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長くブログの更新をしていなかった年内にサービスが終わるらしいので、どこか他社へ移行するつもりだ。
まだ決めてはいないが、遅くとも6月中には移したいと考えています
官僚制度が綻び始めている、財務省や防衛省などの問題もそうだが、現実に福田事務次官のセクハラ、森友や加計における政権への忖度、防衛相の事実隠蔽など昨今、枚挙にいとまがない。
 もともと、この官僚制度そのものが、民主政治の世界では歪な奇形でしかないのだが、明治期からこの制度を金科玉条のごとくに尊び、戦後もこれを維持した結果、多くの矛盾をはらんで腐りはてたと言うのが事実である。
 最近これらの事件を引き起こしているのは、実は小生と同世代で現在還暦前の世代である。小生はすでに還暦を過ぎているから彼らより若干年長だが、ほぼ同世代と言ってよいと思う。
 我々の世代は、その就職時において、経済的に右肩上がりの時代で、小生の同窓でも優秀な連中は、公務員などその就職口に選ばなかった。ごくごく少数の権力欲旺盛な一部の連中がいたに過ぎない。大半の秀才や天才などと言われた成績優秀な者は、民間企業に人生を賭けた、東京海上火災を筆頭にメガバンクなどの金融関係、総合商社、技術部門では、大手メーカーなどが選ばれた。役人など公務員、試験の難しい官僚などは、敬遠された存在でしかなかった。
 結果、先に挙げた権力欲に固執した一部の連中を除けば、落ちこぼれとまでは言わないが、決して秀逸などと言われる学生たちは、進まなかった。その結果が今起こっている無様な事件を引き起こしていると言っても決して過言ではあるまい。権力という欲に取りつかれて自らの能力以上に自己を評価してその小さな権力に執着する、見苦しい限りである。団塊の世代の次の世代で、上を多くのこの世代抑えられた我々の世代は、民間の場合、彼らの圧力を跳ね返すだけの才覚と努力をしなければ生き抜けない時代で、自らをどれだけ高めるかを努力しなければならなかった為に、自己啓発などのセミナーが流行したほどである。しかし彼ら官僚の世界は違う、競争の激しかった団塊の世代はともかく、必ず幹部としてのポジションが用意されており、常に競争とは同期との間で行われ、離れた世代間でと争うことがないから、そういった意味での激しい競争にさらされることなく人生を歩んできたにすぎない。競争という極めて過酷な競争を経験せずに権力を得た極めて偏執的な輩が彼ら官僚の正体である。
 だからこそ今回の陳腐で低俗な事件は起こり得たのである。よく世間では組織防衛などと言っているが、それは違う、まず組織防衛であるなら、組織の存続を第一義に考え行動するしかし殻らの言動は、逆に財務省なり、防衛省という組織を貶めている。彼らは、その一義において自己保身であり自己防衛を優先した結果が、記憶の限りとか、あるいは刑事責任などといった発言につながっているのである。
 次に彼らが考えているのは、自己の利益である。現政権に対して阿り、祭り上げておけばいつの日か、その見返りを得られる、佐川元理財局長が嘘八百を国会で並びたてて世間から批判を浴び続けても国税庁長官として栄転したことなどが明らかに自己保身と利己によって齎された政権への阿りの結果でしかない。醜い歪な存在こそ官僚なのである。森友も加計も仰せの通りに忖度してやったではないかという利益誘導こそ、彼らの罪であるのだ。
 防衛省にすれば、政権の矛盾を隠蔽してやったではないか、政治のウソを補填して不都合な事実をさらさずにおいてやったという忖度。
 勝手にそれぞれが自己保身と利己によって忖度したのだから安倍晋三には罪はない・・・・・馬鹿を言うな!!!
