趣味のこと

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 クラシックファンの小生だが、学生時代にプログレッシブに出会ってから、この手のロックもいろいろと聞いた・・・・・・さすがに最近ではイエスやジェネシスのレコードを引っ張り出して聞くこともなくなったが、東日本大震災での福島第一原子力発電所の事故から、このクルムゾンキングの「エピタフ」を思い起こす・・・・・・・・・・・
 
 震災以降、何度この曲を聴いただろうか?人類には、もはやこの核という脅威から逃れる方法を探すことなく、滅びの道をひたひたと歩み続けるのだろうか?
 
 この示唆的な内容に今更のように驚かされている。
 最初に述べておいた方がよいと思うので、小生は骨董品にほぼ全く興味がない、何かを収集すると言う趣味もない。ただ日本刀だけは、好きだから、収集と言うほどではないが、数振り所有している程度である。
 
 何故、今日になってこの骨董について書こうと思ったのか?それは小生の老母が「鑑定団」だかと言う番組が好きで付き合って時折見ている時に思うのだが、無論、バラエティー番組であるから、登場する骨董品の全てが本物であれば番組が面白くないのだろう、それにしても偽物が多いのに驚いている。
 
 確かに、小生の趣味である日本刀も偽物が多く出回っているし、鑑定士でも見抜けないほどの一品も存在しているから、騙されて買う人も少なくないが、昭和から平成に移り、日本刀の場合、市場が大変に狭いので、偽物の噂はすぐに業界に流れる、ある程度情報を得ている人はまず騙されないが、一般的な骨董品、掛け軸や絵画、磁器や陶器と言った品物は、あの番組を見る限りかなり騙されている人が多い様に思う。
 
 解説者?鑑定士から漏れる言葉だが、「この作者の場合、十に一つ本物があれば良い」と平気の平左で答えているのだが、これはちょっと法治国家の番組として看過できない発言だろう。
 
 明らかに偽物、つまり贋作であるとすれば、この贋作が市場に出回っているのであれば、骨董などの専門家、あるいは鑑定士たちが行政の力なり司法の力なりを使って市場から駆逐する必要があるのではないか?
 
 ブランドなどの著作権問題などでは大変に厳しい取締りが行われているのに、骨董の世界だけは、贋作もまた法律に抵触しないと言うのだろうか、小生は法律の専門家ではないが、どうも矛盾を感じる。
 
 骨董に著作権はないにしろ、偽物、贋作と言うのは詐欺の温床になり得る。つまり詐欺の道具として使われる可能性があるものが世紀正規に市場に出回っていると言うのは、法治国家として容認されるものなのだろうか?
 
 確かに番組に出てくる出場者が、偽物と判っても、落胆しながらも、自分の目が確かではなかったとして諦めているのだが、もし、売る側が偽物であることを知っていて高値で売っているとすれば、素人が考えても詐欺罪が成立するように思うのだが・・・・違うのだろうか?
 
 知らなかったとすれば、その骨董商は、鑑定眼がいい加減で知識不足を批判されて店を畳む位の覚悟なくして店が続けられるのか?大変に疑問だ。
 
 元々、収集家、あるいはコレクターと言う趣味がない小生の場合、物に固執したことがないから、そう言った物で騙されると言う経験がないが、初めて日本刀を購入する際には、自分なりに1年ほど刀を勉強した。刀剣鑑定の専門家の所にもあしげく通ってから、自分である程度、真贋の目を養ってからですら、購入する時には、信用できる業界でも有名な鑑定士にお付き合い願って一緒に出向いたほどである。
 
 ただ古いものであれば良いと言う分けではないのだろうが、ドブ板市ではないが、その古道具の中にこれは!という物が発見される事への喜びなのだろうか?一種のマゾヒスト的な喜びなのだろうか?小生には判らない。
 
