報の拡散は一種のテロ行為に近いものだと考えている。
FBにも、同様のシェアされた偽情報が大手を振ってまるで真実かの様にアップされては、自らの意に沿う人の場合、それが怪しいと感じても、それをそのまま批判するどころか肯定し、許諾を求めると言う癖のある輩も少なからずいる、これがTwitterとなるとさらに悪質になるこれは匿名性がある為で、どんどん偽情報を拡散してその偽情報が真実であるかのようにしてしまう。個人的な攻撃がエスカレートするのも同様であるのだ。
情報の真偽を確かめるためには、それなりの努力が必要で、ネット上の情報だけではなく、自分で出来得る限り足を使ってその情報の出どころを調べた上で判断すべきで、これが出来ないのであれば、拡散する時に未確認情報であることをコメントに書き込むことが良識と言うものだろう。
歴史問題なども同様で、改竄主義者の殆どが不勉強で不真面目、自らは全く努力をせずに誰それがそう言っているとか、誰それの論文にそう言った内容が記されていると言う様な他者の得た情報や理解した情報に依存した暴論ばかりなのである。橋下や石原、櫻井よしこなどは全くの無知であり、努力を知らない暴論を振りかざした大バカでしかない。
こう言った偽情報やフェイクニュースをさも事実の如くに垂れ流す悪意は世界から嘲笑されるだけで、決して尊敬される事は金輪際ない。
歴史問題もその基本は、自分たちに都合の良い情報ばかりを集めては、史実を捻じ曲げ更にはそれを拡散して無知な素人を騙し、挙句に洗脳してわが国は立派な事をしてきたと信じ込ませるのである。これはある意味、オームの麻原彰晃が信者を洗脳して軽薄で嘘八百を信じ込ませた結果、結局破綻してしまったのと同様で低俗で不見識な判断と言えるのである。つまり右翼的保守系の論客は、麻原彰晃と同じ次元にあると言う意味である。
小生は、自分でその確認が取れない情報については殆どの場合拡散しないし、記事にもしない。しかしどうしても記事すべきだと判断した場合、必ず未確認情報だと断りを入れて書くことにしている。それが記事に刷る最低限の良識だと思っている。
さて、この様に警告しても確信犯たちは、必ず偽情報を自分たちにとって都合の悪い真実を隠蔽する為に照れ流して行くのだろうと情けない思いでいる。
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内緒さん
ご私的感謝します
2018/1/20(土) 午前 2:49
テレビの画面は「画面の外」を想像しながら見ること。
YouTubeの画像などは、常に「加工されている可能性」を念頭に置くこと。
新聞などで「○○がわかった」と書かれていることが多いが、「誰が」「どのようにして」わかったのか?・・・と想像してみること。
「情報を出したヤツ」の意図というものも存在することを頭においておくこと。。
常に視点を複数持つこと。
・・・・・てなところかな。
2018/1/20(土) 午前 10:32 [ MM21s ]