 やくざの世界では、親分が、目障りな相手を決して子分に「殺してこい」「やれ」などと言った教唆が成立するような言質は与えない。ただ独り言として「誰それは、邪魔だな」などと言っては、それを子分たちが忖度して、行動する。これと同様のことが今起こっているのである。安倍親分が森友や加計に入れ込んでいる。一言、首相秘書官がいるまで独り言を呟くのである「これらの問題がうまくいって欲しいな」とそれだけでよい、彼らは秘書官として忖度して各省庁に伝える、首相案件として・・・・あえて忖度させるように仕向けているからこそ、それがコンプライアンスに違反しても忖度したのである。その見返りは立身出世であり、未来の利益なのである。
 世の中をなめ切ったこれらの言動は、賢くなった?国民には通用しない。全てを明らかにしない限りこれらの問題は終わらないのである。
 先に挙げたやくざの場合、子分たちが勝手に親分の気持ちを忖度しても、検察も裁判所も認めない、必ず教唆として裁きの場でその罪を問うのである。小生の小学校時代の同窓で一人、やくざになった男がいるが、出世して幹部になり自分の組を持った、敵対するやくざの経済舎弟の金融業者2名を子分がそれこそ、勝手に殺した事件があった相当、昔のことだが、彼は徹頭徹尾、自らの関与を否認したが、裁判の結果は無期懲役であった、今なお刑務所にいる。すでに25年以上になるが社会復帰できていない。
 安倍も同罪であることに保守の連中は気が付いていない、まったくのバカである。
 忖度させた側にこそ罪があるのである。

官僚主義を改めよ

今日は、官僚と言う存在について語ってみたい。
 明治期以降、わが国に於いて政治をつかさどって来たのは、政治家と言うより資格を持った官僚と言う行政マンたちによって行われてきたと言うべきである。時折、特出した政治家も登場したが、その大半は、何らかの罪を着せられて失脚している。
 日本人は、試験と言うものが大好きである。それは一見合理的に見えるのだが、逆に言えば、試験の結果以外に評価できないと言う日本人の無能さの表れでもある。
 中国で行われてきた科挙と同様に膨大な知識を詰め込んで過去の事例からひもとき温故知新ならぬ思想のもとに行政を行ってきたのがこの官僚主義に他ならない。
 政治の世界でも同様だが固定された権力は必ず腐敗する、何故腐敗するのか?それは権力を保持する為に自らの既得権益の保持に走るからである。これは人間の性でもあるのだが、これを払拭するには、それなりの精神修行の果てに到達するか、あるいは、通常の何倍もの労苦を経験して達観するしか道はない、宗教家が厳しい修行の果てに達観して煩悩を克服して無私に達するのと同じだ。しかし、こう言った一種の人間離れした人間になるには、先にも述べたが相当の精神修行か、相当の苦労を経験した人にのみ達する事の出来る境地であるから到底、ただ努力して勉強に励み、知識を磨き上げても達することなど不可能と言える。だからこそ権力の固定化は、腐敗を生むのである。
 ただ権力者に望まれるのは、自ら固定化させない努力と常に公平性を担保できる制度を作り上げる事に努力できる公正さだけである。
 しかしながら、その制度を持たないわが国に於いて、官僚たちに固定化された権力は、明治期より150年余り、その間に腐臭ぷんぷんの腐敗を来している。今回の財務省による公文書改竄も、首相と言う個人への斟酌を伴った忖度もまた、この腐敗によって齎された人災でしかない。
 さて、この権力の固定化を生んでいる元凶である官僚主義をどうやって改善するか?と言う命題に日本人は真摯に取り組む必要がある。上級職と言う生涯一度の試験によって有資格者となり、ある程度の時間を費やせば必ず権力の中枢に駆け上がることのできると言う制度が如何に歪かちょっと社会性のある人間であるなら、理解できよう、一般社会に於いて東京大学を卒業しようが、それが京都大学であろうが、早稲田や慶応と言う日本屈指の大学であろうが、一般社会に一歩踏み出せば、それからの相当な努力を続けない限り、企業家として成功しないし、また成功者にも慣れない。確かに入社試験などに於いて、学歴が有利に働く程度のものでしかない。しかし官僚の世界は、これとは真逆の学歴と資格だけに拘った制度を今なお続けていると言うのが実態である。この制度には深い以上に大きな問題点が存在する。世の中が安定して長きに渡って平穏である時には、こう言った膨大な知識を有する有知識者による行政でも大きな問題は起こらないのだが、それでも腐敗は顕著になるが・・・・・しかし、これが変革期になると、この知識が逆に知恵を妨げてしまうのである。歴史を見ても明らかで、何故、何百年も続いた中国の王朝が、その悉くが滅び去ったか、これは絶対王朝時代であるならともかく、長い御代の場合、政の大半を科挙と呼ばれた試験に合格したエリートたちに任せる様になる。清朝も同様で、西欧が浸出してくると、その対応にこれらの有資格者たちは、脅威に感じながら自らの既得権益保持を優先させた結果、この変革期を見誤り、時代飲み込まれてしまったと言うのが事実である。勿論、これだけが原因ではないが、大きな間違いを起こし続けて清朝を崩壊させたのは彼らエリートたちであることに異議はあるまい。