 最後に、日本刀の魅力なのだが、他の骨董品と違い、日本刀は武器である、名刀と言われる品の大半は、鎌倉期、室町期に鍛えられた刀が多いのだが、当然、戦国時代と言う武器を大量に消費する時代を経て、中には名刀でありながら、使い勝手が悪いとして短くされて銘の部分を切り取られているものも珍しくない、有名な五郎入道正宗もその殆どが無銘である。これを見抜く目を養うのは大変に難しいのだが、この大量消費の時代に武器として使用され、その大半が失われた、江戸期に入ると、刀は、一種の武士を表す為の道具になり、その美しさや軽さなどが尊ばれて業の物と言われるような頑丈な刀はなくなって行く、一種の飾り物である。これはこれで美しいのだが、小生は、この戦国時代を越えて生き残った、刀に大変に魅力を感じるのである、本来なら折れて土に返っているはずの運命を乗り越え、この平成期まで・・と考えると、大変に生命力を感じるのである。
 
 小生の家は、元々直参旗本から他の大名家へお預けと言う形で所領を頂いた名家と言われているが、現実には明治期に没落して帰農して糊口を養う過程で刀や武具の大半を失ったと聞いている。小生祖父が、長男が出征時に持たせた刀は、戦場で失われ、最後に残った家代々の守り刀はGHQに接収される時に祖父が頭に来て、取りに来た役人の目の前で叩き折ったそうだ。この件で当時、軍属の責任者であった祖父は、戦犯容疑をかけられていたので、警察やGHQに毎日のように呼び出されたと話していた。
 
 祖父がなくなる時、死に水を取った小生に、震えるような声で「私の馬鹿息子ども(叔父叔母)は、誰も日本刀を買えるほどの出世しなかった、どうか、明治期に父(小生の曽祖父)が手放した日本刀を探し出して買い戻してくれ」と、この時小生は38歳であった。それまで日本刀は好きだったが買おうなどとは思ったことがない。父を早くに亡くした小生は、父からも刀がほしいと言う言葉を聞いたことがなかったからだ。
 
 しかし、具体的に行動してみると、祖父の言い残した刀が探し難いもので、市場にはまず出ないと刀剣商から聞かされ、探すこと十年、見つけたときには50歳近くになっていた。しかしその値段を聞いて本当に驚いた・・・・家一軒どころではなかったからだ。
 
 家族と話し合い、何とか自分でも勉強して手に入れたのは、それから二年後だった。戦国時代を生き抜き、小生の実家が明治期に手放した名刀に他ならなかったが・・・・それから三振りばかり、我が家に関わる刀だけを集めた。
 
 小生には娘しかいないから、この四振りの刀を受け継いでくれるかどうか?心配だが、この刀を入手してから私の資産は、驚くほど増えた。運などは信じないが、老母などは刀に付いて来たご先祖様の魂がお前を守ってくれたのだと・・言っている。
 
 しかし、資産は守ってくれたが、小生の体は、持病と合併症など色々な病に犯されている、身体は守ってくれなかったと言うことだろう。(いい加減な生活習慣、自業自得だが)
 
 なんとなく、文章が纏まらなかったが、入院前の戯言だと思ってくださいませ・・・・・・
 
 レンタルDVDでこの映画を見た。これが映画館にかかっておる時に見たかったのだが、体調不備などで見る機会を失っていた。レンタルが始まったので、漸く、見ることができた。
 
 趣味が車である小生にとって特に学生時代のF1ドライバーの英雄は、そのまま小生の英雄でもあったた。オーストリア人のニキ ラウダ名門フェラリで爆走する姿には憧れを持っていた。
 
 ライバル英国人のジェームス ハンドは、ニキとは全く真逆の性格で、自由奔放で命知らず、アングロサクソンとアーリアの違いか?
 
 憎しみ合いながらライバルとして互いに意識し合う、そして友情とは言えないものの互いを認め合う姿、レース映画として優れていると思う。小生の場合、ニキの大ファンでありフェラリのファンであるので、思い入れもあるのだが、特に富士スピードウェイでの最終戦、実は、小生は伝手があってパドックにいた。映画ほどの雨ではなかったがレース前には大雨であったのは事実、レースが始まるころは小雨だった。その後、降ったり止んだりを繰り返す天候で晴れ間は殆どなかった。ニキのファンとして彼がリタイアした姿勢にはその勇気を感じたが、生涯一度しか見れないと当時は思っていたF1でしかもニキの走りを期待していただけに残念であった。
 
 当時日本では、マリオ アンドレッティが大変な人気だったが、事故から2か月もかからずに復帰したニキのファンであった小生にとってマリオの走りは、さほど天才的とは思えなかった。タイアのバーストで優勝できなかったが、4分もの遅れを取り戻して4位になったジェームス ハントの走りには驚かされた。
 
 ニキは復活後に二度のワールドチャンピョンの輝き、その天才ぶりを発揮した。当時のフェラリは早かった・・・・・・
 
 この天才二人の運転技術は、訓練すれば達成されるというレベルではない。凡そ、我々に100mを9秒で走れと言うようなもので、相当に車の運転に自信があった小生だが、あの走りは不可能だと思うほどの技術だった。何が優れているか?映画にもその台詞の一端が垣間見れるが、頭ではなくシートに置いた尻で車の動きが感じる・・・・・この感覚、小生にも理解できるが、だからと言ってエンジンやサスペンションなどの具合まで感じ取れるという事はなかった。ただタイヤが路面をどう捉えているか程度だったが、感覚なのである。その研ぎ澄まされた感覚こそ天才の天才たる所以である。
 
 ジェームス ハントも同様で、彼は車と一体になっていたのだと思う。だからこそあのような無謀と思われるコーナーの取り方ができたのだと思う。そう言った点では、現在のレーサーは、彼らの足元にも及ばないだろう。特にシフトに関わる技術がクラッチがなくなって手元での操作に変化した結果、ドライバーはアクセルワークとブレーキング、そしてシフトの選択に集中できる為に両手でステアリングを握る事が可能になっているからだ。無論、彼らの技術は、我々の時限ではないのは当然だが・・・・・・・
 
 当時のF1ドライバーは、ジェット戦闘機のパイロットをはるかに凌駕した反射神経と動視眼が必要とされていたほどである。憧れ、努力すればなれるというものではなかった。ごくごく一部、の天才たちの世界であった。
 
 その天才の名前を欲しい儘にした二人のレーサーの葛藤と友情、互いへの尊敬と畏怖、それが我々ファンにはたまらない魅力であった。
 
 この映画、秀作であるかどうか、小生は強い思い入れがあるので、これは評価しないが、見ていて感動した映画であった。
 
 レンタルで見たが、既に注文して買うことにした。

フクロウさんです。

イメージ 1
 
 可愛いでしょう・・・・フクロウさんです、年内に一羽飼う予定です。
 
 癒されるでしょう・・・・・・・大好きです。
 小生は、サッカーと言うスポーツが好きになれません。
 
 何故と問われれば、ボール周辺以外の選手は、だらだらと歩いているからです。
 
 更に、ぶつかるとわざと大袈裟に倒れこみ、痛くもないのに痛がり・・・・・・・
 
 しかも、勝っているチームは、時間稼ぎに、この手の演技を堂々とする。
 
 スポーツと言うより、スポーツの名を借りた政治そのもの。
 
 空手やスキーと言った個人技をして来た小生ですからなお更かも知れません。
 
 高校時代から、24歳までの間、アメフトの社会人チームに在籍しましたが、
 
 もしアメフトで、この様なプレイをしたら、間違いなく、遅延行為としてファール
 
 です・・・・・・・・しかもアメフトの場合、デッドボールになると時間が止まりますから
 
 当然、この手の遅延行為は、あり得ませんし、わざと痛がるなど、卑劣と看做さ
 
 れます。
 
 だからサッカーは嫌いです。
 
 逆にどこが面白いのか聞きたいくらいです。
 
 ワールドカップを視る為に仕事を休むと言うのも、最早、病気だとしか思えません
 
 正に精神病の類としか思えないのです。
 
 だから・・・・・・ワールドカップのテレビ番組は、視ないようにしていますが・・・・
 
 母がファンです・・・・・・・・・困った!!!!!!!
 
 
 
 
 
 

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