 江戸幕府が崩壊したのは、この様な制度は無かったものの、世襲制度と言う権力の固定化が250年と言う安穏とした世の中で腐敗し、恣意に流されて結果として変革を求めた外様大名の下級武士たちの貪欲な権力欲によって足元から崩壊した、つまり試験こそなかったが家柄による権力の固定化と言う悪しき保守化が齎したやはり人災でしかない。老中は、この家柄から・・・若年寄は、この家格から選ばれると言った具合だ。安定期にはそれでも機能できたが、変革期になるとこれが全く役に立たない。
 明治維新は、革命ではない、一種の政変であり、徳川幕府から薩長による政治へ、そしてその権力の根拠として天皇家を利用したに過ぎない。だからこそ、天皇制と言いながら、天皇は祭り上げられた権力の象徴でしかなかった。これは先の大戦以降の現代における象徴天皇制と何ら変わらない。その祭り上げた天皇を利用し続けているのが、政治家ではなく、彼ら官僚たちと言うのが現在のわが国の姿である。日本会議と言う歪な思想を持った団体が安倍と言う暗愚宰相を利用する形で官僚と結託してわが国の根幹を恣意的に動かしている。だからこそ、今回の森友問題も加計疑惑も同じ安倍と言う軽い神輿をかつぎ続けるために行った忖度によって齎されたと言うのが事実だと確信している。
 和田政宗と言う低俗で大バカな議員が国会で財務省の現理財局長に対して「貴方は野田政権(民主党政権)で首相秘書官をしている、増税派だからアベノミクスを潰すために」と言う低俗な質問が出たが、これは全くの逆だと小生は考えている。民主党政権下で政治が停滞したのは、確かに菅直人や野田と言う聊か間抜けな首相たちにも問題があったが、それ以上に長く続いた自民と政権に対する恋慕、あるいは回帰を目的として官僚たちが悉くがサボタージュと言う抵抗を
続けた為起こった停滞であり、和田議員の言うアベノミクスを潰す目的で安倍に反旗を翻したと言うのは全く当たらない。まあ、和田議員はその後与党内からも批判されて謝罪して撤回したが、こう言った発言が現職の議員から出ると言うことこそ、いまの安倍政権の不埒さが理解できよう。
 彼ら官僚にとって安倍と言う暗愚は得難い軽い神輿なのだから。利用しやすいと言うべきだろう・・・・・・・
 アベノミクスが崩壊しようが、あるいはとん挫しようがその責任を官僚たちは誰も取らない、取らされるのは政治家たちであり、国民からの不信任による落選と言う結論に導かれるのである。
 日銀の黒田総裁も同様で、責任など一切取らないし取る気もない。当然だが、浜田宏一と言うアベノミクス提唱者である学者もその責任を取る事は無い、この責任は、国民の血と汗で贖われると言う事実を国民はしっかりと認識する必要がある。昨日書いたが、失業率の低下や雇用の拡大と言うトリッキーな数値を並べる政府発表など糞以下であり、全く信用に値しない。欧米と比較する数値の根拠が全く違った条件によって粉飾されているからだ。わが国の失業率4%は、欧米の15%に及ぶと警笛を鳴らす専門家も少なからず存在するのだ。
 現実に中高年の非正規雇用は全く改善されていない。あくまで新卒者と若者の雇用が改善したと言うだけに留まる。それも少子化が齎した結果である事実をどこも報道しないし発言もない・・・・つまり大本営発表が現代に至っても改まっていないのである。このバカげた数字を信じる馬鹿な国民と言うのがわが国の現実でもある。
 外交政策に於いても、ただただ北朝鮮憎さと中国への対抗心、米国への盲信と言う低俗で単純なものを続けて世界から失笑されると言う有様。北朝鮮の金正恩も大バカだが、これに全く歯が立たない安倍政権の無策は国民として笑えない。米国の外交政策の拙さは、今に始まった事ではなく、ただ経済上の恫喝と軍事力による恫喝を背景にした単純極まりないものであり、ただその背景には根拠があるから馬鹿にできないのであって、その実力が全く伴わないわが国が同様の事を同じ土俵で行えば、これは単に遠吠えでしかない。独自の外交政策のなど持ち合わさないと言う知恵のなさが嗤われるのである。
 病み上がりの小生だが、明日から忙しくなる、ブログの更新もままならないと考えている。体調も決して良くはないし、まだまだ治療と養生ければ続けなければならないのだが、逆に体が動くうちに予定していたものを少しでも前に進めるつもりで行動しようと思っている。
 そろそろ、安倍晋三と言う馬鹿を評価するのは止めませんか???????
 このままでは国が滅びます。

多事総論

3週間ほど自治医大に入院していました。腎不全による浮腫で胸水が溜まり心不全を起こして緊急入院になったからです。
 急激に増えた体重も。一気に14キロ減り浮腫も改善されたので昨日、退院しました。しかし体調は万全ではなくほぼ絶対安静だったので筋力が落ちて、歩行もままならない状態です、せっせと毎日歩く練習をしています。
 さて小生の体調は一進一退を繰り返して徐々に悪化していると感じますので、この先、どれだけブログを続けられるかわかりませんが、なんとか動ける間は、続けたいと思っています。
 今日は多事総論として、いろんな問題点を書いてみたいと思います。
 森友問題における財務省の公文書改竄ですが、この問題は、わが国の公文書が如何に信用しがたいいい加減なものであるかの証拠だと思います。おそらく、これは氷山の一角でしかないと感じています。そう言っている内に防衛省で同様の問題が報道され始めていますし、隠蔽も・・・・つまり政治的に国民に知らせたくない事実は、隠すか改竄するかを繰り返していると言うのが実態でしょう。こうなると政府発表のビッグデータも同様に信用ならんお手盛りの数字を並べていると疑ってみるべきで、GDPにしろ失業率にしろ、どこまで信用できるのか疑わしいと言うのが実際のところであると思います。
 特に安倍政権になってから経済は成長しているとの数値が並んでいますが、一般市民の経済感覚とこの数値の間には大きな乖離があると思います。少子化による新社会人が減っている現在、若手の労働力が不足するのは、景気が上向いていると言うよりむしろ、若い労働人口の減少による人手不足が最大の原因で、必ずしも企業の業績が改善したと言うのとは違うと思います。更に、失われた20年による雇用の抑制で不健全なヒエラルキーが企業経営の妨げになっておりこれを是正する為には、若手の労働力を確保する必要が企業側にあり、この為に企業の業績とは関係なく、雇用の拡大をせざるを得ないと言うのが事実で、ここに少子化による若手の労働力不足が売り手市場と言われる就職率を引き上げると言う状況なのだと考えています。
 いい証拠に、失われた20年の間に正規雇用による職を得られずに非正規雇用に甘んじた世代の場合、その殆どが今なお非正規雇用のままと言うのが実態です。現実に30代から40代にかけてのこれらの人々は、殆ど報われないまま非正規雇用に甘んじているのです。アルバイト不足なども同様で、若人が少ないからに他なりません。だからこそ、かつては若人が主流であった飲食業などのアルバイトやパートタイマーにまで中高年で本来正規雇用であるべき世代が進出しています。これの何処が景気回復の兆しなのでしょうか、こう言った様に、政府や官公庁の発表するデータもまた公文書同様に信じられるものではありません。
 わが国の場合、戦前も同様でしたが政府は、国民に知らせたくない不都合な事実は隠蔽するか改竄するかで、大本営発表が戦後も続いていると言うのが事実でしょう。つまり国会論戦でもこのデータを使用するのですから虚偽の事実を基にすると言う不毛が現実だと思います。総合職と言う官僚の存在は百害あって一利なし、これは以前から小生がこの国の最大の問題点であると指摘している事です。
 現代における科挙に等しいこの制度は、国が長期に渡って安定している場合は機能しますが、彼ら官僚の知識は、あくまで過去に起こった事象にかかる膨大な知識であり、温故知新がその根幹にある思想です、しかし急激に変革する時代に於いては、彼らの膨大な知識が逆に作用してその変革を妨げる事に繋がります。
 時代を把握できずに後手に回り対処が遅れる、これは平成の御代になってから堂々巡りの状況が続いているのを見ても明らかです。知識より知恵が必要な時代がこれから続くのです。こうなると過去の知識はほぼ役に立ちません、官僚にとって既得権益に拘るのも同様で、今ある権力にしがみ付く形で同様の思想を持つ保守系の政権を祭り上げる、この関係が不健全な忖度を生じさせる、これが森友問題の根幹でしょう。
 ありとあらゆる利権にしがみ付くのも同様ですし、企業も同様にエリート化して保守化し、不健全でトリッキーな数字を並べて平然とコンプライアンスを否定する、表向きは健全経営と言いながら、裏では不正会計に手を染める・・・わが国の経済界もまた、同様にこの悪循環のなかで悶えていると言うのが実態でしょう。
 この様に、一般国民は政治からも経済からも真実を告げられることなく、つんぼさじき置かれていい加減な数値に踊らされているのが事実です。
 国民は賢くならなければなりません。そしてこれらの悪しき制度を改革する政党を国政に送り出す勇気を持つべきです。

閑話休題

このところ、極めて体調が悪く、しかも泣きっ面に蜂ってなわけで背骨を傷めてしまい、身動きできない日々が続いている。書きたいことはたくさんあるのだが、考えがまとまらないので、今日はちょっと柔らかめの題で一つ・・・・・・
 「フラガール」と言う映画を見た、かなり以前見た覚えがあるのだが、たまたま痛みで夜、寝る事が出来ずにGYAO
で見たのだが、この映画の優劣はここでは語らない、素人の小生が何を言っても詮無き事だからだ。それより、このフラガールのモデルになったハワイアンリゾート、つまり常磐ハワイアンセンターでの思い出を書いてみる。
 昭和40年ころに、つまりこのリゾートが出来たばかりのころ、私は10歳で、両親に連れられてここに行った思い出がある、ハワイなど、まだ経験していないので、これがハワイなのかと、楽しかった思い出なのだが、この施設の背後にある炭鉱の町が衰退し、その結果、この施設が出来たと言う事は、この映画で知った、楽しかった思い出であるのだが、当時の小生は、子供心に、この施設が必ずしも楽しさの上に存在していない事を感じていたと思う、あのハワイアンショーを見て、客の中から舞台に上がり、ダンサーたちと踊る、その記念写真を思い出に持ち帰ると言うイベントの時、少年であった小生がどうして舞台に上がったのかについては記憶がないがダンサーたちに囲まれた写真が残されている。その時に、彼女たちの化粧品の強い臭いと汗で汚れた衣装にどことなく悲哀を覚えた記憶が今なお残されている。どことなく寂しいと言う感覚、この映画を見ると、その時に記憶が鮮明に思い出される。当時の小生が彼女たちの背景など知る由もないのだが、決して豊かではない、必ずしも楽しんでいないと言う印象が少年の心に影を落としたと思っている。小生は、若年のころより極めて感受性が高く、理論的に理解できなくとも感覚的に他者の悲しみや辛さを感じ取っていた、だからなのか、彼女たちが決して喜んで踊っているのではないと言った感覚を感じ取ったのではないかと今ではそう考えている。
 喜劇なのだが、その喜劇の中に衰退する石炭産業とそれを取り巻く人間の相関関係、一種の悲劇性もこの映画の中には描かれていると思う、あの当時のメンバーは今考えれば団塊の世代で演出をしていたSKDの元ダンサーは戦中派、小生より一世代上の人々である。彼女たちがその後、どんな人生を歩んだか、知る由もないが、決して平凡な人生ではなかっただろうと想像するくらいである。
 ノスタルジーなのだが、決してあの時代は良かったと言うものではなく、あの時代の裏面を感じさせるそんな映画であったと思う。

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